〇真っ白な空間
ジェンとリリーが話している。
ジェン「今回の条件は?」
リリー「ナーガを地面に倒すこと」
ジェン「……」
リリー「基本能力が全てナーガを遥かに凌駕するレベルになってるよ。あと平衡感覚を狂わせる剣も使える」
ジェン「バランス感覚を狂わす剣……」
リリー「切れ味はあるけど、人の体だけは斬れずにすり抜けるの。その代わり剣がとおった体の箇所が致命傷を負う部位であればあるほど、平衡感覚も大きく狂うよ」
〇異世界・とある山(朝)
ジェンの死体を見ているナーガ。
聖兵士A(M)「……むごい。ナーガ様だけは怒らせてはならない」
ジェンの体が消える。
ナーガ「!」
光り輝きながらジェンが現れる。
聖兵士A「奴は不死身か?」
ナーガ「不死身であろうと弱ければ脅威ではない」
ジェン、手元に現れた剣をとる。
ジェン「最初は、あんたを痛めつけたいとは思わなかった。けど、今は違う」
ナーガ「……」
ジェン「(睨んで)あんたを絶対に破滅させてやる!」
ナーガ「さっきまでみっともない姿をさらしていた男が何を」
ジェン「……あれは忘れろ」
ナーガ「(笑って)くく、笑わせてくれる」
ジェン「そうか、あんたはこういうことで笑うんだな」
剣を構えるジェン。
ジェン「ナーガ・ホーリーナイト、剣を抜け!」
ナーガ「もう一度泣き叫びながら死にたいようだな」
と、剣を抜く。
一瞬でナーガの目の前に行くジェン。
ナーガ「(驚いた表情で)!?」
ジェン、剣を振り上げながらナーガの左腕を斬る。
ナーガ「なっ……」
と、後方へ勢いよく飛ぶ。
ジェン「(ナーガを見たまま動かず)……」
ナーガ「っ……」
と、地面に刺した剣を両腕で握りしめてフラフラと立っている。
聖兵士A「ナーガ様!?」
ナーガ「……何をした?」
と、左腕の斬られた箇所を見る。
ナーガの左腕の斬られた箇所は防具だけが真っ二つに切れている。
ジェン「この剣は人の体だけ斬れずにすり抜ける。剣が体をすり抜けると平衡感覚が狂うらしい」
ナーガ「どうりでバランスが……」
ジェン「信じるかは自由だが、先に言っとく。あんたは地面に倒れたら苦痛を受けることになる。今まであんたが誰かに与えた苦痛を全て受けたあと、破滅するんだ」
ナーガ「……」
ジェン「世界を救おうとする正義だろうが、オレはあんたを倒す」
ナーガ「いいだろう。ならば、オレも全力で貴様を殺そう」
ナーガの体が光り輝く。
ジェン「!?」
ナーガ「聖なる力の解放は命を削ることになるが、今こそ使うべきだな」
剣を地面から抜いて構えるナーガ。
ナーガ「(余裕の表情で)いつでもかかってこい」
ジェン(M)「……平衡感覚の狂いがなおったのか?」
一気にナーガと距離をつめるジェン。
ナーガ、ジェンのスピードに反応して剣を振り上げる。
ジェン(M)「基本能力も向上してるのか!」
剣をジェンに向かって振り下ろすナーガ。
ナーガに向かって剣を振り上げるジェン。
ジェンとナーガの剣がぶつかる。
ジェンの剣がナーガの剣を腕ごと上へとはじく。
ナーガ「(予想外という顔で)なにっ……」
ジェン、すかさず自分の剣を下げて振り上げる体勢になる。
ナーガ「(恐怖の表情で)……待っ(てくれ!)」
ジェン「(鋭い目で)」
と、ナーガの胴体に向かって剣を振り上げながら一刀両断する。
地面に倒れるナーガ。
ジェン「オレの勝ちだ」
ナーガ「くっ、聖なる力を解放したオレが……こんな」
聖兵士A「ナーガ様!」
ジェン、中年男性の遺体のもとへ一瞬で移動する。
中年男性を背負うジェン。
ジェン「(聖兵士Aに)おい、洞窟はどこだ?」
聖兵士A「(おびえて)ひっ、あっちです!」
と、洞窟がある方を指差す。
ナーガ「おわあああああああああああ!」
聖兵士A「ナーガ様!?」
ジェン「魔人の恨みを買うと、こうなるってことを仲間に伝えろ」
絶叫しているナーガ。
聖兵士A「(しりもちをついて)ひいい」
ジェン「軍を撤退させろ!」
聖兵士A「は、はい!」
ジェン、中年男性を背負ったまま洞窟の方へ猛スピードで走り始める。
山の中を進んでいる聖兵士たち。
撤退を知らせる大きな音が響き渡る。
聖兵士B「撤退!?」
聖兵士C「馬鹿な……ナーガ様が負けた!?」
〇草原(昼)
体が消え始めた中年男性を見るルイス。
ルイス「どうやら決着がついたようね」
中年男性「私は生き返るんですか!?」
ルイス「あの男が勝ってればね」
〇異世界・とある山(朝)
ジェンの背負っている中年男性が生き返って目を覚ます。
中年男性「……本当に生き返れた!」
ジェン「奥さんがいる洞窟はどこですか?」
中年男性「あっちです!」
〇異世界・洞窟内(朝)
赤ちゃんをあやしている一人の女性。
ジェンと中年男性が洞窟に入ってくる。
妻「(中年男性を見て)早かったね」
中年男性「よかった! 無事で!」
と、妻を抱きしめる。
赤ちゃんを見るジェン。
テロップ『乳児 チック・カヌーシャ』
ジェン(M)「(驚いた顔で)メインキャラだな……この異世界では、両親がモブキャラでもメインキャラが産まれることもあるのか」
妻「何があったの? さっき大きな音がしたけど……そちらの人は?」
中年男性「この人は、襲撃してきた聖軍を追い払ってくれたんだよ」
ジェン「住みかを変えた方がいいです。また聖軍が山に来るかもしれません」
中年男性「はい、そうします」
ジェンの右手を両手で握る中年男性。
中年男性「本当にありがとうございました!」
ジェン「……」
中年男性「(泣きながら)あなたのおかげで、妻と赤ちゃんは助かりました! こうしてボクも妻と赤ちゃんに生きて会うことができた!」
ジェン「(もらい泣きしそうで)……よかったです」
中年男性「あなたにはいくら感謝してもしきれない! 一生の恩人です!」
妻「ありがとうございました」
と頭を下げる。
ジェンの姿が消え始める。
ジェン「!」
中年男性「言葉と気持ちだけでしかお礼できないのが、申し訳ないです」
ジェン「(笑顔で)いえ、それだけ十分です」
中年男性「ありがとうございました!」
ジェン「お幸せに」
〇草原(昼)
ジェンの姿が現れる。
ルイス「お疲れ。さあ、この調子でモブキャラたちを救っていくわよ」
ジェン「……オレ、決めたんだ」
ルイス「何を?」
ジェン「オレは君の仲間にはならない」
ルイス「!?」
〇街の治療所にある個室(昼)
ベッドで横になっているロイ。
ロイ「トイレ長すぎないか……」
〇草原(昼)
見つめ合うジェンとルイス。
ルイス「……どうしてアタシの仲間にならないの?」
ジェン「小悪魔に聞いたよ。君に無念の死を伝える死者は、異世界で強者に殺された弱者のモブキャラだってね」
ルイス「!」
ジェン「つまり、絶対に敵は強いってことだ。しかも圧倒的な強さを誇る敵だよ」
ルイス「でも、あなたの能力は最強よ。どんな敵であっても最後は勝てるわ!」
ジェン「あまりの苦痛を受けて気が狂った状態で死ねば、あの空間に行けずオレの魂は消滅する。絶対に勝てるわけじゃない」
ルイス「……痛みで気が狂うことなんてないわよ」
ジェン「今回、その一歩手前になるくらいの痛みを受けたよ」
街の治療所の方角へ歩いていくジェン。
ルイス「あなたしか救えない人たちを見捨てるの!?」
立ち止まって振り返るジェン。
ジェン「オレだけとは限らないだろ」
ルイス「異世界から無傷で帰ってきたのはあなただけよ!」
ジェン「自分や大切な人のためでもないのに、死ぬほど痛い思いをするのは嫌なんだよ」
ルイス「……結局、あなたもあの男と同じなのね」
ジェン「?」
ルイス「あなたたちみたいな人が称えられるなんて、笑えるわ」
顔を両手で覆って地面に崩れ落ちるルイス。
ルイス「これで、また誰かが異世界で無駄死にすることになる」
ジェン「どういうことだよ?」
ルイス「あなたの代わりに別の人が異世界に行って死ぬことになるって言ってるのよ!」
ジェン「異世界のモブキャラの声を聞かなければいいだろ」
ルイス「聞きたくなくても、聞こえてくるの! 一度聞いてしまったら、誰かを異世界に移動させるまでは常に悲痛な声が聞こえるのよ! そんな声をずっと聞いていたら頭がおかしくなるわ!」
ジェン「じゃあ、今までどうしてたんだよ?」
ルイス「そのたびに人助けだと誰かを説得して、これまで何十人と異世界に移動させてきた。異世界から帰ってこれたのはあなたを含めて二人だけよ」
ジェン「それが、闇の力を得た代償だったら受け入れるしかないだろ。オレは耐えきれない代償だったら、自ら命を絶つ覚悟でいた」
ルイス「闇の力を手にしたことで、私は死ぬことができない体になった。たとえコナゴナにされても死なずに再生するわ。自分で死ぬことなんてできない」
ジェン「!」
ルイス「また良い人を騙すように説得して、異世界で犬死にさせるなんて……」
ジェン「……」
ルイス「(顔を両手で覆ったまま)もういやだ……助けて」
ジェン「(苦い表情を浮かべてルイスに背を向ける)」
ルイスのもとから立ち去っていくジェン。
〇街(昼)
一人で歩いているジェン。
ジェン(N)「子供の頃、敵に立ち向かっていく勇者に憧れていた」
子供たちがマントを着て、勇者ごっこをしている。
ジェン(N)「でも勇者が敵に立ち向かっていけるのは、戦うことが嫌になるほどの痛みを受けることなく敵を倒せる力をもっているからだ」
ロイのポスターが建物の壁にはられている。
ジェン(N)「モブキャラのオレは違う。死ぬほどの痛みを受け続けなければ、強力な力をもつ敵を倒せるようにはならない」
『魔王を倒した新聞配達員の写真が近日公開』と書かれた記事が路上に落ちている。
ジェン(N)「オレが異世界の戦いで勝つためには、必ず死ぬほどの痛みが伴う」
〇街の治療所にある個室(昼)
個室に入ってくるジェン。
ロイ「どこかに行ってたのか?」
ジェン「ちょっと巻き込まれてしまって」
と、ベッドの隣にある椅子に座る。
ロイ「巫女は手配しておいた。今日中に派遣される」
ジェン「(嬉しそうな顔で)ありがとうございます!」
ロイ「君にかかっている呪いは解けないと思うがな」
ジェン「(苦笑して)期待してませんよ」
ロイ「あとは、悪い奴が出てくるのを祈るしかないか……」
ジェン「さっき、ルイス・レモネードって人と会ったんです」
ロイ「!」
ジェン「彼女は異世界に転移させる能力をもっていて、その世界には悪者がいます」
ロイ「……だが、異世界の敵は強すぎる」
ジェン「なんで知ってるんですか?」
ロイ「彼女からオレの話を聞いてないのか? オレは一度だけ異世界に行ったことがある」
ジェン「!」
ロイ「恐ろしすぎて戦意喪失したよ」
ジェン「異世界から抜け出すには敵に勝たなきゃいけないんじゃ……」
ロイ「そのときの話はしたくないが、オレは悪い方法を使った。それで敵は死んだ」
ジェン「……」
ロイ「世界最強の勇者であるオレが戦うことを放棄して逃げたんだ」
ジェン「敵はどんな奴だったんですか?」
ロイ「人間とは似ても似つかない異形な姿をした怪物だった。もう、そのときのことは思い出したくない」
〇ロイの回想
施設内の廊下を恐怖の表情を浮かべて必死に走るロイ。
ロイ、研究室に駆け込んで非常用のボタンを押す。
研究室内に通信の音声が響く。
研究員Aの声「おい、非常用のボタンが押されてるぞ!」
研究員Bの声「あの野郎、オレたちごと化け物を消滅させる気か!」
ロイ、ブルブルと震えて床に座り、両手で頭を抱える。
(回想終了)
〇街の治療所にある個室(昼)
険しい表情で宙を見つめるロイ。
ジェン「オレも酷い目に遭いました」
ロイ「異世界に行ったのか!?」
ジェン「はい、もう二度と行きたくありません」
ロイ「歴戦の勇者たちも異世界に行ったが、誰も帰ってこれなかった」
ジェン「亡くなったんですかね?」
ロイ「ああ。彼女に聞こえている死者の声がおさまるのは、モブキャラを殺した敵あるいは異世界に行った者の魂が消滅したときらしい」
ジェン「どうして異世界のことを教えてくれなかったんですか?」
ロイ「オレの無様な話を知られたくなかったんだ。すまなかった」
ジェン「いえ、異世界の敵を倒すというのは解決策にならないので」
〇レモネード家(昼)
豪邸の廊下を歩くルイス。
ルイス「(何かに気づいた表情で)!」
頭の中で異世界の光景が流れる。
トムが雷でゴブリンたちを殺している場面が脳裏をよぎる。
ゴブリンの悲痛な声が頭の中で響く。
ゴブリンCの声「助けてくれ! 転生者に我々の仲間が皆殺しにされる!」
ルイス「(嫌な表情で)っ……なんで? 早すぎる!」
(続く)
〇街の治療所(夕)
巫女がテンシーの額に手を当てる。
その様子を見守るジェン。
巫女「呪いが解けました。明日の朝には目が覚めるでしょう」
と、テンシーの額から手をはなす。
ジェン「(安心した顔で)よかった!」
巫女「ワタクシは世界最高の巫女なのでわかります。あなたは悪魔の呪いで呪男となっています。どんな方法でもその呪いは解けません」
ジェン「……ですよね」
巫女「では、ワタクシは失礼します」
と去っていく。
ジェン「ありがとうございました」
テンシーの寝顔を見つめるジェン。
ジェン(N)「テンシーちゃんは赤ちゃんの頃に両親を失い、施設で育ち、半年前に養子として引き取られた」
ジェン(M)「身寄りのないテンシーちゃんは施設にもどることになるのか。まあ、平和な世界になるし、メインキャラだから輝かしい未来がまっているはずだ」
〇酒場(夜)
夕食を一人で食べているジェン。
ジェン(M)「極悪人を何とか探していかないと……」
ルイスの姿を思い出すジェン。
ルイスのセリフ「あなたしか救えない人たちを見捨てるの!?」
ジェン「……」
中年男性の姿が思い浮かぶ。
中年男性のセリフ「あなたのおかげで、妻と赤ちゃんは助かりました! こうしてボクも妻と赤ちゃんに生きて会うことができた!」
ルイスの姿が思い浮かぶ。
ルイスのセリフ「もういやだ……助けて」
ジェン「(苦悩の表情で)……死ぬほど痛いし、本当に怖いんだよ。マジで」
と、両手で頭を抱える。
〇レモネード家の近くの道(夜)
一人で家に向かって歩いているルイス。
前方に立っているジェン。
ルイス「(ジェンの姿を見て)!」
ジェン、ルイスを見つめる。
ルイス「(顔を伏せて)……」
と、ジェンの横を通り過ぎる。
ジェン「オレ、やるよ」
ルイス「!」
ルイス、振り返ってジェンを見る。
ジェン「何も悪いことしてない弱者が強者の勝手で人生を奪われるなんて、許せないし」
ルイス「……ジェン」
ジェン「また異世界から声が聞こえたら教えてくれ。1ヵ月に1度が理想だけど」
ルイス「もう聞こえてるの」
ジェン「!……そんな頻繁に聞こえるのか?」
ルイス「ううん。ふつうは1ヵ月に1回くらい」
ジェン「そっか」
ルイス「今回はモブキャラのゴブリンを救わなければいけない」
ジェン「ゴブリンって……悪い奴だろ。魔王軍に属して、勇者の邪魔ばかりしてきたよな」
ルイス「……」
ジェン「ゴブリンなんかのために戦うなんて……」
〇街の治療所にある個室(翌日・朝)
床に立ってストレッチしているロイ。
ジェン「もう立てるんですか?」
と、個室に入ってくる
ロイ「もう歩けるし走れるよ」
ジェン「オレ、異世界で悪者を倒すことに決めました」
ロイ「なぜだ?」
ジェン「彼女にとってオレは最強の仲間らしいので。苦しんでる仲間に助けを求められたら、オレは無視できません」
ロイ「……そうか。すまないが、オレは力になれそうにない。どうしようもなく怖いんだ」
ジェン「マリフォードさんにはお願いしたいことがあって」
ロイ「なんだ?」
ジェン「もしオレが異世界から帰ってこれなかったら、魔王退治の報奨金をテンシーちゃんの財産になるよう手配してほしいんです」
ロイ「わかった」
〇街(朝)
『魔王を倒した新聞配達員の写真を夕刊に掲載』と書かれた新聞紙を読んでいる人々。
〇街の治療所(朝)
テンシーが眠っているベッドの側にある椅子に座っているジェン。
ジェン「(テンシーの寝顔を見つめて)……」
テンシー、目が覚めてゆっくりと瞼を開く。
ジェン「!」
上半身を起こすテンシー。
ジェン「テンシーちゃん……」
テンシー「……新聞屋のお兄さん?」
ジェン「うん」
テンシー「ここどこ?」
と周囲を見回す。
ジェン「病院だよ……テンシーちゃん、ケガしたから」
テンシー「(驚いて)私、ケガしたの?」
ジェン「でも、もう大丈夫だよ。ケガはなおったから」
テンシー「(ほっとした表情で)よかったー」
ジェン「(微笑んで)」
ジェン(M)「ああ。この子を見てると本当に癒される。またテンシーちゃんと話すことができて本当によかった」
ジェン「テンシーちゃん」
テンシー「(ジェンを見て)?」
ジェン(M)「ずっと、この言葉を君に伝えたかったんだ」
ジェン「(笑顔で)産まれてきてくれてありがとう」
テンシー「(笑顔で)うん!」
ジェン(M)「(涙目で微笑んで)本当にありがとう」
〇草原(昼)
向き合っているジェンとルイス。
ルイス「始めていい?」
ジェン「(覚悟した表情で)ああ」
地面に手をかざすルイス。
ゴブリンの霊体が現れる。
ゴブリンC「助けてくれ! 転生者に仲間が皆殺しにされる!」
ジェン「……」
〇ジェンの回想
夜中にレモネード家の前で向き合うジェンとルイス。
ジェン「ゴブリンなんかのために戦うなんて……」
ルイス「アタシが聞こえる死者の声はね、魂が濁ってない者の声なの。だから弱者でも悪い奴の声は聞こえない」
ジェン「!」
ルイス「この世界でゴブリンは悪よ。でも、その異世界ではどうかしら? 少なくともアタシが聞いた声の主は悪い奴じゃないわ」
(回想終了)
〇草原(昼)
ゴブリンC、必死にジェンとルイスに説明している。
ゴブリンC「こちらの世界のゴブリンは、人間に危害を加えないと誓っている者もいます」
ジェン「……」
ゴブリンC「我々は争いを好まず、人里から離れた場所で暮らしていました。しかし、各地で攻撃的な考えをもつゴブリンが暴れたせいで、我々は坑道を追いやられたんです」
ジェン「自分たちは違うと釈明すれば……」
ゴブリンC「人間は我々の姿を見ても区別がつかないので、一部の狂暴なゴブリンが悪さをすると、何もしてない我々まで悪く見られます」
ジェン「転生者っていうのは?」
ゴブリンC「別の世界から生まれ変わってきた人間です。チート能力をもってます」
ジェン「チート能力?」
ゴブリンC「世界の常識を超えた力です!」
顔に汗をにじませるジェン。
ジェン(M)「……だ、大丈夫なはずだ。今回、オレには作戦がある」
〇ゴブリンCの回想・山の中
移動しているゴブリンたち。
ゴブリンC「北に坑道があるはずだ」
ゴブリンの子供「なんで人間に悪いことしてないのにボクたち酷いことされるの?」
ゴブリンC「一部の馬鹿なゴブリンが人間を襲うからだよ」
ゴブリンC(N)「人間は剣や弓、盾を使って戦います。しかし、突如世界に現れる転生者と呼ばれる者たちは違う」
爆音が聞こえてくる。
ゴブリンA「何の音だ?」
ゴブリンB「様子を見に行くか」
ゴブリンC(N)「転生者は百年に一度現れ、ありえない力を使います」
〇ゴブリンCの回想・平地
平地に出る4匹のゴブリン。
トムの周囲に雷が落ちている。
トム「(ゴブリンたちを見て)ゴミども発見」
と、空に向かって手をあげる。
ゴブリンC「(トムを見て)まさか……」
トム、手を振り下ろす。
ゴブリンDに雷がおちる。
ゴブリンD「ぎゃあああっ」
と、焦げて倒れる。
ゴブリンC「バジル!」
トム「山から出てきたってことは、山奥にゴミどもがたくさんいるんだな」
と、山に向かって歩く。
逃げるゴブリンたち。
ゴブリンA「逃げろ! 転生者だ!」
ゴブリンB「子供、女を避難させろ!」
トムが空に向かって手をあげる。
ゴブリンC「(トムに)やめてくれー!」
雷がゴブリンたちに落ちる。
真っ黒に焦げて倒れるゴブリンたち。
(回想終了)
〇草原(昼)
泣いているゴブリンC。
ゴブリンC「このままでは仲間が皆殺しにされる!」
ジェン「(青ざめた顔で)……見たのは雷を落とす力ですね?」
ゴブリンC「はい!」
ジェン(M)「雷とかあたったことないし、メチャクチャ怖いよ」
ジェン「(震えながら)ルイス、移動させてくれ」
ルイス「ええ」
ジェンとルイス、握手をする。
ジェンの姿が消える。
〇異世界・平地(昼)
ガチガチと震えたジェンの姿が現れる。
ジェン(M)「作戦その1。闇化は敵の攻撃に耐えられなくなったときに逃げる手段として使う」
樹木の方へ走っていくジェン。
ジェン(M)「相手の攻撃途中で闇化を使えば、前回みたいに気が狂いそうになるまで痛みを受けなくてすむ」
樹木に隠れるジェン。
ジェン(M)「作戦その2。自分で自分を傷つけてダメージを負う」
と、懐に忍ばせている小刀を確認する。
周囲の景色が歪んでいく。
ジェン(M)「敵に予想外の体の部位を攻撃されるよりも、自分で傷つける体の部位を選択して自ら痛みを与えた方が覚悟してるぶん幾分かマシだ」
ゴブリンたちの死体が現れる。
ジェン「(ガチガチと震えて)」
トムの姿が現れる。
トム「(驚いた表情で)!?」
ジェン「(トムを見て)あいつか……トム・オーガ」
トム「いったい何が起こった?」
と、周囲を見回している。
ジェン(M)「できれば、取り入って隙をつき小刀で倒したい。それが痛みを受けず異世界から抜け出せる一番の方法……」
トム「おい、そこに誰かいるな?」
と、ジェンの方を見る。
ジェン「(動揺して)!?」
トム「出てこい。人間は傷つけないから安心しろ」
ジェン、恐る恐る姿を見せる。
トム「(ジェンに)一週間くらい時間がもどってないか?」
ジェン「はい」
トム「オレだけじゃないのか」
ジェン(M)「……近づいて背後から小刀で刺せば倒せるか?」
と、トムの方へ歩いていく。
トム「こんなことが起きるってことは、オレ以外に転生者がいやがるのか?」
ジェン、トムに近づいていく。
トム「まさか、おまえ?」
ジェン「! いや、オレじゃないですよ」
トム「じゃあ、なんで近づいてくる? オレがゴブリンを殺したの見ただろ」
ジェン、立ち止まってゴブリンの死体を見る。
ジェン「……この状況が不安で。それに人間は傷つけないと言ったから」
トム「(呟くように)あの場にいた……気が付かなかっただけか」
ジェン「なんでゴブリンを殺したんですか?」
トム「人を襲うからだ。殺すことが正義だろ」
ジェン(M)「昨日のオレの考えと似てる」
ジェン「でも、人間に危害を加えないと決めてるゴブリンもいるかもしれないですよ?」
トム「そんなのわかんねえだろ。あいつら猿と同じで見分けつかねえし」
ジェン「え……さるって?」
トム「……ああ、やっぱ転生者じゃねえな。猿っていうのはオレの前世の世界にいた動物だ」
ジェン(M)「もし、こいつを説得できて改心した場合どうする? オレはこいつを倒さなきゃ異世界から脱出できないし……」
ジェン「……雷を落とすの凄かったですね」
と、トムに近づいていく。
トム「まだ他にもあるぜ」
と、山の方に手の平を向ける。
ジェン「?」
トム「ドカン」
山の中腹で大爆発が起こる。
ジェン「(驚いて)!?」
爆炎があがる山を見るジェン。
ジェン「っ……あそこに、人がいるかもしれないじゃないですか!?」
トム「人がいるかいないかだけはわかる。さっき、おまえのことも見つけただろ。あそこにいるのはゴミだ」
ジェン「……ゴミ?」
トム「ゴブリンだ。時間がもどったとしたら生き返ってるかもしれねえな」
ジェン「人と会話できるくらいの知能をもってるんですよ? 悪いゴブリンだけじゃなくて、良いゴブリンだっているかもしれないじゃないですか!」
トム「どうでもいいだろ、人間じゃないし」
ジェン「トムさんにだって、家族とか大切な人がいたんでしょ? ゴブリンだって同じように大切に思ってる誰かがいるかもしれない!」
トム「おまえ、なんでオレの名前を知ってる?」
ジェン(M)「! しまった。この世界も……」
ジェン「……名前がわかる能力をもってて」
トム「この世界に特殊能力をもった人間はいないはずだ」
ジェン「でもオレはわかるんです」
トム「そうか」
と、山の方に手の平を向ける。
ジェン「何する気ですか?」
トム「知能があっても人間の姿してなきゃ、殺してもオレなんとも思わないんだわ」
ジェン「やめてください!」
と、トムの腕を掴む。
トム「おい、オレは人間を傷つけない主義だが、邪魔をする奴は別だ。殺すぞ」
ジェン、びくりと手を離す。
トムの手の平が赤く光っていく。
ジェンの頭の中にゴブリンCの姿が思い浮かぶ。
ゴブリンCのセリフ「こちらの世界のゴブリンは、人間に危害を加えないと誓っている者もいます」
ジェン「(目を伏せて)っ……」
トム「オーガ……」
と、山に向かって能力を発動させようとする。
ジェン、トムの胸を背後から小刀で貫く。
トム「(驚いた顔で)なっ……」
と、地面に倒れる。
ジェンの背後にトムの姿。
トム「(ジェンの背後から)何してんだ? てめー」
ジェン「!?」
(続く)
〇草原(昼)
読書しているルイス。
足音がして、人影がルイスに近づく。
ルイス「!」
ロイの声「仲間が命懸けで戦っているときに読書か。どういう神経してるんだ?」
ルイス「……何の用?」
と、本を閉じる。
ロイ、地面に座る。
ロイ「ジェンに頼まれたことがあってな。彼が異世界から帰ってこれるか確認しなければならない」
〇異世界・平地(昼)
胸を貫かれたトムが地面に倒れる。
振り返るジェン。
目の前に無傷のトムが立っている。
ジェン「(トムの姿を見て)!」
ジェン、背後を見る。
倒れていたはずのトムの体が消えている。
ジェン(M)「(トムを見て)……やばい、どういう能力なんだ?」
トム「背後から人を刺すか? ふつー」
小刀についている血を見るジェン。
トム「なんでオレの背中を刺した?」
ジェン「……ご、ゴブリンを殺そうとしたから」
トム「(笑って)おまえに興味わいてきたわ。半殺しにして本当のことを吐かせてやる」
ジェン(M)「(凍り付いた表情で)だめだ……自分で自分を傷つけて闇化するしかない!」
と、小刀で自分の左足のふとももを貫く。
トム「!?」
ジェン「(痛みに耐えて)っう……」
ジェン(M)「まだだっ」
と、小刀を振り上げて反対側の脚の太ももを貫こうとする。
体が磔にされたような格好になるジェン。
ジェン「!?」
トム「思い通りにさせるかよ」
と、ジェンに手の平を向けている。
ジェン(M)「体を動かせないっ……」
トム「どんな能力もってるか知らねえけど、使えなくしてやるよ」
と、ジェンに近づいていく。
ジェン(M)「そんなことができるのか!? やばい!」
ジェン「(焦って)闇化!」
絶命するジェン。
〇真っ白な空間
目を覚ますジェン。
空間内にジェンとリリーの二人の姿。
ジェン「相手の能力を無効にする力を敵がもってたら、闇化も使えなくすることができるのか?」
リリー「安心して。闇化が使えなくなるようなことは絶対にない」
ジェン「くそっ、まだ闇化するんじゃなかった」
リリー「今回の条件はトムを気絶させること」
ジェン「あいつの能力って、どういう力なんだ?」
リリー「知らない」
ジェン「太ももだけのダメージじゃ、条件の達成難易度は高そうだな……」
リリー「今回は、これまでの戦いで得たことがある能力か武器を一つだけ選べるよ」
ジェン「……前回みたいな基本能力と特別な剣を両方得るのは無理なのか?」
リリー「うん、どちらかだけ」
ジェン(M)「次に体を動かすことができなくなる力を奴に使われたら、終わりだ」
リリー「魔王戦で得た時間をもどす力とかも候補としてあるよ」
ジェン「あいつは幻覚みたいなものを見せる力をもってる。それがどんな能力か見破らないと倒せない気がする」
ジェン(M)「さらに雷も爆発も使う……それ以外にも何か能力をもってるかもしれない。ちくしょう、これまでの敵で一番強そうだ」
〇異世界・平地(昼)
磔にされた格好で空中に浮いているジェン。
トム、小刀でジェンの体を刺している。
反応のないジェンの死体。
トム「……何だったんだ、こいつは?」
ジェンの死体が消える。
トム「なに!?」
トムの後方に光り輝きながらジェンが現れる。
振り返るトム。
トムに手の平を向けているジェン。
ジェン「ブラックショック」
と、手の平にパリパリと黒い電気が発生する。
ジェンの手の平から巨大な黒いエネルギー波が勢いよく放出される。
トム「(自分に向かってくる巨大なエネルギー波を見て)……ほう」
と、両腕を胸の前でクロスする。
黒いエネルギー波を正面から受けるトム。
ジェン「あああああああああ!」
と、黒いエネルギー波を放出しながら体を回転させていく。
全方位にブラックショックを放つジェン。
ジェン、ブラックショックを放ち終わる。
ジェン(M)「これなら、オレに幻覚を見せていて別の場所にいようと回避できない」
砂煙で周囲が見えない。
ジェン「(祈るような表情で)頼む。これで終わってくれ」
砂煙が一瞬にしてなくなる。
トム「(笑って)いや、終わるわけねえだろ」
と、遠くから無傷の姿で歩いてくる。
ジェン「(恐怖の表情で)っ……」
トムに手の平を向けて再度ブラックショックを放とうとするジェン。
トム、ジェンに向かって手の平を向ける。
ジェンの体が磔にされたような格好になる。
ジェン「(体を動かせなくて)ちくしょう……」
トム「で、また死んだふりでもするか?」
ジェン「ぶ、ブラックショック!」
と、手の平だけをトムに向ける。
トム「無理だぜ、能力を使えなくしたからな」
ジェン「(磔にされている手から何も放出されないのを見て)っ……」
トム「てめー、転生者だな?」
ガチガチと震えているジェン。
トム「時間をもどしたのも、てめえか」
トム、物凄い力で小刀をジェンに投げつける。
遠くから飛んできた小刀がジェンの太ももに突き刺さる。
ジェン「(痛くて)ぐああっ……」
トム「(笑って)さっきと違って痛いらしい。これで半殺しにできる」
ジェン「……か、雷をオレに落としてみろっ」
トム「オレを殺そうとしたんだ、楽には死なせねえよ」
ジェン(M)「(絶望した表情で)終わりだ」
ブルブルと震えながら目を固く瞑るジェン。
ジェンの目の前で何かが地面に着地したような大きな音がする。
ジェン「!?」
恐る恐る目を開くジェン。
目の前に一人の女性の後ろ姿が見える。
二十代くらいの絶世の美女がジェンに背を向けて立っている。
ジェン「(女性の後ろ姿を見て)テンシー・ラルファータ……テンシーちゃんなのか?」
テンシー「(笑顔で振り返って)はい!」
テロップ『天女 テンシー・ラルファータ』
ジェン「(テンシーの姿を見て)その姿は……」
テンシー「話は戦いが終わったあとにしましょう」
トムの方を見るテンシー。
テンシー「今度は私がジェンさんの力になります」
ジェン「テンシーちゃん……」
トム「(テンシーを見て)ほー。こりゃ見たことないくらいの美女だ。オレの女にしてやるよ」
テンシー「お断りします」
〇草原(昼)
地面に座っているロイ。
ロイ「無事で帰ってこいよ……」
〇異世界・平地(昼)
磔にされたような状態で空中に浮いているジェン。
テンシー、重ねた両手を遠くにいるトムに向ける。
テンシー「心配しないでください。すぐに終わらせますから」
ジェン「……テンシーちゃん」
テンシーの両手から透き通る青色の巨大なエネルギー波が勢いよく放たれる。
トム「(自分に向かってくる巨大なエネルギー波を見て)……ほう」
と、胸の前で腕をクロスする。
トムの体を透き通るような青色のエネルギー波が通り抜ける。
その場で崩れ落ちて地面に倒れるトム。
ジェン「!?」
テンシー「終わりました」
磔のような状態が解けて、地面に着地するジェン。
ジェン「……テンシーちゃん、油断しちゃダメだ。あいつは幻覚を見せるような能力をもってるかもしれない」
テンシー「幻覚ですか」
ジェン「オレが背後から小刀で胸を貫いたけど、刺されたあいつの体は消えて、いつの間にか背後にあいつは立ってたんだ」
テンシー「なるほど」
ジェン「それに魔王が使うエネルギー波を正面から受けてもあいつは無傷だった。倒されたふりをしているだけかもしれない」
テンシー「わかりました」
と、エネルギーで剣をつくりだす。
ジェンとテンシー、周囲を見回す。
トム、カッと目を開ける。
トム「ひゃああああああああああ!」
テンシー「(トムを見て)!?」
ジェン「!」
絶叫しているトム。
テンシー「あれは……」
ジェン「……倒したんだ。オレの呪いが発動してる」
テンシー「これまで誰かに与えた苦痛を受けているのですね」
と、ジェンの方を向く。
ジェン「うん。テンシーちゃんの力はいったい……」
テンシー「私の能力は相手の意識を奪う力です」
小刀が刺さっているジェンの太ももに手をあてるテンシー。
ジェン「!」
青いエネルギーが太ももを包む。
ジェン「(意識が薄れつつ)あまり痛みを感じなくなった」
小刀を抜いて太ももに包帯を巻くテンシー。
テンシー「私が放つエネルギー波は、どんなものでもすり抜けます。そして、エネルギー波に当たった生物は意識がなくなります」
ジェン「!」
テンシー「おそらく幻覚のような能力は相手の攻撃を受けてから発動するタイプのものだと思います。私の攻撃を受けて、能力を発動させる前に気を失ったんです」
ジェン「さっき、つくりだした剣は……」
テンシー「あの剣は切れ味がありますけど、生物の体だけはすり抜けます。斬られた箇所に応じて意識が薄れるんです。通常の剣で致命傷になるような箇所を斬れば、それだけで気を失います」
ジェン(M)「……前回の平衡感覚を狂わせる剣みたいなものか」
テンシー「エネルギー波をかわすような素早い敵には剣で対応します。大勢の敵や近づかない方がいい敵にはエネルギー波を放ちます。力の消費を抑えたい場合は弓で対応します」
ジェン「弓もつくれるんだ」
テンシー「他にもつくれますよ」
ジェン「いい能力だね」
テンシー「はい。私は敵も傷つけたくないので、そのような力が発現したんだと思います」
ジェン(M)「テンシーちゃんらしい優しい能力だ」
ジェン「でも、一番気になるのはテンシーちゃんの姿だけど」
テンシー「(笑って)私は……!」
山の方を見るテンシー。
ゴブリンの姿が見える。
ゴブリンE「(ジェンたちに)よくも仲間を!」
ジェン「オレたちがやったんじゃないです」
ゴブリンCが生き返って起き上がる。
ジェン「!」
ゴブリンC「生き返った……」
ジェンの傷口がなくなる。
トムの死体を見るジェン。
ゴブリンC「この方たちは我々を救ってくれたんだ!」
〇異世界・山の中(昼)
3匹のゴブリンの遺体をジェンとゴブリンCとゴブリンEが運ぶ。
テンシー、ジェンのあとをついていく。
涙ながらジェンに感謝の言葉を述べるゴブリンC。
前方にリーダーのゴブリンが立っている。
テロップ『ゴブリン ガドルフ・バーバー』
ジェン(M)「ゴブリンのメインキャラだ」
ゴブリンC「この人たちが我々を転生者から救ってくれたんです!」
ガドルフ「感謝申し上げます」
と、深々と頭を下げる。
ゴブリンC「本当にありがとうございました!」
ジェン「いえ、早く新しい坑道へ移動した方がいいです」
ジェンとテンシーの体が消え始める。
ジェン・テンシー「!」
感謝の言葉を聞きながら消えるジェンとテンシー。
〇草原(昼)
ジェンとテンシーが現れる。
ロイ「よかった、二人とも無事で」
ジェン「マリフォードさん」
ルイス「……お疲れ」
ジェン「(テンシーを見て)テンシーちゃん、その姿についてまだ聞いてないけど……!」
眠っている幼児姿のテンシーが目に入る。
ジェン「テンシーちゃんが二人!?」
テンシー「(幼児のテンシーを見て)そこの私が、20年後の自分をつくりだしたんです」
ジェン「!?」
テンシー「私は20年後の世界から来ました」
ジェン「20年後?」
テンシー「そこの私がもつ能力は、自分が存在する仮想世界をつくりだして、その世界の時間を進めて成長した自分を、この世界に出現させる力です」
ジェン「凄すぎる……」
テンシー「仮想世界での私はその能力を有していませんが、修行して意識を奪う力を獲得しました」
ロイ「ラルファータを一目見たとき、ありえないほどの才能を感じたから、子供でもわかるようにジェンの事情を簡単に話したんだよ」
ジェン「……」
ロイ「そしたら、この子は自分が力になりたいって言って、20年後の自分を出現させちまったってわけさ」
テンシー「20年後の私が存在する間は、幼児の私は眠った状態になります」
ジェン「その仮想世界では、オレは生きてる?」
テンシー「闇の力が原因なのか、ジェンさんとレモネードさんは存在してませんでした」
ジェン「眠ってるテンシーちゃんは目覚めるの?」
テンシー「はい。私が消滅すれば目覚めます。あの子がまた私をつくりだせば、今の記憶も引き継がれます。幼児の私には記憶が共有されませんけどね」
ジェン「異世界は危険だから来ちゃだめだ」
テンシー「大丈夫です。私は痛みを感じない体ですし、もし私がいない方が都合のいい場合は、自分で消滅して異世界から抜け出すこともできると思います」
ジェン「無事に抜け出せるんだ」
ロイ「ジェン、おまえが命懸けで仲間のために異世界で戦っているときに、レモネードは読書してたぜ」
ジェン「!?」
ルイス「わ、悪かったわよ。謝るわ。ごめんなさい」
ジェン「……ルイス、一つ言いたいことがある」
ルイス「!?」
(続く)
ジェンはリリーからルイスの能力は自身も異世界に行くことが可能であるという話を聞いており、自分だけ危険な異世界に行かない理由を問い詰める。異世界では敵を倒さなくてもルイスのみ脱出することが可能であり、一緒に行けば危険な状況になった場合に自分だけ逃げると非難されかねないので同行しなかったと述べるルイス。
ルイスは死なない体だが、痛みは感じるため、異世界で痛い思いをすることを怖がっていた。ジェンはルイスの能力があれば敵への勝率が少しでも上がると思い、ルイスにも同行するように要求する。
そして、嫌々ついていくことになったルイスと共にジェンは異世界でモブキャラのために敵を倒そうとする。幼いテンシーの仮想世界をつくりだす能力は、いつでも上手く発動するというわけではなかったので、20年後のテンシーの助けが借りられない状況になることもあった。そのたびに酷く落ち込んだ幼いテンシーの「ごめんなさい」という言葉にジェンは癒されながらも、強力すぎる力をもつ敵を前にルイスと共に恐怖で震えながら戦いに臨むことになる。