〇真っ白な空間

ジェンとリリーが話している。

ジェン「今回の条件は?」

リリー「ナーガを地面に倒すこと」

ジェン「……」

リリー「基本能力が全てナーガを遥かに凌駕するレベルになってるよ。あと平衡感覚を狂わせる剣も使える」

ジェン「バランス感覚を狂わす剣……」

リリー「切れ味はあるけど、人の体だけは斬れずにすり抜けるの。その代わり剣がとおった体の箇所が致命傷を負う部位であればあるほど、平衡感覚も大きく狂うよ」

〇異世界・とある山(朝)

ジェンの死体を見ているナーガ。

聖兵士A(M)「……むごい。ナーガ様だけは怒らせてはならない」

ジェンの体が消える。

ナーガ「!」

光り輝きながらジェンが現れる。

聖兵士A「奴は不死身か?」

ナーガ「不死身であろうと弱ければ脅威ではない」

ジェン、手元に現れた剣をとる。

ジェン「最初は、あんたを痛めつけたいとは思わなかった。けど、今は違う」

ナーガ「……」

ジェン「(睨んで)あんたを絶対に破滅させてやる!」

ナーガ「さっきまでみっともない姿をさらしていた男が何を」

ジェン「……あれは忘れろ」

ナーガ「(笑って)くく、笑わせてくれる」

ジェン「そうか、あんたはこういうことで笑うんだな」

剣を構えるジェン。

ジェン「ナーガ・ホーリーナイト、剣を抜け!」

ナーガ「もう一度泣き叫びながら死にたいようだな」
と、剣を抜く。

一瞬でナーガの目の前に行くジェン。

ナーガ「(驚いた表情で)!?」

ジェン、剣を振り上げながらナーガの左腕を斬る。

ナーガ「なっ……」
と、後方へ勢いよく飛ぶ。

ジェン「(ナーガを見たまま動かず)……」

ナーガ「っ……」
と、地面に刺した剣を両腕で握りしめてフラフラと立っている。

聖兵士A「ナーガ様!?」

ナーガ「……何をした?」
と、左腕の斬られた箇所を見る。

ナーガの左腕の斬られた箇所は防具だけが真っ二つに切れている。

ジェン「この剣は人の体だけ斬れずにすり抜ける。剣が体をすり抜けると平衡感覚が狂うらしい」

ナーガ「どうりでバランスが……」

ジェン「信じるかは自由だが、先に言っとく。あんたは地面に倒れたら苦痛を受けることになる。今まであんたが誰かに与えた苦痛を全て受けたあと、破滅するんだ」

ナーガ「……」

ジェン「世界を救おうとする正義だろうが、オレはあんたを倒す」

ナーガ「いいだろう。ならば、オレも全力で貴様を殺そう」

ナーガの体が光り輝く。

ジェン「!?」

ナーガ「聖なる力の解放は命を削ることになるが、今こそ使うべきだな」

剣を地面から抜いて構えるナーガ。

ナーガ「(余裕の表情で)いつでもかかってこい」

ジェン(M)「……平衡感覚の狂いがなおったのか?」

一気にナーガと距離をつめるジェン。

ナーガ、ジェンのスピードに反応して剣を振り上げる。

ジェン(M)「基本能力も向上してるのか!」

剣をジェンに向かって振り下ろすナーガ。

ナーガに向かって剣を振り上げるジェン。

ジェンとナーガの剣がぶつかる。

ジェンの剣がナーガの剣を腕ごと上へとはじく。

ナーガ「(予想外という顔で)なにっ……」

ジェン、すかさず自分の剣を下げて振り上げる体勢になる。

ナーガ「(恐怖の表情で)……待っ(てくれ!)」

ジェン「(鋭い目で)」
と、ナーガの胴体に向かって剣を振り上げながら一刀両断する。

地面に倒れるナーガ。

ジェン「オレの勝ちだ」

ナーガ「くっ、聖なる力を解放したオレが……こんな」

聖兵士A「ナーガ様!」

ジェン、中年男性の遺体のもとへ一瞬で移動する。

中年男性を背負うジェン。

ジェン「(聖兵士Aに)おい、洞窟はどこだ?」

聖兵士A「(おびえて)ひっ、あっちです!」
と、洞窟がある方を指差す。

ナーガ「おわあああああああああああ!」

聖兵士A「ナーガ様!?」

ジェン「魔人の恨みを買うと、こうなるってことを仲間に伝えろ」

絶叫しているナーガ。

聖兵士A「(しりもちをついて)ひいい」

ジェン「軍を撤退させろ!」

聖兵士A「は、はい!」

ジェン、中年男性を背負ったまま洞窟の方へ猛スピードで走り始める。

山の中を進んでいる聖兵士たち。

撤退を知らせる大きな音が響き渡る。

聖兵士B「撤退!?」

聖兵士C「馬鹿な……ナーガ様が負けた!?」

〇草原(昼)

体が消え始めた中年男性を見るルイス。

ルイス「どうやら決着がついたようね」

中年男性「私は生き返るんですか!?」

ルイス「あの男が勝ってればね」

〇異世界・とある山(朝)

ジェンの背負っている中年男性が生き返って目を覚ます。

中年男性「……本当に生き返れた!」

ジェン「奥さんがいる洞窟はどこですか?」

中年男性「あっちです!」

〇異世界・洞窟内(朝)

赤ちゃんをあやしている一人の女性。

ジェンと中年男性が洞窟に入ってくる。

妻「(中年男性を見て)早かったね」

中年男性「よかった! 無事で!」
と、妻を抱きしめる。

赤ちゃんを見るジェン。

テロップ『乳児 チック・カヌーシャ』

ジェン(M)「(驚いた顔で)メインキャラだな……この異世界では、両親がモブキャラでもメインキャラが産まれることもあるのか」

妻「何があったの? さっき大きな音がしたけど……そちらの人は?」

中年男性「この人は、襲撃してきた聖軍を追い払ってくれたんだよ」

ジェン「住みかを変えた方がいいです。また聖軍が山に来るかもしれません」

中年男性「はい、そうします」

ジェンの右手を両手で握る中年男性。

中年男性「本当にありがとうございました!」

ジェン「……」

中年男性「(泣きながら)あなたのおかげで、妻と赤ちゃんは助かりました! こうしてボクも妻と赤ちゃんに生きて会うことができた!」

ジェン「(もらい泣きしそうで)……よかったです」

中年男性「あなたにはいくら感謝してもしきれない! 一生の恩人です!」

妻「ありがとうございました」
と頭を下げる。

ジェンの姿が消え始める。

ジェン「!」

中年男性「言葉と気持ちだけでしかお礼できないのが、申し訳ないです」

ジェン「(笑顔で)いえ、それだけ十分です」

中年男性「ありがとうございました!」

ジェン「お幸せに」

〇草原(昼)

ジェンの姿が現れる。

ルイス「お疲れ。さあ、この調子でモブキャラたちを救っていくわよ」

ジェン「……オレ、決めたんだ」

ルイス「何を?」

ジェン「オレは君の仲間にはならない」

ルイス「!?」

〇街の治療所にある個室(昼)

ベッドで横になっているロイ。

ロイ「トイレ長すぎないか……」


〇草原(昼)

見つめ合うジェンとルイス。

ルイス「……どうしてアタシの仲間にならないの?」

ジェン「小悪魔に聞いたよ。君に無念の死を伝える死者は、異世界で強者に殺された弱者のモブキャラだってね」

ルイス「!」

ジェン「つまり、絶対に敵は強いってことだ。しかも圧倒的な強さを誇る敵だよ」

ルイス「でも、あなたの能力は最強よ。どんな敵であっても最後は勝てるわ!」

ジェン「あまりの苦痛を受けて気が狂った状態で死ねば、あの空間に行けずオレの魂は消滅する。絶対に勝てるわけじゃない」

ルイス「……痛みで気が狂うことなんてないわよ」

ジェン「今回、その一歩手前になるくらいの痛みを受けたよ」

街の治療所の方角へ歩いていくジェン。

ルイス「あなたしか救えない人たちを見捨てるの!?」

立ち止まって振り返るジェン。

ジェン「オレだけとは限らないだろ」

ルイス「異世界から無傷で帰ってきたのはあなただけよ!」

ジェン「自分や大切な人のためでもないのに、死ぬほど痛い思いをするのは嫌なんだよ」

ルイス「……結局、あなたもあの男と同じなのね」

ジェン「?」

ルイス「あなたたちみたいな人が称えられるなんて、笑えるわ」

顔を両手で覆って地面に崩れ落ちるルイス。

ルイス「これで、また誰かが異世界で無駄死にすることになる」

ジェン「どういうことだよ?」

ルイス「あなたの代わりに別の人が異世界に行って死ぬことになるって言ってるのよ!」

ジェン「異世界のモブキャラの声を聞かなければいいだろ」

ルイス「聞きたくなくても、聞こえてくるの! 一度聞いてしまったら、誰かを異世界に移動させるまでは常に悲痛な声が聞こえるのよ! そんな声をずっと聞いていたら頭がおかしくなるわ!」

ジェン「じゃあ、今までどうしてたんだよ?」

ルイス「そのたびに人助けだと誰かを説得して、これまで何十人と異世界に移動させてきた。異世界から帰ってこれたのはあなたを含めて二人だけよ」

ジェン「それが、闇の力を得た代償だったら受け入れるしかないだろ。オレは耐えきれない代償だったら、自ら命を絶つ覚悟でいた」

ルイス「闇の力を手にしたことで、私は死ぬことができない体になった。たとえコナゴナにされても死なずに再生するわ。自分で死ぬことなんてできない」

ジェン「!」

ルイス「また良い人を騙すように説得して、異世界で犬死にさせるなんて……」

ジェン「……」

ルイス「(顔を両手で覆ったまま)もういやだ……助けて」

ジェン「(苦い表情を浮かべてルイスに背を向ける)」

ルイスのもとから立ち去っていくジェン。

〇街(昼)

一人で歩いているジェン。

ジェン(N)「子供の頃、敵に立ち向かっていく勇者に憧れていた」

子供たちがマントを着て、勇者ごっこをしている。

ジェン(N)「でも勇者が敵に立ち向かっていけるのは、戦うことが嫌になるほどの痛みを受けることなく敵を倒せる力をもっているからだ」

ロイのポスターが建物の壁にはられている。

ジェン(N)「モブキャラのオレは違う。死ぬほどの痛みを受け続けなければ、強力な力をもつ敵を倒せるようにはならない」

『魔王を倒した新聞配達員の写真が近日公開』と書かれた記事が路上に落ちている。

ジェン(N)「オレが異世界の戦いで勝つためには、必ず死ぬほどの痛みが伴う」

〇街の治療所にある個室(昼)

個室に入ってくるジェン。

ロイ「どこかに行ってたのか?」

ジェン「ちょっと巻き込まれてしまって」
と、ベッドの隣にある椅子に座る。

ロイ「巫女は手配しておいた。今日中に派遣される」

ジェン「(嬉しそうな顔で)ありがとうございます!」

ロイ「君にかかっている呪いは解けないと思うがな」

ジェン「(苦笑して)期待してませんよ」

ロイ「あとは、悪い奴が出てくるのを祈るしかないか……」

ジェン「さっき、ルイス・レモネードって人と会ったんです」

ロイ「!」

ジェン「彼女は異世界に転移させる能力をもっていて、その世界には悪者がいます」

ロイ「……だが、異世界の敵は強すぎる」

ジェン「なんで知ってるんですか?」

ロイ「彼女からオレの話を聞いてないのか? オレは一度だけ異世界に行ったことがある」

ジェン「!」

ロイ「恐ろしすぎて戦意喪失したよ」

ジェン「異世界から抜け出すには敵に勝たなきゃいけないんじゃ……」

ロイ「そのときの話はしたくないが、オレは悪い方法を使った。それで敵は死んだ」

ジェン「……」

ロイ「世界最強の勇者であるオレが戦うことを放棄して逃げたんだ」

ジェン「敵はどんな奴だったんですか?」

ロイ「人間とは似ても似つかない異形な姿をした怪物だった。もう、そのときのことは思い出したくない」

〇ロイの回想

施設内の廊下を恐怖の表情を浮かべて必死に走るロイ。

ロイ、研究室に駆け込んで非常用のボタンを押す。

研究室内に通信の音声が響く。

研究員Aの声「おい、非常用のボタンが押されてるぞ!」

研究員Bの声「あの野郎、オレたちごと化け物を消滅させる気か!」

ロイ、ブルブルと震えて床に座り、両手で頭を抱える。

(回想終了)

〇街の治療所にある個室(昼)

険しい表情で宙を見つめるロイ。

ジェン「オレも酷い目に遭いました」

ロイ「異世界に行ったのか!?」

ジェン「はい、もう二度と行きたくありません」

ロイ「歴戦の勇者たちも異世界に行ったが、誰も帰ってこれなかった」

ジェン「亡くなったんですかね?」

ロイ「ああ。彼女に聞こえている死者の声がおさまるのは、モブキャラを殺した敵あるいは異世界に行った者の魂が消滅したときらしい」

ジェン「どうして異世界のことを教えてくれなかったんですか?」

ロイ「オレの無様な話を知られたくなかったんだ。すまなかった」

ジェン「いえ、異世界の敵を倒すというのは解決策にならないので」

〇レモネード家(昼)

豪邸の廊下を歩くルイス。

ルイス「(何かに気づいた表情で)!」

頭の中で異世界の光景が流れる。

トムが雷でゴブリンたちを殺している場面が脳裏をよぎる。

ゴブリンの悲痛な声が頭の中で響く。

ゴブリンCの声「助けてくれ! 転生者に我々の仲間が皆殺しにされる!」

ルイス「(嫌な表情で)っ……なんで? 早すぎる!」

(続く)