〇草原(昼)

向かい合っているジェンとルイス。

ジェン「オレの出番?」

ルイス「あなたがモブキャラを今から救いに行くの」

地面に手をかざすルイス。

中年男性が霊体のような姿でジェンとルイスの前に現れる。

ジェン「(中年男性を見て)!?」

中年男性「妻と赤ちゃんを助けてください!」

ルイス「(中年男性に)アタシたちは異なる世界の人間だから、まずあなたのことを教えて」

中年男性「……ボクの一族の人間は穢れた魔の力をもつ魔人と言われ、ずっと迫害を受けてきました」

ジェン「魔人?」

中年男性「理由はわかりません。一族は山奥に身を潜めて暮らしていました」

〇中年男性の回想・洞窟

山奥に複数ある洞窟のうち一つの洞窟に入っていく中年男性。

中年男性(N)「ボクは妻と洞窟に住んでました」

洞窟内で横になっている一人の妊婦。

中年男性「もう産まれるな」

妻「(笑顔で)元気な子だといいな」

中年男性(N)「これまで何も悪いことをせず真面目に生きてきました。そして、ボクたちの赤ちゃんが産まれたんです」

産まれた赤ちゃんを抱いて幸せそうに笑い合う中年男性と妻。

〇中年男性の回想・山

薪を拾っている中年男性。

中年男性(N)「その幸せは突如奪われました」

一族の男「聖軍だ! 逃げろ!」

中年男性「!」

聖軍から逃げ始める人々。

中年男性(N)「悪人を処罰する聖なる軍団である聖軍が山に突然やってきました」

ナーガ、剣をぬく。

ナーガ「作戦を開始したと王に伝えろ。全滅させるまで気を抜くなよ!」

聖兵士A「はっ!」

逃げる中年男性を剣で貫くナーガ。

中年男性「ああっ!」
と倒れて絶命する。

(回想終了)

〇草原(昼)

ジェンとルイス、泣いている中年男性を見る。

中年男性「やっと手に入れた幸せが、こんな簡単に奪われるなんてっ……」

ジェン「そんなの許されませんよ」

ルイス「あなたを生き返らせることができるかもしれないわ」

中年男性「本当ですか!?」

ジェン「そんなことできるんですか?」

ルイス「ええ。この世界では無理だけど、異世界に住んでいる者なら可能よ。ただし、この人を殺した悪者の魂を消滅させなきゃいけないんだけどね」

ジェン「どういうことですか?」

ルイス「異世界に転移するあなたを『転移者』、殺されたこの人を『依頼者』、この人を殺した悪者を『ターゲット』と呼んで説明するわよ」

ジェンに説明しているルイスの姿。

ジェン「……なるほど。じゃあ、そのターゲットを破滅させてくるよ」

ルイス「異世界に移動させるわね」

ジェンとルイス、握手する。

ジェンの姿だけが消える。

〇異次元の通り道

空中に浮かびながら進んでいくジェン。

ルイスのセリフ「アタシは闇の力で3つの能力を手に入れた。1つは移動させる力。あとの2つは異世界限定で使える力なの」

前方の光が見える異次元の通り道の出口をぬけるジェン。

〇異世界・とある山(朝)

ジェンの姿が現れる。

ルイスのセリフ「異世界へは依頼者が死んだ場所に移動させることができる。でも、ターゲットの魂を消滅させないと、異世界から抜け出すことができなくなる」

近くにある中年男性の遺体を見るジェン。

ルイスのセリフ「2つ目の能力は、一度だけ時間を依頼者が死んだ瞬間までもどすことができる力。ただし、ターゲットの意識と転移者には適用されない」

周囲の背景が歪む。

周囲にナーガと聖兵士らの姿が現れる。

ナーガ「(驚いた表情で)!?」

ルイスのセリフ「3つ目の能力は、ターゲットの魂を消滅させれば、依頼者を生き返らせることができるというもの」

ジェン「(ナーガを見て)あいつを破滅させれば、あの人は生き返るんだな」

聖兵士B「ナーガ様、第二部隊が到着したようです!」

ナーガ「なんだこれは……」

聖兵士A「(ナーガに)第二部隊は西に進むということでよろしいでしょうか?」

ナーガ「……時間がもどってる?」

聖兵士A「え? どうされました?」

ナーガ「オレだけか……」

ジェン、ナーガに姿を見せる。

ジェン「(ナーガを見て)ナーガ・ホーリーナイト、あんたを破滅させる」

ナーガ「……貴様の仕業か。なぜオレのフルネームを知っている?」

ジェン「そりゃメインキャラの名前はわかるよ」

ナーガ「なに?」

ジェン「モブキャラにも積み上げてきた大切な人生があるんだよ! それを一方的に奪うなんてオレが許さない!」

ナーガ「モブキャラ? どういう意味だ。さっきから何を意味不明なことを言っている?」

ジェン(M)「! この異世界にはメインキャラやモブキャラっていう言葉が存在しないのか。オレたちの世界とは仕組みが違うから、メインキャラの姿を見ても名前がわからないんだ」

ナーガ「いったい何をした。幻覚を見せてるのか?」

ジェン「どうかな?」
と、自分の胸に手を当てる。

〇ジェンの回想

真っ白な空間でリリーと話すジェン。

リリー「痛みなく自分で死ねる方法はあるよ、一日に一度しか使えないけどね」

ジェン「どうやるんだ?」

(回想終了)

〇異世界・とある山(朝)

自分の胸に右手の手の平をあてているジェン。

ジェン「闇化」

ナーガ「?」

地面に倒れるジェン。

〇真っ白な空間

周囲を見回すジェン。

ジェン「あの神は今日もいないのか?」

リリー「昨日と違って、別の用事があるからね」

ジェン「破滅させるための条件は?」

リリー「ナーガに一太刀あびせること」

ジェン「剣なんて持ってないぞ」

リリー「大丈夫。剣はジェンの手元に現れるから」

〇異世界・とある山(朝)

ナーガ、倒れているジェンを見ている。

倒れているジェンの姿が消える。

ナーガ「!」

光り輝きながらジェンが現れる。

ジェンの姿を見るナーガと聖兵士A。

ナーガ「(驚愕した表情で)なっ……」

聖兵士A「(恐怖の表情で)ひっ」

ジェンの体を纏う光がなくなる。

手元に現れた剣を手に取るジェン。

ナーガ「見たことがないほどの強力な魔の力だ。魔人の王といったところか」

ジェン「……その魔人っていうのは何なんだ?」

ナーガ「魔の力をもった人間だ。おまえたち魔人は生きてるだけで魔の力を放出し、世界に災いを引き起こす」

ジェン「!?」


〇草原(昼)

読書しているルイス。

中年男性「あの人、大丈夫ですかね?」

ルイス(M)「大丈夫にきまってる。最後には絶対に勝てる最強の能力なんだから。これで、やっと私も苦しみから解放される」

〇異世界・とある山(朝)

ジェン「なんでそんなことがわかるんだよ?」

ナーガ「聖なる力をもつ我々にはわかる」

ジェン「……」

ナーガ「貴様の背後にいる、悪の権化ともいえるような姿をした化け物は何だ?」

ジェン「(慌てて後方を見る)!?」

背後には誰もいない。

ジェン(M)「何も見えないぞ……」

ナーガ「その化け物に殺した者たちの魂を食わせるつもりだろう」

ジェン「(ナーガを見て)!」

ジェン(M)「聖なる力や魔人の話が本当なら、世界を救おうとしている奴をオレは破滅させることになるのか……」

ナーガ「ここでオレが貴様を殺し、世界を救う!」

ジェン(M)「いや……どんな理由があっても、何も悪いことをしてない弱者の命を一方的に奪うことは悪だ!」

ジェン、覚悟を決めた表情で剣を構える。

ナーガ「斬り合う前に一つ聞きたい。なぜオレの命を狙う?」

ジェン「(中年男性を見て)その男に頼まれたんだよ。妻と赤ちゃんを助けてくれってな」

ナーガ「……」

ジェン「あんたを破滅させれば、そこで死んでる男を生き返らせることができるんだ」

ナーガ「戯言だとしても不愉快だ。いずれオレは聖軍の頂点に立つ男だぞ。そこに転がってるザコのせいで殺されたとあっては、死ぬに死ねんわ!」
と、剣を抜く。

ジェン(M)「来る! でも、魔王の強さと比べれば天と地ほどの差があるはずだ」

目の前から消えるナーガの姿。

ジェン(M)「消え……」

ジェンの背後に背を向けて立っているナーガ。

いつの間にかできたジェンの胸の切り傷から血が噴き出す。

ジェン「(恐怖の表情で)うわっ……」

背後からナーガに剣で心臓を貫かれるジェン。

ジェン、地面に倒れて苦しみながら絶命する。

聖兵士A「たいしたことなかったですね」

ナーガ(M)「この幻覚が解けるまでは油断できない」

〇真っ白な空間

目を覚ますジェン。

ジェン「……あいつ、全然弱い奴じゃない。魔王より強いんじゃないか!?」

リリー「どうして弱い敵だと思ったの? ルイスがキャッチするモブキャラの無念の死は、圧倒的な強者が弱者のモブキャラを殺したパターンがほとんどだよ?」

ジェン「そうなのか!?」

リリー「しかも、異世界は無数にあるからね、魔王よりも強い敵だって当然いるよ」

ジェン「(驚愕の表情で)……」

リリー「今回の条件はナーガを笑わせること」

ジェン「笑わせる?」

リリー「じゃあ、頑張って」

ジェン「何か獲得する能力は? 笑わせる能力とか」

リリー「今回は何もないよ。普通の剣で君がナーガに一太刀あびせることより、笑わせることの方が簡単だよ」

ジェン「……あんな奴に一太刀って、不可能だっただろ」

リリー「魔王のときとは違って、君は何の痛みも受けずに闇化を使って、この空間に来た。だから、最初は条件達成が不可能に近いものだったんだよ」

ジェン「……」

リリー「いくら闇の力とはいえ、相手が強ければ強いほど破滅させるための難易度は上がる。そして、死ぬごとに受けた痛みが加算されていき、そのトータルの痛みが大きいほど難易度は下がっていくの。その基本を忘れないでね」

ジェン(M)「魔王と戦ったときは個人的な怒りやテンシーちゃんを守るためだって、興奮してたから痛みを受けることに対する恐怖心が麻痺してたけど、今回は違うから凄く怖い」

〇異世界・とある山(朝)

ジェンの死体が消える。

聖兵士A「死体が消えました!」

ナーガ「……」

光り輝きながらジェンが現れる。

聖兵士A「そんな……生きてるなんて」

ジェン(M)「(ガチガチと震えて)またあんな痛い思いをするのは絶対にごめんだ。やばい、メチャクチャ怖い!」

ナーガ「次は体を原形とどめないほどに切り刻んでやろう」

ジェン「(恐怖の表情で)っ……」
と震えている。

ナーガ「(威圧するような表情で)さっきの威勢はどうした?」

ジェン「(怖くて)うわっ……」

ジェン(M)「とにかくふざけたことして笑わせないと……」

剣を抜こうとするナーガ。

ジェン「(動揺して)ひ、一つ面白いものを見せてあげます!」

ナーガ、動きを止めてジェンを見る。

四足歩行の動物のような真似をし始めるジェン。

ジェン「(鳴き声の真似で)キャンキャン。ワオーン」

聖兵士A「(意味がわからず)……気でも触れたか」

ジェン「ドンドコさ、ドンドコさ!」
と、メチャクチャな踊りをする。

ナーガ「(真顔で)……」

一人で滅茶苦茶な芝居のようなことをする。

ジェン「ガルルルル! おわー、獣だー! 逃げろー!」

聖兵士A「(あまりの奇行に)……ぶっふ」
と少し笑う。

ジェン「あ、それえ。おかしいな! あ、それえ。おかしいな!」
と、バカのような真似をする。

聖兵士A「(笑うのを我慢しながら)……くくっ」

ナーガ「(聖兵士Aに)笑うな」

聖兵士A「(びくりと)も、申し訳ございません!」

ナーガ「オレが一番嫌いな人間を教えてやろうか?」

ジェン、ナーガの形相を見てバカな真似をやめる。

ナーガ「(怒りの表情で)命のかかった戦場で、ふざけたことをする人間だ!」
と、剣を抜く。

ジェン「(恐怖の表情で)ひっ!」

必死な表情で逃げ出すジェン。

ジェン「うわあああああああああ!」

ナーガ、一瞬でジェンに追いつく。

ジェンの両足の太ももが剣で貫かれる。

ジェン「ぐああっ!」
と、地面に転ぶ。

ナーガ「(剣を振り上げて)粉々にしてから殺してやる」

ジェン「(涙目で)うわあああああああ!」

〇真っ白な空間

目を覚ますジェン。

リリー「魔王のとき以上に痛みを感じたみたいだね」

ショックを受けた表情で震えているジェン。

ジェン「……気が狂う一歩手前だった」

リリー「そっかー」

ジェン「オレ、決めたよ。もうこんな痛い思いしたくない」

(続く)