〇街の治療所(夕)
巫女がテンシーの額に手を当てる。

その様子を見守るジェン。

巫女「呪いが解けました。明日の朝には目が覚めるでしょう」
と、テンシーの額から手をはなす。

ジェン「(安心した顔で)よかった!」

巫女「ワタクシは世界最高の巫女なのでわかります。あなたは悪魔の呪いで呪男となっています。どんな方法でもその呪いは解けません」

ジェン「……ですよね」

巫女「では、ワタクシは失礼します」
と去っていく。

ジェン「ありがとうございました」

テンシーの寝顔を見つめるジェン。

ジェン(N)「テンシーちゃんは赤ちゃんの頃に両親を失い、施設で育ち、半年前に養子として引き取られた」

ジェン(M)「身寄りのないテンシーちゃんは施設にもどることになるのか。まあ、平和な世界になるし、メインキャラだから輝かしい未来がまっているはずだ」

〇酒場(夜)

夕食を一人で食べているジェン。

ジェン(M)「極悪人を何とか探していかないと……」

ルイスの姿を思い出すジェン。

ルイスのセリフ「あなたしか救えない人たちを見捨てるの!?」

ジェン「……」

中年男性の姿が思い浮かぶ。

中年男性のセリフ「あなたのおかげで、妻と赤ちゃんは助かりました! こうしてボクも妻と赤ちゃんに生きて会うことができた!」

ルイスの姿が思い浮かぶ。

ルイスのセリフ「もういやだ……助けて」

ジェン「(苦悩の表情で)……死ぬほど痛いし、本当に怖いんだよ。マジで」
と、両手で頭を抱える。

〇レモネード家の近くの道(夜)

一人で家に向かって歩いているルイス。

前方に立っているジェン。

ルイス「(ジェンの姿を見て)!」

ジェン、ルイスを見つめる。

ルイス「(顔を伏せて)……」
と、ジェンの横を通り過ぎる。

ジェン「オレ、やるよ」

ルイス「!」

ルイス、振り返ってジェンを見る。

ジェン「何も悪いことしてない弱者が強者の勝手で人生を奪われるなんて、許せないし」

ルイス「……ジェン」

ジェン「また異世界から声が聞こえたら教えてくれ。1ヵ月に1度が理想だけど」

ルイス「もう聞こえてるの」

ジェン「!……そんな頻繁に聞こえるのか?」

ルイス「ううん。ふつうは1ヵ月に1回くらい」

ジェン「そっか」

ルイス「今回はモブキャラのゴブリンを救わなければいけない」

ジェン「ゴブリンって……悪い奴だろ。魔王軍に属して、勇者の邪魔ばかりしてきたよな」

ルイス「……」

ジェン「ゴブリンなんかのために戦うなんて……」

〇街の治療所にある個室(翌日・朝)

床に立ってストレッチしているロイ。

ジェン「もう立てるんですか?」
と、個室に入ってくる

ロイ「もう歩けるし走れるよ」

ジェン「オレ、異世界で悪者を倒すことに決めました」

ロイ「なぜだ?」

ジェン「彼女にとってオレは最強の仲間らしいので。苦しんでる仲間に助けを求められたら、オレは無視できません」

ロイ「……そうか。すまないが、オレは力になれそうにない。どうしようもなく怖いんだ」

ジェン「マリフォードさんにはお願いしたいことがあって」

ロイ「なんだ?」

ジェン「もしオレが異世界から帰ってこれなかったら、魔王退治の報奨金をテンシーちゃんの財産になるよう手配してほしいんです」

ロイ「わかった」

〇街(朝)

『魔王を倒した新聞配達員の写真を夕刊に掲載』と書かれた新聞紙を読んでいる人々。

〇街の治療所(朝)

テンシーが眠っているベッドの側にある椅子に座っているジェン。

ジェン「(テンシーの寝顔を見つめて)……」

テンシー、目が覚めてゆっくりと瞼を開く。

ジェン「!」

上半身を起こすテンシー。

ジェン「テンシーちゃん……」

テンシー「……新聞屋のお兄さん?」

ジェン「うん」

テンシー「ここどこ?」
と周囲を見回す。

ジェン「病院だよ……テンシーちゃん、ケガしたから」

テンシー「(驚いて)私、ケガしたの?」

ジェン「でも、もう大丈夫だよ。ケガはなおったから」

テンシー「(ほっとした表情で)よかったー」

ジェン「(微笑んで)」

ジェン(M)「ああ。この子を見てると本当に癒される。またテンシーちゃんと話すことができて本当によかった」

ジェン「テンシーちゃん」

テンシー「(ジェンを見て)?」

ジェン(M)「ずっと、この言葉を君に伝えたかったんだ」

ジェン「(笑顔で)産まれてきてくれてありがとう」

テンシー「(笑顔で)うん!」

ジェン(M)「(涙目で微笑んで)本当にありがとう」

〇草原(昼)

向き合っているジェンとルイス。

ルイス「始めていい?」

ジェン「(覚悟した表情で)ああ」

地面に手をかざすルイス。

ゴブリンの霊体が現れる。

ゴブリンC「助けてくれ! 転生者に仲間が皆殺しにされる!」

ジェン「……」

〇ジェンの回想

夜中にレモネード家の前で向き合うジェンとルイス。

ジェン「ゴブリンなんかのために戦うなんて……」

ルイス「アタシが聞こえる死者の声はね、魂が濁ってない者の声なの。だから弱者でも悪い奴の声は聞こえない」

ジェン「!」

ルイス「この世界でゴブリンは悪よ。でも、その異世界ではどうかしら? 少なくともアタシが聞いた声の主は悪い奴じゃないわ」

(回想終了)

〇草原(昼)

ゴブリンC、必死にジェンとルイスに説明している。

ゴブリンC「こちらの世界のゴブリンは、人間に危害を加えないと誓っている者もいます」

ジェン「……」

ゴブリンC「我々は争いを好まず、人里から離れた場所で暮らしていました。しかし、各地で攻撃的な考えをもつゴブリンが暴れたせいで、我々は坑道を追いやられたんです」

ジェン「自分たちは違うと釈明すれば……」

ゴブリンC「人間は我々の姿を見ても区別がつかないので、一部の狂暴なゴブリンが悪さをすると、何もしてない我々まで悪く見られます」

ジェン「転生者っていうのは?」

ゴブリンC「別の世界から生まれ変わってきた人間です。チート能力をもってます」

ジェン「チート能力?」

ゴブリンC「世界の常識を超えた力です!」

顔に汗をにじませるジェン。

ジェン(M)「……だ、大丈夫なはずだ。今回、オレには作戦がある」


〇ゴブリンCの回想・山の中

移動しているゴブリンたち。

ゴブリンC「北に坑道があるはずだ」

ゴブリンの子供「なんで人間に悪いことしてないのにボクたち酷いことされるの?」

ゴブリンC「一部の馬鹿なゴブリンが人間を襲うからだよ」

ゴブリンC(N)「人間は剣や弓、盾を使って戦います。しかし、突如世界に現れる転生者と呼ばれる者たちは違う」

爆音が聞こえてくる。

ゴブリンA「何の音だ?」

ゴブリンB「様子を見に行くか」

ゴブリンC(N)「転生者は百年に一度現れ、ありえない力を使います」

〇ゴブリンCの回想・平地

平地に出る4匹のゴブリン。

トムの周囲に雷が落ちている。

トム「(ゴブリンたちを見て)ゴミども発見」
と、空に向かって手をあげる。

ゴブリンC「(トムを見て)まさか……」

トム、手を振り下ろす。

ゴブリンDに雷がおちる。

ゴブリンD「ぎゃあああっ」
と、焦げて倒れる。

ゴブリンC「バジル!」

トム「山から出てきたってことは、山奥にゴミどもがたくさんいるんだな」
と、山に向かって歩く。

逃げるゴブリンたち。

ゴブリンA「逃げろ! 転生者だ!」

ゴブリンB「子供、女を避難させろ!」

トムが空に向かって手をあげる。

ゴブリンC「(トムに)やめてくれー!」

雷がゴブリンたちに落ちる。

真っ黒に焦げて倒れるゴブリンたち。

(回想終了)

〇草原(昼)

泣いているゴブリンC。

ゴブリンC「このままでは仲間が皆殺しにされる!」

ジェン「(青ざめた顔で)……見たのは雷を落とす力ですね?」

ゴブリンC「はい!」

ジェン(M)「雷とかあたったことないし、メチャクチャ怖いよ」

ジェン「(震えながら)ルイス、移動させてくれ」

ルイス「ええ」

ジェンとルイス、握手をする。

ジェンの姿が消える。

〇異世界・平地(昼)

ガチガチと震えたジェンの姿が現れる。

ジェン(M)「作戦その1。闇化は敵の攻撃に耐えられなくなったときに逃げる手段として使う」

樹木の方へ走っていくジェン。

ジェン(M)「相手の攻撃途中で闇化を使えば、前回みたいに気が狂いそうになるまで痛みを受けなくてすむ」

樹木に隠れるジェン。

ジェン(M)「作戦その2。自分で自分を傷つけてダメージを負う」
と、懐に忍ばせている小刀を確認する。

周囲の景色が歪んでいく。

ジェン(M)「敵に予想外の体の部位を攻撃されるよりも、自分で傷つける体の部位を選択して自ら痛みを与えた方が覚悟してるぶん幾分かマシだ」

ゴブリンたちの死体が現れる。

ジェン「(ガチガチと震えて)」

トムの姿が現れる。

トム「(驚いた表情で)!?」

ジェン「(トムを見て)あいつか……トム・オーガ」

トム「いったい何が起こった?」
と、周囲を見回している。

ジェン(M)「できれば、取り入って隙をつき小刀で倒したい。それが痛みを受けず異世界から抜け出せる一番の方法……」

トム「おい、そこに誰かいるな?」
と、ジェンの方を見る。

ジェン「(動揺して)!?」

トム「出てこい。人間は傷つけないから安心しろ」

ジェン、恐る恐る姿を見せる。

トム「(ジェンに)一週間くらい時間がもどってないか?」

ジェン「はい」

トム「オレだけじゃないのか」

ジェン(M)「……近づいて背後から小刀で刺せば倒せるか?」
と、トムの方へ歩いていく。

トム「こんなことが起きるってことは、オレ以外に転生者がいやがるのか?」

ジェン、トムに近づいていく。

トム「まさか、おまえ?」

ジェン「! いや、オレじゃないですよ」

トム「じゃあ、なんで近づいてくる? オレがゴブリンを殺したの見ただろ」

ジェン、立ち止まってゴブリンの死体を見る。

ジェン「……この状況が不安で。それに人間は傷つけないと言ったから」

トム「(呟くように)あの場にいた……気が付かなかっただけか」

ジェン「なんでゴブリンを殺したんですか?」

トム「人を襲うからだ。殺すことが正義だろ」

ジェン(M)「昨日のオレの考えと似てる」

ジェン「でも、人間に危害を加えないと決めてるゴブリンもいるかもしれないですよ?」

トム「そんなのわかんねえだろ。あいつら猿と同じで見分けつかねえし」

ジェン「え……さるって?」

トム「……ああ、やっぱ転生者じゃねえな。猿っていうのはオレの前世の世界にいた動物だ」

ジェン(M)「もし、こいつを説得できて改心した場合どうする? オレはこいつを倒さなきゃ異世界から脱出できないし……」

ジェン「……雷を落とすの凄かったですね」
と、トムに近づいていく。

トム「まだ他にもあるぜ」
と、山の方に手の平を向ける。

ジェン「?」

トム「ドカン」

山の中腹で大爆発が起こる。

ジェン「(驚いて)!?」

爆炎があがる山を見るジェン。

ジェン「っ……あそこに、人がいるかもしれないじゃないですか!?」

トム「人がいるかいないかだけはわかる。さっき、おまえのことも見つけただろ。あそこにいるのはゴミだ」

ジェン「……ゴミ?」

トム「ゴブリンだ。時間がもどったとしたら生き返ってるかもしれねえな」

ジェン「人と会話できるくらいの知能をもってるんですよ? 悪いゴブリンだけじゃなくて、良いゴブリンだっているかもしれないじゃないですか!」

トム「どうでもいいだろ、人間じゃないし」

ジェン「トムさんにだって、家族とか大切な人がいたんでしょ? ゴブリンだって同じように大切に思ってる誰かがいるかもしれない!」

トム「おまえ、なんでオレの名前を知ってる?」

ジェン(M)「! しまった。この世界も……」

ジェン「……名前がわかる能力をもってて」

トム「この世界に特殊能力をもった人間はいないはずだ」

ジェン「でもオレはわかるんです」

トム「そうか」
と、山の方に手の平を向ける。

ジェン「何する気ですか?」

トム「知能があっても人間の姿してなきゃ、殺してもオレなんとも思わないんだわ」

ジェン「やめてください!」
と、トムの腕を掴む。

トム「おい、オレは人間を傷つけない主義だが、邪魔をする奴は別だ。殺すぞ」

ジェン、びくりと手を離す。

トムの手の平が赤く光っていく。

ジェンの頭の中にゴブリンCの姿が思い浮かぶ。

ゴブリンCのセリフ「こちらの世界のゴブリンは、人間に危害を加えないと誓っている者もいます」

ジェン「(目を伏せて)っ……」

トム「オーガ……」
と、山に向かって能力を発動させようとする。

ジェン、トムの胸を背後から小刀で貫く。

トム「(驚いた顔で)なっ……」
と、地面に倒れる。

ジェンの背後にトムの姿。

トム「(ジェンの背後から)何してんだ? てめー」

ジェン「!?」

(続く)