「ユウキ。あの人は誰?」


 有理沙が女性を指差しながら尋ねると、ユウキはすぐに足を止めて庭を見やった。


「衣兎様だ」


 あの方が、と有理沙は思った。

 ツクヨミの奥方は紋の織り込まれた紅梅色の十二単を着て、蝶鳥を呼ぶ花のようにそこに立っていた。腰を過ぎるほど長い髪は少しの乱れもなく、背中で艶めく流れを作っている。顎を持ち上げた横顔は小さな口元にあどけなさを残す愛らしさで、ツクヨミでなくとも心奪われる者は絶えないことだろう。

 奥方は花弁のように無数の色を重ねた袖を持ち上げて、緑葉の間の深紅の実をもいでは片手に持った小さな紺青の鉢に入れていた。

 ユウキが対屋(はなれ)の中には入らず、簀子(ぬれえん)から庭へと降りる(きざはし)を下ったので、有理沙もあとに続いた。敷き詰められた白い玉砂利を踏めば、どんなに忍び足をしようとも音がする。音に気づいてこちらを見た奥方が、花開くように微笑んだ。


「ユウキ。いらっしゃい」


 奥方は声までも愛らしかった。鈴を転がすような、とはこのような声を言うのだろう。果実を入れた鉢を持ち直した奥方は、緋色の袴の裾をやや持ち上げるようにして歩み寄ってきた。

 奥方は遠目にもあどけなさを感じたが、近くで見上げると人としては小柄でより幼さが見てとれた。幼いとは言っても、有理沙より二つか三つ下だろうかといったところだ。ツクヨミと並ぶと、かなり歳の差があるのではと思われる。


「こんにちは衣兎様。お邪魔しています」


 ユウキが礼儀正しく頭を下げ、有理沙も一拍遅れてそれを真似た。


「お友達が一緒なのですね。白い毛並みがユウキとそっくり」


 奥方の声も言葉も純真そのもので、ユウキはちょっと誇らしそうに顔を上げた。


「双子の姉の有理沙です。前にお話しした」

「初めまして奥方様。有理沙と申します」


 有理沙はユウキの隣に並んで、頭を下げ直した。

 普通なら、これですぐに奥方が返事をされるだろうと思った。けれどなかなか声が振ってこず、有理沙は顔を上げるタイミングを逸して戸惑った。待てども返事がないようなので、上目にそっと窺い見る。元から色白な奥方の頬がさらに青白くなっているように見えて、有理沙は怪訝に思って首を傾げた。


「あの、奥方様?」


 有理沙が声をかけると、奥方は我に返るように息をのんだ。


「あ、その、失礼いたしました」


 奥方はとり繕うように早口になって、姿勢を正した。


「有理沙ですね。ユウキから話は伺っています。とても素敵な姉君だとか」

「いえいえ、それほどでもないんですけど」


 ユウキが有理沙のことをなんと伝えているかは不明だが、褒められれば悪い気はしない。少々シスコン気味ではあるが、つくづくいい弟を持ったと思う。

 有理沙が照れからこめかみの毛をかけば、奥方は口元に袖を当てて上品に笑った。


「ユウキにはとてもお世話になっています。有理沙も、わたしとお友達になってくれると嬉しいのですけれど……」


 わずかに頬を染めて愛くるしく言われては、頷かないわけにはいかない。同性の有理沙ですらそうなのだから、ユウキが懐いているのも分かろうと言うものだった。


「もちろん。ぜひ仲よくしてください、奥方様」


 有理沙が持ち前の快活さで請け合えば、奥方は朝空が曙に染まるように頬を紅潮させて表情を綻ばせた。


「衣兎と呼んでください。そうそう、ヤマモモを採っていたんです。皆でいただきましょう」


 採れたての果実を盛った鉢を掲げて見せる衣兎の姿は、年相応の少女らしいものだった。


「お菓子もあります」


 ユウキが落雁の箱を差し出すと、衣兎はしゃぐ声をあげた。


「たくさんお話する時間ができそうです。麦湯(むぎちゃ)を用意させますね」