六か月の妊婦健診のため産婦人科を訪れた私――鬼山あかりは、エコーに写る赤ちゃんを目にして、そこにある奇跡に息を呑んだ。
現在は身長三十センチほどの胎児は、腰を曲げて座っているような体勢だ。その腰の部分には、木の葉のような白いラインが見える。
医師は穏やかな笑みを浮かべて、ラインの意味を明かす。
「女の子ですね。木の葉のように見える部分が、赤ちゃんの子宮です」
「そ、そうですか……」
以前の健診でも、おそらく女の子だろうと指摘されていたので心構えはあったけれど、はっきり子宮が見えるということは確定だ。
ふたりめの子は、女の子――。
この子もいずれ大人になり、赤ちゃんを産むのかと思うと胸が熱くなる。
柊夜さんに伝えたら、きっと喜んでくれるだろう。
けれど……胸に一抹の不安がよぎる。
「あの、先生……胎動がまだないんです。もう二十三週目なのに、大丈夫でしょうか?」
まだ、この子の胎動を感じたことがない。
経産婦は胎動初覚が早く、妊娠十七週頃には胎動を感じるのだという。それなのに、まったく赤ちゃんは動いてくれない。
「胎児は問題なく成長していますから、もうすぐ胎動が訪れるでしょう。もし異常を感じたら、すぐに連絡してくださいね」
「はい……わかりました」
もしかして、赤ちゃんになんらかの異常があるのではと心配して不安を募らせてしまうけれど、医師の見解では問題ないようだ。
妊娠の経過や胎児の成長には個人差があるのだから、予定通りにいかないからといって焦るのはよくない。わかってはいるのだけれど。
診察室を出た私は、赤ちゃんのエコー写真を改めて眺める。
そこには漆黒の背景に白っぽく浮かび上がる胎児が写っていた。お腹の中に息づいている我が子の姿に、目を細める。
「女の子だから、おとなしいのかも。……なんて、生まれてみたら、やんちゃだったりして」
弾んだ声をあげ、自らを鼓舞する。
無事に生まれてきてくれるよね……?
期待と不安の入り交じる妊娠中の思いは、身籠もったすべての女性が抱えるものだろう。
けれど私の場合、そこにもうひとつの要素が付加される。
私の旦那さまは、夜叉の鬼神なのだ。
すなわちお腹の子は、またもや鬼の子である。
半休を取って健診を受けたあとは、保育園へ悠のお迎えに向かう。
ちゅうりっぷ組の保育室に顔を出すと、子どもたちはプラスチック製のブロックで遊んでいた。一、二歳児のクラスなので、グループを組んでのごっこ遊びなどはまだできず、それぞれが黙々とブロックをいじる年頃だ。
悠の後ろ姿を発見して、こっそり様子を見ていると、彼のそばにやってきた女の子が手を出していた。
「かして」
「あい」
悠は手にしていた青のブロックを、さらりと女の子に渡す。
ほかの子が使っているブロックを借りたいとき、「かして」と声をかけることを先生が教えているのだろう。我が子の成長に頬を緩ませる。
ところが、悠はさらに赤のブロックを取り、そばにいたヤシャネコに差し出した。
「あい。なーな」
「ありがとにゃん。でも、おいらが受け取ったら先生にびっくりされるにゃん。ブロックが宙に浮いちゃうにゃんね~。だから、ここに置いてにゃん」
黒猫のヤシャネコは、白い靴下を履いているように見える前脚で、とんと床を叩いた。
悠は素直に赤のブロックをそこに置く。
その様子を、担任の先生は棚の上に置いた書類を捲る手を止めて見ていた。
まずい。
夜叉のしもべであるあやかしのヤシャネコは、人間の目には見えないのである。
私は慌てて駆けつけた風を装い、教室に入った。
「お世話様です。鬼山悠です」
「悠くん、お迎えでーす」
先生の明るい声が響き渡る。
振り向いた悠は、すっくと立ち上がった。
そして彼は足元に目を向けると、私を戦慄させるひとことを放つ。
「なーな! いくぉ」
現在は身長三十センチほどの胎児は、腰を曲げて座っているような体勢だ。その腰の部分には、木の葉のような白いラインが見える。
医師は穏やかな笑みを浮かべて、ラインの意味を明かす。
「女の子ですね。木の葉のように見える部分が、赤ちゃんの子宮です」
「そ、そうですか……」
以前の健診でも、おそらく女の子だろうと指摘されていたので心構えはあったけれど、はっきり子宮が見えるということは確定だ。
ふたりめの子は、女の子――。
この子もいずれ大人になり、赤ちゃんを産むのかと思うと胸が熱くなる。
柊夜さんに伝えたら、きっと喜んでくれるだろう。
けれど……胸に一抹の不安がよぎる。
「あの、先生……胎動がまだないんです。もう二十三週目なのに、大丈夫でしょうか?」
まだ、この子の胎動を感じたことがない。
経産婦は胎動初覚が早く、妊娠十七週頃には胎動を感じるのだという。それなのに、まったく赤ちゃんは動いてくれない。
「胎児は問題なく成長していますから、もうすぐ胎動が訪れるでしょう。もし異常を感じたら、すぐに連絡してくださいね」
「はい……わかりました」
もしかして、赤ちゃんになんらかの異常があるのではと心配して不安を募らせてしまうけれど、医師の見解では問題ないようだ。
妊娠の経過や胎児の成長には個人差があるのだから、予定通りにいかないからといって焦るのはよくない。わかってはいるのだけれど。
診察室を出た私は、赤ちゃんのエコー写真を改めて眺める。
そこには漆黒の背景に白っぽく浮かび上がる胎児が写っていた。お腹の中に息づいている我が子の姿に、目を細める。
「女の子だから、おとなしいのかも。……なんて、生まれてみたら、やんちゃだったりして」
弾んだ声をあげ、自らを鼓舞する。
無事に生まれてきてくれるよね……?
期待と不安の入り交じる妊娠中の思いは、身籠もったすべての女性が抱えるものだろう。
けれど私の場合、そこにもうひとつの要素が付加される。
私の旦那さまは、夜叉の鬼神なのだ。
すなわちお腹の子は、またもや鬼の子である。
半休を取って健診を受けたあとは、保育園へ悠のお迎えに向かう。
ちゅうりっぷ組の保育室に顔を出すと、子どもたちはプラスチック製のブロックで遊んでいた。一、二歳児のクラスなので、グループを組んでのごっこ遊びなどはまだできず、それぞれが黙々とブロックをいじる年頃だ。
悠の後ろ姿を発見して、こっそり様子を見ていると、彼のそばにやってきた女の子が手を出していた。
「かして」
「あい」
悠は手にしていた青のブロックを、さらりと女の子に渡す。
ほかの子が使っているブロックを借りたいとき、「かして」と声をかけることを先生が教えているのだろう。我が子の成長に頬を緩ませる。
ところが、悠はさらに赤のブロックを取り、そばにいたヤシャネコに差し出した。
「あい。なーな」
「ありがとにゃん。でも、おいらが受け取ったら先生にびっくりされるにゃん。ブロックが宙に浮いちゃうにゃんね~。だから、ここに置いてにゃん」
黒猫のヤシャネコは、白い靴下を履いているように見える前脚で、とんと床を叩いた。
悠は素直に赤のブロックをそこに置く。
その様子を、担任の先生は棚の上に置いた書類を捲る手を止めて見ていた。
まずい。
夜叉のしもべであるあやかしのヤシャネコは、人間の目には見えないのである。
私は慌てて駆けつけた風を装い、教室に入った。
「お世話様です。鬼山悠です」
「悠くん、お迎えでーす」
先生の明るい声が響き渡る。
振り向いた悠は、すっくと立ち上がった。
そして彼は足元に目を向けると、私を戦慄させるひとことを放つ。
「なーな! いくぉ」