そう思っていた私が慎くんの見たこと無かった素顔を見たのは、すごくすごく天気のいい日だった。体操着でサングラスをかけている。

私はいつも見学している慎くんが、体操着を着ているのを初めて見た。今日体育は無い。なのに何故体操着を着ているのか。
それは明日が体育祭で、その前日の今日、準備をしなければならなかったから。


「大丈夫なの?」


そう聞く私に、慎くんが「なにが?」と返事をしてくる。なにが?何がって…。準備って力仕事だから…。


「…運動しても、」


慎くんの体が心配だったから。不安で聞けば、「ああ…」と笑った慎くんが大丈夫と笑う。


「走ったりしなければ…。荷物持つとかは大丈夫。心配してくれてありがとう」


走ったりしなければ…
荷物とかは…。
目に、なんの関係があるのか分からない…。


「そっか」と笑った私は、慎くんと競技に使う物を、倉庫から違うクラスの人たちと運んだ。

慎くんは普通だった。ほんのり暑くて汗を書いていたけど、普通の男の子みたいに同じように作業をしていた。


違うクラスの女の子と、「次はこれかな?」と軽い物を運動場に運んでいた時、──それは起こった。


派手な、音が鳴る。鉄の音なのか分からない。
木材の音かもしれない。それが分からないほど
激しい音だった。

だけど、音の感じからして分かる。
何かが崩れた音だった。


「え、なに!?」
「男子の方?!」
「なんか倒れてる!」


倒れていたのは、体育祭で使うテントが畳まれていたものだった。それの固定する金属が倒れてしまったらしく…。


「誰も怪我ない?!」


騒がしいところに私も駆け寄り、周りを見た。どうやら機材が倒れただけで誰かが下敷になったとかでは無いみたいで。

ほっと、息をついた。


みんなが手伝おうと倒れたテントを持ち上げようとした時、私は慌ててそれを拾った。
割れた、ガラス。
青い色の、ガラス。
どこからどう見ても、潰れてしまった青いサングラス。


慌てて探した。
近くにいるはずだから。
直ぐに見つけた。
自分の目を片手で抑えて、立ったまま下を向いている彼の姿を。


「慎くん!!」


走って近づけば、手で隠されている慎くんの顔にサングラスはなかった。そんなの当たり前、慎くんのサングラスは私の手の中にあるから。


慎くんは見ないように、ずっと隠してる。それでも私の声に、慎くんが近づいてきたのは私だって分かったみたいで。


「…ひ、ひまり、…?」と、どこからどうみても焦っている慎くん。


「さ、サングラス…外れたの?」


そう聞けば、「さっき、当たって飛んでいった…」と、ずっと顔を隠す。


「あ、あの、割れて…。使えなくて」

「割れた…?」

「ど、どうしたら…」


アタフタしていると、「あ、の、悪いんだけど…」と、目元を隠している慎くんが、もう片方の手で私に手を伸ばしてきた。

それを無意識に、繋ぐ。


「日陰が、どっか…部屋の中連れて行ってくれないかな…」


太陽が嫌いな慎くん…。


「うん、分かった、こっち」


慎くんは、目を開けられないらしかった。
だから私が繋ぐ手だけが支えだった。
下駄箱の方に向かい、室内に入る。それでも「ごめん…、電気が無いとこが…」と言ってきて。


電気が嫌いらしい。


「分かった」


そのまま、電気のない階段の方へと来た。窓もなく、太陽は届かない。そしてあんまり使われていない階段だから、電気もなく。

薄暗いその場所…。