声に近づくにつれ、それが歌であることに有理沙は気づいた。それも複数人の声が重なり、合唱をしている。歌の合間にさんざめくような話し声も聞こえて、かなりの人数が近くにいるのだろうことが分かる。少しずつ鮮明になってくる歌声の陽気さに力を得て、有理沙はススキの綿毛を巻き上げながら猛然と野原を突き進んだ。
ススキが途切れ、視界が開けた。そして、ウサギがいた。
一羽ではない。十は確実にいるだろうか。様々な柄や体色のウサギが集まり、跳ねまわり――餅つきをしていた。
ススキの原の真ん中で、その場所だけは綺麗に刈り込まれていた。遊びまわるには十分な広さだろう円形の広場の中央に、立派な白木の臼が置かれ、ウサギたちがとり囲んでいる。
ひときわ体が大きな茶色いウサギが杵を振り下ろすたび、周りのウサギがやんやと囃し立てる様が見てとれた。
ずっと聞こえていた歌に意味を持った歌詞がのって、ようやくはっきりと有理沙に届いた。
ウサギさんの餅つきは
トーン トーン トッテッタ
トッテ トッテ トッテッタ
おっこねて おっこねて
おっこね おっこね おっこねて
とっついて とっついて
とっつい とっつい とっついて
シャーン シャーン
シャン シャン シャン
トッテ トッテ トッテッタ
目の前の光景が信じられず、有理沙は唖然として立ち尽くした。
なぜ、こういう時に有毅が出てきてくれないのだろう。普通と少し違う彼が見えるところにいてくれたならば、この現実離れした状況ももう少し冷静に受け入れられそうな気がするのだが。
餅つきをするウサギたちの向こうで、なにかが跳ねるのが見えた。餅つきウサギたちよりも一回り体が小さい子ウサギたちが、じゃれあい遊び回っている。その内の黒い子ウサギが、自身の体ほどもあるボールを、ぽーんと投げ上げるのが見えた。
その瞬間、有理沙は穴に落ちる前のできごとを思い出した。
「あ! ボール!」
有理沙が声をあげると、歌が途切れ、ウサギたちが一斉に振り向いた。
驚かせてしまったらしいことを有理沙は危ぶんだが、そもそも黒ウサギがサッカーボールを持ち去ったのが悪いのだと思い直す。逃げてしまったとしても構わないだろう。ボールさえ返してもらえるのであれば。
有理沙が思い切って足を踏み出すと、ウサギたちはわっと大声をあげた。
「お客様だ!」
叫ぶと同時に、ウサギたちが群れになって駆けてきた。予想と反する反応に、有理沙はかえってぎょっとして足を止めた。その足元へ、ウサギたちはお構いなしに群がり、とり巻いていく。
「やっとお客様がみえたぞ!」
「新しい子は久しぶりだね」
「ねえねえ、君の名前は?」
押し合いへし合いしながら、ウサギたちが詰め寄る勢いで畳みかける。有理沙はさっきまでの勢いをすっかり失い、気圧されるまま体を引いた。
「ちょっと、ちょっと待って」
勢いに耐えかねて後退った有理沙のひかがみを、誰かが後ろから押した。
「うわっ」
膝からひっくり返りそうになり、慌てて足を前に出して踏みとどまる。首をひねって背後を見れば、両前脚をいっぱいに伸ばしたウサギと目が合った。
「さあさあ、立ち話もなんですから。あっちに座って、どうぞゆっくりしていってくださいな」
「え、いや、あたしはボールを」
「まあまあ、そう言わずに」
正面の二羽が有理沙の手を片方ずつつかんだ。後ろから膝やふくらはぎを押すのに合わせて、両腕を引っ張られれば、有理沙はたたらを踏むように進むしかない。体が小さいとは言っても、餅つきができるほどの力があるのだ。多少の抵抗が意味をなすはずもなかった。
熱烈な歓迎はありがたいとは思うが、こう強引ではやはり気後れしてしまう。
脚を押すウサギの数はいつの間にか増え、有理沙はあっという間に餅つき会場の真ん中近くまで連れていかれた。
「ツクヨミ様、ツクヨミ様! お客様がみえました!」
白黒のぶち模様の子ウサギが、甲高く叫びながら先行するように走り出した。子ウサギは餅つきの臼を素通りし、さらに向こうへと駆けていく。有理沙は子ウサギの向かう先を目で追った。
有理沙がいたのとは反対側の広場の端。ウサギたちがボール遊びをしていた場所を見渡せる位置。花穂を躍らせるススキを背景に、白い衣を着た男が座っていた。
ススキが途切れ、視界が開けた。そして、ウサギがいた。
一羽ではない。十は確実にいるだろうか。様々な柄や体色のウサギが集まり、跳ねまわり――餅つきをしていた。
ススキの原の真ん中で、その場所だけは綺麗に刈り込まれていた。遊びまわるには十分な広さだろう円形の広場の中央に、立派な白木の臼が置かれ、ウサギたちがとり囲んでいる。
ひときわ体が大きな茶色いウサギが杵を振り下ろすたび、周りのウサギがやんやと囃し立てる様が見てとれた。
ずっと聞こえていた歌に意味を持った歌詞がのって、ようやくはっきりと有理沙に届いた。
ウサギさんの餅つきは
トーン トーン トッテッタ
トッテ トッテ トッテッタ
おっこねて おっこねて
おっこね おっこね おっこねて
とっついて とっついて
とっつい とっつい とっついて
シャーン シャーン
シャン シャン シャン
トッテ トッテ トッテッタ
目の前の光景が信じられず、有理沙は唖然として立ち尽くした。
なぜ、こういう時に有毅が出てきてくれないのだろう。普通と少し違う彼が見えるところにいてくれたならば、この現実離れした状況ももう少し冷静に受け入れられそうな気がするのだが。
餅つきをするウサギたちの向こうで、なにかが跳ねるのが見えた。餅つきウサギたちよりも一回り体が小さい子ウサギたちが、じゃれあい遊び回っている。その内の黒い子ウサギが、自身の体ほどもあるボールを、ぽーんと投げ上げるのが見えた。
その瞬間、有理沙は穴に落ちる前のできごとを思い出した。
「あ! ボール!」
有理沙が声をあげると、歌が途切れ、ウサギたちが一斉に振り向いた。
驚かせてしまったらしいことを有理沙は危ぶんだが、そもそも黒ウサギがサッカーボールを持ち去ったのが悪いのだと思い直す。逃げてしまったとしても構わないだろう。ボールさえ返してもらえるのであれば。
有理沙が思い切って足を踏み出すと、ウサギたちはわっと大声をあげた。
「お客様だ!」
叫ぶと同時に、ウサギたちが群れになって駆けてきた。予想と反する反応に、有理沙はかえってぎょっとして足を止めた。その足元へ、ウサギたちはお構いなしに群がり、とり巻いていく。
「やっとお客様がみえたぞ!」
「新しい子は久しぶりだね」
「ねえねえ、君の名前は?」
押し合いへし合いしながら、ウサギたちが詰め寄る勢いで畳みかける。有理沙はさっきまでの勢いをすっかり失い、気圧されるまま体を引いた。
「ちょっと、ちょっと待って」
勢いに耐えかねて後退った有理沙のひかがみを、誰かが後ろから押した。
「うわっ」
膝からひっくり返りそうになり、慌てて足を前に出して踏みとどまる。首をひねって背後を見れば、両前脚をいっぱいに伸ばしたウサギと目が合った。
「さあさあ、立ち話もなんですから。あっちに座って、どうぞゆっくりしていってくださいな」
「え、いや、あたしはボールを」
「まあまあ、そう言わずに」
正面の二羽が有理沙の手を片方ずつつかんだ。後ろから膝やふくらはぎを押すのに合わせて、両腕を引っ張られれば、有理沙はたたらを踏むように進むしかない。体が小さいとは言っても、餅つきができるほどの力があるのだ。多少の抵抗が意味をなすはずもなかった。
熱烈な歓迎はありがたいとは思うが、こう強引ではやはり気後れしてしまう。
脚を押すウサギの数はいつの間にか増え、有理沙はあっという間に餅つき会場の真ん中近くまで連れていかれた。
「ツクヨミ様、ツクヨミ様! お客様がみえました!」
白黒のぶち模様の子ウサギが、甲高く叫びながら先行するように走り出した。子ウサギは餅つきの臼を素通りし、さらに向こうへと駆けていく。有理沙は子ウサギの向かう先を目で追った。
有理沙がいたのとは反対側の広場の端。ウサギたちがボール遊びをしていた場所を見渡せる位置。花穂を躍らせるススキを背景に、白い衣を着た男が座っていた。