〇街(夜)
勇者と魔王が対峙している。
二人の決闘を見守る人々。
勇者「オレがおまえを倒して世界を救う!」
テロップ『世界最強の勇者 ロイ・マリフォード』
魔王「はっはっは。不可能だ」
テロップ『史上最悪の魔王 ベネス・ドルザーク』
剣を構えるロイ。
ロイ「始めるぞ、ベネス!」
ベネス「その前に、オレ様が手に入れた新しい能力を見せてやろう」
ロイ「なに?」
ベネス「周りにいるモブキャラどもを見ろ」
ロイとベネス、決闘を見守る人々に目を向ける。
人々の体にムカデのような生物が巻き付いた形で出現する。
自分の体に巻き付いている魔生物に気づく人々。
男性A「うわっ!」
女性A「きゃーっ! なんなのこれ!?」
大騒ぎし始める人々。
ベネス「オレ様は視界に入った者に魔生物を巻き付けることができるようになった」
ロイ「何をする気だ!?」
ベネス「魔生物は爆発させることも可能だ」
男性A「(震えながら)あうあー……い、いやだー」
女性A「勇者さん、助けてー!」
ベネス「爆発の威力、モブキャラを使って見せてやろう」
ロイ「やめろー!」
ベネス、指でパチンと音を鳴らす。
人々に巻き付いた魔生物が爆発する。
真っ黒に焦げて倒れる人々。
ベネス「このように、爆発すればモブキャラなら一度で死んでしまう威力だ」
ロイ「(ベネスを睨んで)よくも!」
ベネス「では、始めようか。世界の命運を託された男、ロイ・マリフォード」
ロイ「ベネスー!」
と、斬りかかっていく。
二人の戦闘で衝撃波が起こる。
地面に倒れている虫の息の男性A。
男性A「(意識朦朧な目で)……」
〇男性Aの走馬灯・草原
仕事を終え、寝転んで親友と一緒に空を見上げる男性A。
男性A「キラキラ輝いた毎日をおくりたいなー」
親友「モブキャラのボクたちには分不相応な望みだよ」
男性A(N)「この世界にはメインキャラとモブキャラが存在する」
〇男性Aの走馬灯・道
親友と二人で歩いている男性A。
男性A(N)「メインキャラとモブキャラの区別は簡単だ。姿を見られただけで相手に名前が伝わるかどうか。つまり、メインキャラとして産まれた人間は自分の名前を相手に名乗る必要がない」
前方から美女が歩いてくる。
テロップ『呪女 ルイス・レモネード』
ルイスの姿を見る男性Aと親友。
親友「(ルイスに見惚れて)ジェン、見てよ。あの人、物凄く美人だ」
男性A「(ルイスを見て)ほんとだ。ルイス・レモネード……レモネードって、あの名家の?」
親友「ああ、お嬢様だね。メインキャラで美人な令嬢……人生バラ色だ」
男性A(N)「メインキャラは何らかの特別な才能があり、モブキャラと比べて身体能力などが優れている場合も多い」
ルイス、モブキャラは眼中にないというようすで、男性Aと親友の横を通り過ぎていく。
勇者たちに声援をおくる人々。
男性A(N)「だからメインキャラは勇者になれるし、勇者にならなくても他の分野で活躍できる」
勇者たち、周囲の声援に手を振る。
男性A(N)「メインキャラ同士が子供をつくると、その子供はメインキャラとなる。モブキャラの血が混ざればモブキャラしか産まれてこない」
〇男性Aの走馬灯・一軒家の前
夕刊の新聞配達をしている男性A。
親子が家の庭で遊んでいる。
幼く可愛らしい娘、両親から離れて男性Aのところへ走っていく。
幼女「新聞屋さんだー!」
男性Aのもとへ駆け寄る幼女。
テロップ『幼女 テンシー・ラルファータ』
男性A(M)「(テンシーを見て)! あ、メインキャラだ」
テンシー「(笑顔で)いつも新聞ありがとう」
男性A「……ど、どういたしまして」
両親「ご苦労様です」
男性A「(ぎこちなく)ありがとうございます。失礼します」
〇男性Aの走馬灯・道
親友と並んで歩いている男性A。
親友「なんか最近いいことあった?」
男性A「配達のときに会う子供に癒されるんだよ」
〇男性Aの走馬灯・一軒家の前
新聞配達している男性Aに似顔絵を渡すテンシー。
男性A「(似顔絵を見て)これ……」
テンシー「(笑顔で)新聞屋のお兄さんだよ」
男性A「(嬉しそうな顔で)嬉しいよ、ありがとう」
テンシー「(笑って)うん!」
〇男性Aの走馬灯・酒屋
お酒を飲んでいる男性A。
酒屋に駆け込んでくる親友。
親友「魔王軍が東地区を襲撃したらしい!」
男性A「!」
〇男性Aの走馬灯・街の治療所
ベッドで横になっている昏睡状態のテンシー。
男性A「(テンシーを見つめて)……」
医者「外傷はないが、呪いをかけられてて意識がもどらない。延命治療をおこなわなければ長くはもたないだろう」
男性A「ご両親は?」
医者「殺されていたよ。この子には親族がいないから延命はできない」
男性A「……オレがお金を払います」
医者「延命してどうするんだい? 呪いを解かないと意識はもどらないし、呪いを解くにも大金が必要だ」
〇男性Aの走馬灯・道
募金箱をもっている男性A。
男性A「募金、お願いしまーす!」
親友「ジェン、なんで赤の他人のためにそこまでするのさ。仕事で稼いだお金も全部あの子の延命に使ってるんでしょ?」
男性A「あの子はオレのつまらない毎日に唯一癒しをもたらしてくれた。あの子には生きて幸せになってほしいんだよ」
〇男性Aの走馬灯・街
募金活動をしている男性A。
空から地上に降り立つベネス。
女性A「魔王よ! みんな逃げてー!」
ベネス「モブキャラども、そこから一歩も動くな。動いた者から殺していく」
男性A「(震えて)……」
ベネスの前に現れるロイ。
ロイ「オレがおまえを倒して世界を救う!」
ベネス「はっはっは。不可能だ」
体に巻き付いた魔生物が爆発して地面に倒れる男性A。
〇真っ白な空間
一人で倒れている男性A。
ジェン「あああっ!」
と、目が覚めて起き上がる。
何もない真っ白な場所を見回すジェン。
ジェン「……オレは死んだのか」
テンシーの笑顔が脳裏をよぎる。
ジェン(M)「もうテンシーちゃんは助からないのか……」
ベネスの姿を思い出す。
ベネスのセリフ「爆発の威力、モブキャラを使って見せてやろう」
ジェン「(怒りの表情で)くそっ!」
と、白い床を叩く。
ジェンの目から涙があふれる。
ジェン「モブキャラだって何か背負って必死に生きてんだよ!」
床に両腕をつけて体を震わせるジェン。
ジェン「こんな死に方があるかよっ……ちくしょう!」
ベッドで横たわっている意識のないテンシーの姿が思い浮かぶ。
ジェン「(悔しくて)うわああああああああああああっ!」
真っ白な床に涙が落ちていく。
泣き叫ぶジェン。
邪神「憎いか?」
ジェン「!?」
驚いて顔をあげるジェン。
黒い翼をはやした醜い姿の邪神が目の前に現れる。
ジェン「(邪神のおぞましい姿が恐ろしくて)ああっ……」
邪神「貴様は死んだ。これから貴様の魂は消滅して無になる」
ジェン「(震えて)……あ、あなたは誰ですか?」
邪神「私は神だ」
ジェン(M)「……絶対に悪い神だ」
邪神「生き返ることを望むか?」
ジェン「で、できるんですか?」
邪神「1つだけ方法がある」
ジェン「……」
邪神「闇の力を手にするのだ」
〇街の治療所(夜)
昏睡状態のテンシーがベッドで横になっている。
〇真っ白な空間
ジェンの前に立っている邪神。
ジェン「……闇の力?」
邪神「そうだ。強力な魔の力」
ジェン「(邪神の姿を見つめて)……その力って、化け物みたいな姿になるんですか?」
邪神「自我や姿形に変化はない」
ジェン「……」
邪神「禁じられた悪魔の呪いをかけることによって、貴様は生き返ることができる」
ジェン(M)「それ、間違いなくヤバイ方法だろ……」
邪神「強力な力を手にすれば、貴様を殺した魔王も倒すことができるかもしれないぞ」
ジェン「闇の力とか、禁じられたとか、悪魔とか、呪いとか、なんでそんなヤバそうなことをわざわざ言うんですか?」
邪神「本当のことを伝えなければ力を与えられないからだ。強制してるわけではない。選択権は貴様にある」
ジェン「なにか代償が必要なんですよね?」
邪神「力を与えてみないことにはわからない」
ジェン「死んだあと地獄に落ちるとか?」
邪神「天国や地獄など存在しない。生物は死ねば、この空間にくるか、魂が消滅して無になるかのどちらかだ」
ジェン「……」
邪神「こうしている間にも世界の時間は流れている。魔王が勇者を倒して街を全て破壊するかもしれないぞ?」
ジェン「! 今、勇者と魔王の決闘はどうなってるんですか?」
邪神「この空間からでは私も知ることができない」
ジェン「っ……」
邪神「街が破壊されれば、あの子も死ぬだろうな」
ジェン「(決意した表情で)オレに力をください!」
〇街(夜)
死にかけているロイと少し負傷しているベネス。
ベネス「爆発に耐えながらオレ様とここまで戦ったことは褒めてやろう。さて、そろそろ終わらせるか」
ロイ「くっ……」
倒れている人々の場所から強い光が発せられる。
ベネスとロイ、光の方を見る。
ロイ「!?」
ベネス「……なんだ?」
ジェンが光り輝きながら立ち上がる。
ジェンの体を纏う光が消える。
ジェン(M)「(自分の体を見て)傷は治ってるし、痛みもない。おまけに服も元通りだ」
ベネス「(ジェンに)おまえは何者だ?」
ジェン「……モブキャラだよ」
魔生物がジェンの体に巻き付いた形で出現する。
ベネス「なら、死ね」
と、指を鳴らす。
ジェンの体に巻き付いた魔生物が爆発する。
ジェン「(驚いて)うっ……」
ジェン、びくびくしながら自分の体を見る。
服は破けているがジェンの体は無傷である。
ジェン「(ほっとした表情で)」
ベネス「なんだと……」
ロイ「(信じられない表情で)嘘だろ」
ジェン「……」
〇ジェンの回想
真っ白な空間に立っているジェンと邪神。
女の子の姿の小悪魔が出現する。
リリー「あなたが手に入れた闇の力について説明するね」
ジェン「手短に頼む」
リリー「簡単に言えば、ダメージを負って死ぬごとに、敵を倒す難易度が下がっていく能力」
ジェン「?」
リリー「毎回死ぬと、敵を破滅させるためにクリアしなければいけない条件が提示されるから、それを達成すればいいってわけ」
ジェン「毎回死ぬって?」
リリー「ジェンは死んだらこの空間に来るようになってて、生き返ることができるってこと」
邪神「貴様が、完全に狂うまでな」
ジェン「!」
リリー「今回の条件は魔王をビンタすること。ビンタできれば魔王は破滅する」
ジェン「……あの爆発させる攻撃があるから無理だろ」
リリー「今回、ジェンの体は魔王の爆発能力を無効化できるようになってるよ」
ジェン「……」
(回想終了)
〇街(夜)
ジェン、ベネスを見る。
ジェン(M)「オレが魔王を破滅させる!」
(続く)
〇街(夜)
ベネスに近づくため歩いていくジェン。
ジェンの体に魔生物が巻き付いた状態で出現する。
ベネス、指を鳴らす。
ジェンの体が爆発する。
何度も爆発が繰り返されるが、ジェンの歩みは止まらない。
ベネス、魔生物を出現させるのをやめる。
ベネス「(ジェンを見て)……」
ジェン「その爆発能力じゃ、オレは殺せない」
ベネス「……そうか」
と、ジェンに手の平を向ける。
ジェン「!」
ベネスの手の平からパリパリと黒い電気が発生する。
ベネス「ならば、跡形もなく消し飛べ」
ロイ「(ジェンに)よけろ!」
ベネス「ブラックショック」
ベネスの手の平から巨大な黒いエネルギー波が勢いよく放出される。
ジェン「ひっ!」
黒いエネルギー波が直撃したジェン、街の外の荒地まで消し飛ぶ。
ベネス「モブキャラごときにかわせるわけがない」
〇真っ白な空間
目が覚めるジェン。
リリー「あっけなく死んじゃったね。次の条件は、魔王を街から追い払え」
ジェン「ビンタより難しくなってるだろ」
リリー「その代わり、魔王と同じ黒のエネルギー波を放出できる力を獲得してるよ」
ジェン「!」
リリー「でも、魔王の爆発能力に対する耐性はなくなってるから、気をつけてね」
〇街(夜)
ベネス、ロイの方に顔を向ける。
ベネス「次はおまえだ」
荒地から光が放たれる。
ベネス「(光の方を見て)……まさか」
光の中からジェンが現れる。
ベネス「奴は、いったい……」
ジェン、ベネスに向かって手の平を向ける。
ベネス「?」
ジェンの手の平から黒い電気がパリパリと発生する。
ベネス「(驚いた表情で)馬鹿な……」
ジェン「ブラックショック」
ジェンの手の平から巨大な黒のエネルギー波が勢いよく放出される。
ベネス「くっ……」
と、両手を使って自分に向かってくるエネルギー波を直角にそらす。
自分の手を見つめるジェン。
ジェン(M)「いける! これなら、魔王を追い払うこともできる」
ベネス、即座に小刀を取り出し、物凄い力でジェンに向かって投げる。
ロイ「よけろ!」
ジェン「(小刀を視認できず)え?」
遠くから飛んできた小刀がジェンの心臓を貫く。
ジェン「ぐわあああっ!」
と、地面に倒れて苦しむ。
ベネス「刃物はきくようだな」
動かなくなるジェン。
〇真っ白な空間
目が覚めるジェン。
ジェン「この空間に来れば痛みを感じなくなるんだな」
リリー「そうだよ。次の条件は魔王に深手を負わせろ」
ジェン「深い傷か」
リリー「時間を1時間までもどせる能力と、魔王と同じレベルの身体能力を獲得してる」
ジェン「ブラックショックはもう使えないのか?」
リリー「うん、リセットされてる」
ジェン「時間をもどすって?」
リリー「ジェンと魔王以外の時間を1時間までならもどすことができる。ただし、そのことを魔王に説明しないと使用できない能力だよ」
〇荒地(夜)
倒れているジェンに近づいてくるベネス。
ベネス「……どうやら死んだようだな」
小刀が刺さっているジェンの体が消える。
ベネス「!」
光を放ちながらジェンが現れる。
ベネス「何の能力だ?」
ジェン「……時間を1時間までならもどすことができる能力だ。ただし、オレとおまえには適用されない」
ベネス「おまえに適用されないなら、なぜ刃物が刺さったおまえは元通りになっている?」
ジェン「……」
ベネス(M)「なにか嫌な予感がするな。少し力を失うことなるが、別次元に永久に閉じ込めるか。そのためには至近距離まで奴に近づく必要がある……」
ジェン、街の方へ猛スピードで走りだす。
ベネス(M)「なんだ、あの走力は……オレ様と変わらない」
と、ジェンを追い始める。
ジェン「(走りながらベネスを見て)……」
ベネスの後方から黒のエネルギー波が迫ってくる。
ベネス「(後方から迫る黒のエネルギー波に気づいて)なに!?」
ジェン、斜め前方に一気にジャンプする。
ベネス「くっ……」
と、ジェンと同じように斜め前方の地面に一気にジャンプして黒のエネルギー波をかわす。
ジェン「(かわしたベネスを見て)くそっ……」
ベネス(M)「……後方からブラックショックが。さっき奴がブラックショックを放った場所の時間をもどして、再度発生させたのか」
前方から黒のエネルギー波がジェンとベネスに向かってくる。
ジェン、斜め前方に一気にジャンプして黒のエネルギー波をかわす。。
ベネス「オレ様が放ったものか。不意を突かないかぎり当てることなどできんぞ!」
と、ジェンと同じようにブラックショックをかわす。
〇街(夜)
ジェン、建物を背に立ち止まってベネスに手の平を向ける。
ベネス「ブラックショックか、やってみろ」
動きを止めたままのジェン。
猛スピードでジェンに向かってくるベネス。
ベネスの真横から黒いエネルギー波が出現する。
ベネス「くっ! さっきオレ様がそらしたブラックショックか!」
と、前方の空中にジャンプしてかわす。
空中から迫るベネスに手の平を向けるジェン。
ベネス、小刀を取り出してジェンに投げつける。
ジェンの足に小刀が突き刺さる。
ジェン「(痛くて)っ……」
ベネス「ブラックディメンション……」
と、両手で黒い球体をつくりだす。
ジェン(M)「(黒い球体を見て)なんだ!? 嫌な感じがする」
ベネスの体が背後から剣で貫かれる。
ベネス「(驚いた表情で)な!?」
ベネスの背中に剣を突き刺しているロイ。
ロイ「なんでかオレの傷と痛みがなくなっててね」
ベネス「……マリフォードの時間も、もどしていたのかっ」
ジェン「(したり顔で笑む)」
ロイ「終わりだ、ベネス」
と、ベネスを斬る。
ベネス「くそっ……」
と、地面に落下していく。
その様子を遠くから見ているルイス。
ルイス「(ジェンを見つめて)見つけた、最強の仲間」
地面で倒れているベネス。
ジェン「(ほっとした表情で)やった……」
地面に座り込むジェン。
ジェン「(足に刺さっている小刀を抜いて)ぐっ……」
ロイ「大丈夫か?」
と、ジェンに駆け寄る。
地面に倒れていたベネス、カッと目を開ける。
ベネス「おぎゃああああああああああああ!」
ジェン・ロイ「!」
絶叫するベネス。
ロイ「(構えて)くそっ、まだ生きてるのか!?」
ジェン「心配いりませんよ。たぶんオレの能力の呪いが発動したんです」
ロイ「呪いなんかで……あの魔王がこんなみっともなく泣きわめくのか?」
ジェン「オレが能力を使って倒した敵は、たとえ死んでいても生き返って、今までそいつが傷つけたり殺したりした者たちと同じ苦痛を体験したあとに破滅するらしいです」
泣き叫んでいるベネス。
ジェン「だから今、魔王によって殺された者たちと同じ苦痛を味わってるんですよ。泣きわめくほどの苦痛を受けた者がいれば、魔王も泣きわめくほどの苦痛を味わうことになるってことです」
ロイ「それは爽快だな」
ベネス「ぎゃあああああああああああ!」
ロイ「(ジェンに)立てるか? 無理なら背負うぜ。治療所に行こう」
ジェンを背負うロイ。
ベネス「だあああああああああああ!」
ロイ「うるせえなあ」
ジェン「(ベネスを見て)……」
ロイ「どうしてあんな凄まじい能力をもってる?」
ジェン(M)「一度死んで、禁じられた悪魔の呪いをかけられ、闇の力を手にして生き返ったとか言ったらやばいよな……」
ジェン「なぜか凄い力が急に使えるようになって」
ロイ「……そうか。君は一体何者だ?」
ジェン「ただのモブキャラです」
〇真っ白な空間
邪神とリリーが立っている。
リリー「うまくいったね」
邪神「ああ。これで私に魂を捧げなければいけなくなる」
(続く)
〇街の治療所(夜)
ジェンを背負ったロイが入ってくる。
ジェン「目配せで気づくなんてさすがです」
ロイ「(苦笑して)オレは世界最強の勇者だぞ?」
マリフォードの姿に気づく医者。
医者「マリフォードさん! ご無事で! お怪我は?」
ロイ「オレは無傷だ。この男の足を治療してやってくれ」
と、床にジェンをおろす。
医者「は、はい!」
ロイの体に傷が現れ、激痛が走る。
ロイ「ぐうああああっ!」
と、床に崩れ落ちる。
医者「マリフォードさん!?」
ロイ「(死にかけた状態で)どうなってんだ……」
ジェン「魔王が破滅したことでオレの能力が解除されて、元通りになったんです」
ロイ「(苦笑して)なるほど……」
医者「すぐに治療を!」
医者たち、ロイを担架にのせて運んでいく。
自分の足の傷が治っていることに気づくジェン。
ジェン(M)「……足の傷が治ってる。敵が破滅したら自分が負った傷は治るのか」
と、立ち上がってテンシーのいる病室に歩いていく。
ベッドで横になっているテンシーを見つめるジェン。
ジェン「よかった、無事で」
〇街(昼)
二日後。
一人で歩いているジェン。
ジェン(N)「魔王死亡という衝撃のニュースは瞬く間に全世界に伝わった」
子供たちが盛り上がっている。
ジェン(N)「勇者軍と魔王軍の長期にわたる戦争を引き起こして世界を恐怖に陥れた史上最悪の魔王は新聞配達員によって倒されたと……」
子供A「モブキャラが世界を救ったんだ!」
ジェン「……」
〇ジェンの回想
勇者軍本部にある部屋に座っているジェン。
勇者A「マリフォードの報告によれば、君が一人でベネスを倒したそうだな」
ジェン「!?」
勇者A「モブキャラが魔王を倒したと世界中で大騒ぎになってるよ」
ジェン「二人で倒しました!」
勇者B「そうなのかね? まあ、どちらでもいい」
勇者A「時間をもどせるそうだな」
ジェン「……もう全ての特殊能力を失いました」
勇者A「失った? とぼけなさんな」
ジェン(M)「闇の力で得た能力は敵が破滅したら失う一時的なものだし」
(回想終了)
〇街の治療所にある個室(昼)
ジェン、個室に入っていく。
ベッドから起き上がるロイ。
ロイ「全ての能力を失ったんだって?」
ジェン「なんでオレが一人で魔王を倒したと報告したんですか!?」
ロイ「君なら一人でも勝っていただろ?」
ジェン「そんなのわかりませんよ」
ロイ「オレはチャンスを横取りしたようなもんだからな」
ジェン「横取りって……連携してくれたんでしょ?」
ロイ「あの勝利は、二人で倒したとオレの口からは言えないな」
腕を組むロイ。
ロイ「で、オレに何か頼みがあるんだろ?」
ジェン「……」
〇ジェンの回想
真っ白な空間でリリーと話しているジェン。
ジェン「それで代償は?」
リリー「一か月に一回は誰かの魂を神に捧げること」
ジェン「魂?」
リリー「闇の力を使って敵を破滅させれば、敵の魂は神に捧げられる」
ジェン「じゃあ、悪い奴を倒せばいいんだな……」
リリー「もしそれがなされなかった場合、完全に狂うまで苦痛を受けてジェンの魂が消滅することになるから、気をつけてね」
ジェン「……完全に狂うまでって」
リリー「耐えきれず悲鳴をあげるほどの苦痛を1日中受け続けた人間はどうなると思う?」
ベネスの絶叫する姿が思い浮かぶ。
ジェン「(戦慄する)」
リリー「ジェン、頑張って魂を捧げてね」
(回想終了)
〇街の治療所にある個室(昼)
ロイの顔を見るジェン。
ジェン「オレを勇者軍に入れてくれませんか?」
ロイ「なぜだ?」
ジェン「魔王軍の残党を倒したいんです」
ロイ「それは無理だな」
ジェン「え?」
〇とある村(昼)
村人たちが魔王軍から逃げている。
村人A「勇者軍はまだなのか!?」
村人B「とっくに魔王軍の総攻撃で本部ごと壊滅したってよ!」
魔王軍の兵隊A「もう勇者どもが派遣されることもない。この世界は魔王様のものだ!」
〇街の治療所の前(昼)
入り口で勇者2名が立っている。
治療所に入る人たちを確認している勇者たち。
その様子を見ているルイス。
〇街の治療所にある個室(昼)
二人で話しているジェンとロイ。
ジェン「たしかにオレは全ての能力を失いました。でも、また戦闘になったら強くなれるんです!」
ロイ「そういう問題じゃないんだ。まだニュースになってないが……」
ジェン「?」
ロイ「今朝、魔王軍は全員拘束されて一人残らず粛正された」
ジェン「……え」
ロイ「歴代魔王の中でも類を見ない強さを誇ったベネスが敗北して死んだことで、魔王軍は完全に戦意喪失したようだ」
ジェン「そんな……」
ロイ「これで世界から争いがなくなり、平和になるだろう。勇者の仕事もなくなるかもな」
ジェン(M)「それじゃあ、オレは悪い奴を見つけられなくなる……」
ロイ「君のことを調べさせてもらったよ。呪いを受けて昏睡状態になってるラルファータって女の子を助けたいんだろ?」
ジェン「!」
ロイ「魔王を倒した功績で莫大な報酬金が出るだろう。そのお金で巫女に依頼すれば呪いを解くことができる」
ジェン「本当ですか!?」
ロイ「ああ。それに巫女を優先的に派遣してもらえるだろ。世界を救ったんだから当然だ」
ジェン「(嬉しそうな顔で)よかった」
ロイ「ところで、オレにだけは君の秘密を教えてくれよ。また戦闘になったら強くなれるってどういうことだ? 誰にも言わないからさ」
ジェン「……本部の人たちには言わないでくださいね?」
ロイ「ああ、約束する」
死んでからの一部始終をロイに話しているジェン。
ジェン(N)「テンシーちゃんが回復して元気になることが嬉しかったオレは、本当のことを話してしまった」
個室の外の壁に背をあずけて盗み聞きしているルイス。
ロイ「……それで、化け物みたいな姿をした奴に禁じられた悪魔の呪いをかけられて、闇の力を手にしたってわけか」
ジェン「はい。その化け物は自分のことを神と言ってたんですけど、絶対に悪い神ですよ」
ロイ「よく信じたな、そんな悪い神の話」
ジェン「なんでかわからないですけど、話の内容は全部本当のことだと信じれたんです……」
ロイ「信じれたとしても、オレなら代償もわからず闇の力を手にしようとは思わないけどな」
ジェン「耐えきれない代償なら、自ら命を絶てばいいと思っていたので」
ロイ「そしたら、死んでも気が狂うまでは生き返る体になってしまったと」
ジェン「はい。考えが甘かったです」
ロイ「勇者軍に入りたいと言ったのは、悪者の魂を化け物に捧げるためか」
ジェン「そうです。でないと、オレは頭がおかしくなるほど苦痛を受けることになるみたいなんで」
ロイ「そりゃ、おっかねえ話だな」
ジェン「……」
ロイ「しかし、まいったな。これから訪れる平和な世界で、処刑されるほどの悪い奴が出てくるかどうか……」
ジェン「……ちょっとトイレに行ってきます」
と立ち上がって個室から出ていく。
〇街の治療所にある個室の外廊下
個室から外廊下に出るジェン。
壁を背に立っているルイスの姿が目に入る。
ジェン「(ルイスを見て)?」
ルイス「(ジェンに)初めまして」
と、ジェンの肩を掴む。
ジェン「え?」
ジェンとルイスの姿が外廊下から消える。
〇草原(昼)
ジェンとルイスの姿が現れる。
ジェン「(周囲を見回して)!?」
ルイス「マリフォードとの話は聞かせてもらったわ」
ジェン「(ルイスを見て)……何が起こったんですか?」
ルイス「アタシの能力を使って移動したの」
ジェン「何のために?」
ルイス「あなたとじっくり話すために」
ジェン「(ルイスを見て)ルイス・レモネード……どこかで見かけたことがあります」
ルイス「そうなの? ルイスでいいわ」
ジェン「それで、オレと何を話したいんですか?」
ルイス「アタシはあなたと同じよ。闇の力を手にした者なの」
ジェン「本当ですか!?」
ルイス「ええ」
ジェンをじっと見つめるルイス。
ルイス「てっきりメインキャラじゃなきゃ、あの空間には行けないと思っていたんだけど、モブキャラでも行けるのね。もしかして両親のどちらかがメインキャラ?」
ジェン「いや、オレの家系は200年前くらいまで遡れますけど、全員がモブキャラです」
ルイス「そう。なら、関係ないのか」
ジェン「それで……」
ルイス「あなたはアタシが探し求めた最強の仲間よ」
ジェン「?」
ルイス「神に捧げる悪者を探してるんでしょ? アタシの能力を使えば、いくらでも悪者を見つけられるわ」
ジェン「本当に!?」
ルイス「ええ。アタシの能力は異世界に移動させることもできる」
ジェン「異世界?」
ルイス「別次元にはね、無数の異世界があるの」
〇とある平地
逃げるゴブリンたち。
ゴブリンA「逃げろ! 転生者だ!」
ゴブリンB「子供、女を避難させろ!」
一人のイケメンが空に手をあげる。
テロップ『転生者 トム・オーガ』
ゴブリンC「(トムに)やめてくれー!」
雷がゴブリンたちに落ちる。
真っ黒に焦げて倒れるゴブリンたち。
トム「(笑って)オレ、TUEEEえええええええ!」
〇草原(昼)
向き合って話しているジェンとルイス。
ルイス「この世界と同じように勇者軍や魔王軍がいる異世界もあれば、勇者も魔王も存在しない異世界だってある」
ジェン「……そうなんですか」
ルイス「アタシは異世界で無念の死を遂げたモブキャラたちの悲痛な声が聞こえるの」
ジェン「モブキャラの?」
ルイス「だから、あなたは異世界でモブキャラたちを殺した悪者を倒せばいい」
〇とある山(朝)
聖軍から逃げる人々。
一人の聖兵士が剣をぬく。
テロップ『聖兵士 ナーガ・ホーリーナイト』
ナーガ「作戦を開始したと王に伝えろ。全滅させるまで気を抜くなよ!」
聖兵士A「はっ!」
逃げる中年男性を剣で貫くナーガ。
中年男性「ああっ!」
と倒れて絶命する。
聖兵士B「ナーガ様、第二部隊が到着したようです!」
ナーガ「第二部隊は西へ進め! 魔人どもを一人たりとも逃がすな!」
逃げる人たちを次から次へと斬り殺していくナーガ。
〇草原(昼)
ルイス、何かに気づいた表情になる。
ルイス「モブキャラの無念の声が聞こえたわ」
ジェン「え?」
ルイス「あなたの出番ね。モブキャラを救うわよ」
(続く)
〇草原(昼)
向かい合っているジェンとルイス。
ジェン「オレの出番?」
ルイス「あなたがモブキャラを今から救いに行くの」
地面に手をかざすルイス。
中年男性が霊体のような姿でジェンとルイスの前に現れる。
ジェン「(中年男性を見て)!?」
中年男性「妻と赤ちゃんを助けてください!」
ルイス「(中年男性に)アタシたちは異なる世界の人間だから、まずあなたのことを教えて」
中年男性「……ボクの一族の人間は穢れた魔の力をもつ魔人と言われ、ずっと迫害を受けてきました」
ジェン「魔人?」
中年男性「理由はわかりません。一族は山奥に身を潜めて暮らしていました」
〇中年男性の回想・洞窟
山奥に複数ある洞窟のうち一つの洞窟に入っていく中年男性。
中年男性(N)「ボクは妻と洞窟に住んでました」
洞窟内で横になっている一人の妊婦。
中年男性「もう産まれるな」
妻「(笑顔で)元気な子だといいな」
中年男性(N)「これまで何も悪いことをせず真面目に生きてきました。そして、ボクたちの赤ちゃんが産まれたんです」
産まれた赤ちゃんを抱いて幸せそうに笑い合う中年男性と妻。
〇中年男性の回想・山
薪を拾っている中年男性。
中年男性(N)「その幸せは突如奪われました」
一族の男「聖軍だ! 逃げろ!」
中年男性「!」
聖軍から逃げ始める人々。
中年男性(N)「悪人を処罰する聖なる軍団である聖軍が山に突然やってきました」
ナーガ、剣をぬく。
ナーガ「作戦を開始したと王に伝えろ。全滅させるまで気を抜くなよ!」
聖兵士A「はっ!」
逃げる中年男性を剣で貫くナーガ。
中年男性「ああっ!」
と倒れて絶命する。
(回想終了)
〇草原(昼)
ジェンとルイス、泣いている中年男性を見る。
中年男性「やっと手に入れた幸せが、こんな簡単に奪われるなんてっ……」
ジェン「そんなの許されませんよ」
ルイス「あなたを生き返らせることができるかもしれないわ」
中年男性「本当ですか!?」
ジェン「そんなことできるんですか?」
ルイス「ええ。この世界では無理だけど、異世界に住んでいる者なら可能よ。ただし、この人を殺した悪者の魂を消滅させなきゃいけないんだけどね」
ジェン「どういうことですか?」
ルイス「異世界に転移するあなたを『転移者』、殺されたこの人を『依頼者』、この人を殺した悪者を『ターゲット』と呼んで説明するわよ」
ジェンに説明しているルイスの姿。
ジェン「……なるほど。じゃあ、そのターゲットを破滅させてくるよ」
ルイス「異世界に移動させるわね」
ジェンとルイス、握手する。
ジェンの姿だけが消える。
〇異次元の通り道
空中に浮かびながら進んでいくジェン。
ルイスのセリフ「アタシは闇の力で3つの能力を手に入れた。1つは移動させる力。あとの2つは異世界限定で使える力なの」
前方の光が見える異次元の通り道の出口をぬけるジェン。
〇異世界・とある山(朝)
ジェンの姿が現れる。
ルイスのセリフ「異世界へは依頼者が死んだ場所に移動させることができる。でも、ターゲットの魂を消滅させないと、異世界から抜け出すことができなくなる」
近くにある中年男性の遺体を見るジェン。
ルイスのセリフ「2つ目の能力は、一度だけ時間を依頼者が死んだ瞬間までもどすことができる力。ただし、ターゲットの意識と転移者には適用されない」
周囲の背景が歪む。
周囲にナーガと聖兵士らの姿が現れる。
ナーガ「(驚いた表情で)!?」
ルイスのセリフ「3つ目の能力は、ターゲットの魂を消滅させれば、依頼者を生き返らせることができるというもの」
ジェン「(ナーガを見て)あいつを破滅させれば、あの人は生き返るんだな」
聖兵士B「ナーガ様、第二部隊が到着したようです!」
ナーガ「なんだこれは……」
聖兵士A「(ナーガに)第二部隊は西に進むということでよろしいでしょうか?」
ナーガ「……時間がもどってる?」
聖兵士A「え? どうされました?」
ナーガ「オレだけか……」
ジェン、ナーガに姿を見せる。
ジェン「(ナーガを見て)ナーガ・ホーリーナイト、あんたを破滅させる」
ナーガ「……貴様の仕業か。なぜオレのフルネームを知っている?」
ジェン「そりゃメインキャラの名前はわかるよ」
ナーガ「なに?」
ジェン「モブキャラにも積み上げてきた大切な人生があるんだよ! それを一方的に奪うなんてオレが許さない!」
ナーガ「モブキャラ? どういう意味だ。さっきから何を意味不明なことを言っている?」
ジェン(M)「! この異世界にはメインキャラやモブキャラっていう言葉が存在しないのか。オレたちの世界とは仕組みが違うから、メインキャラの姿を見ても名前がわからないんだ」
ナーガ「いったい何をした。幻覚を見せてるのか?」
ジェン「どうかな?」
と、自分の胸に手を当てる。
〇ジェンの回想
真っ白な空間でリリーと話すジェン。
リリー「痛みなく自分で死ねる方法はあるよ、一日に一度しか使えないけどね」
ジェン「どうやるんだ?」
(回想終了)
〇異世界・とある山(朝)
自分の胸に右手の手の平をあてているジェン。
ジェン「闇化」
ナーガ「?」
地面に倒れるジェン。
〇真っ白な空間
周囲を見回すジェン。
ジェン「あの神は今日もいないのか?」
リリー「昨日と違って、別の用事があるからね」
ジェン「破滅させるための条件は?」
リリー「ナーガに一太刀あびせること」
ジェン「剣なんて持ってないぞ」
リリー「大丈夫。剣はジェンの手元に現れるから」
〇異世界・とある山(朝)
ナーガ、倒れているジェンを見ている。
倒れているジェンの姿が消える。
ナーガ「!」
光り輝きながらジェンが現れる。
ジェンの姿を見るナーガと聖兵士A。
ナーガ「(驚愕した表情で)なっ……」
聖兵士A「(恐怖の表情で)ひっ」
ジェンの体を纏う光がなくなる。
手元に現れた剣を手に取るジェン。
ナーガ「見たことがないほどの強力な魔の力だ。魔人の王といったところか」
ジェン「……その魔人っていうのは何なんだ?」
ナーガ「魔の力をもった人間だ。おまえたち魔人は生きてるだけで魔の力を放出し、世界に災いを引き起こす」
ジェン「!?」
〇草原(昼)
読書しているルイス。
中年男性「あの人、大丈夫ですかね?」
ルイス(M)「大丈夫にきまってる。最後には絶対に勝てる最強の能力なんだから。これで、やっと私も苦しみから解放される」
〇異世界・とある山(朝)
ジェン「なんでそんなことがわかるんだよ?」
ナーガ「聖なる力をもつ我々にはわかる」
ジェン「……」
ナーガ「貴様の背後にいる、悪の権化ともいえるような姿をした化け物は何だ?」
ジェン「(慌てて後方を見る)!?」
背後には誰もいない。
ジェン(M)「何も見えないぞ……」
ナーガ「その化け物に殺した者たちの魂を食わせるつもりだろう」
ジェン「(ナーガを見て)!」
ジェン(M)「聖なる力や魔人の話が本当なら、世界を救おうとしている奴をオレは破滅させることになるのか……」
ナーガ「ここでオレが貴様を殺し、世界を救う!」
ジェン(M)「いや……どんな理由があっても、何も悪いことをしてない弱者の命を一方的に奪うことは悪だ!」
ジェン、覚悟を決めた表情で剣を構える。
ナーガ「斬り合う前に一つ聞きたい。なぜオレの命を狙う?」
ジェン「(中年男性を見て)その男に頼まれたんだよ。妻と赤ちゃんを助けてくれってな」
ナーガ「……」
ジェン「あんたを破滅させれば、そこで死んでる男を生き返らせることができるんだ」
ナーガ「戯言だとしても不愉快だ。いずれオレは聖軍の頂点に立つ男だぞ。そこに転がってるザコのせいで殺されたとあっては、死ぬに死ねんわ!」
と、剣を抜く。
ジェン(M)「来る! でも、魔王の強さと比べれば天と地ほどの差があるはずだ」
目の前から消えるナーガの姿。
ジェン(M)「消え……」
ジェンの背後に背を向けて立っているナーガ。
いつの間にかできたジェンの胸の切り傷から血が噴き出す。
ジェン「(恐怖の表情で)うわっ……」
背後からナーガに剣で心臓を貫かれるジェン。
ジェン、地面に倒れて苦しみながら絶命する。
聖兵士A「たいしたことなかったですね」
ナーガ(M)「この幻覚が解けるまでは油断できない」
〇真っ白な空間
目を覚ますジェン。
ジェン「……あいつ、全然弱い奴じゃない。魔王より強いんじゃないか!?」
リリー「どうして弱い敵だと思ったの? ルイスがキャッチするモブキャラの無念の死は、圧倒的な強者が弱者のモブキャラを殺したパターンがほとんどだよ?」
ジェン「そうなのか!?」
リリー「しかも、異世界は無数にあるからね、魔王よりも強い敵だって当然いるよ」
ジェン「(驚愕の表情で)……」
リリー「今回の条件はナーガを笑わせること」
ジェン「笑わせる?」
リリー「じゃあ、頑張って」
ジェン「何か獲得する能力は? 笑わせる能力とか」
リリー「今回は何もないよ。普通の剣で君がナーガに一太刀あびせることより、笑わせることの方が簡単だよ」
ジェン「……あんな奴に一太刀って、不可能だっただろ」
リリー「魔王のときとは違って、君は何の痛みも受けずに闇化を使って、この空間に来た。だから、最初は条件達成が不可能に近いものだったんだよ」
ジェン「……」
リリー「いくら闇の力とはいえ、相手が強ければ強いほど破滅させるための難易度は上がる。そして、死ぬごとに受けた痛みが加算されていき、そのトータルの痛みが大きいほど難易度は下がっていくの。その基本を忘れないでね」
ジェン(M)「魔王と戦ったときは個人的な怒りやテンシーちゃんを守るためだって、興奮してたから痛みを受けることに対する恐怖心が麻痺してたけど、今回は違うから凄く怖い」
〇異世界・とある山(朝)
ジェンの死体が消える。
聖兵士A「死体が消えました!」
ナーガ「……」
光り輝きながらジェンが現れる。
聖兵士A「そんな……生きてるなんて」
ジェン(M)「(ガチガチと震えて)またあんな痛い思いをするのは絶対にごめんだ。やばい、メチャクチャ怖い!」
ナーガ「次は体を原形とどめないほどに切り刻んでやろう」
ジェン「(恐怖の表情で)っ……」
と震えている。
ナーガ「(威圧するような表情で)さっきの威勢はどうした?」
ジェン「(怖くて)うわっ……」
ジェン(M)「とにかくふざけたことして笑わせないと……」
剣を抜こうとするナーガ。
ジェン「(動揺して)ひ、一つ面白いものを見せてあげます!」
ナーガ、動きを止めてジェンを見る。
四足歩行の動物のような真似をし始めるジェン。
ジェン「(鳴き声の真似で)キャンキャン。ワオーン」
聖兵士A「(意味がわからず)……気でも触れたか」
ジェン「ドンドコさ、ドンドコさ!」
と、メチャクチャな踊りをする。
ナーガ「(真顔で)……」
一人で滅茶苦茶な芝居のようなことをする。
ジェン「ガルルルル! おわー、獣だー! 逃げろー!」
聖兵士A「(あまりの奇行に)……ぶっふ」
と少し笑う。
ジェン「あ、それえ。おかしいな! あ、それえ。おかしいな!」
と、バカのような真似をする。
聖兵士A「(笑うのを我慢しながら)……くくっ」
ナーガ「(聖兵士Aに)笑うな」
聖兵士A「(びくりと)も、申し訳ございません!」
ナーガ「オレが一番嫌いな人間を教えてやろうか?」
ジェン、ナーガの形相を見てバカな真似をやめる。
ナーガ「(怒りの表情で)命のかかった戦場で、ふざけたことをする人間だ!」
と、剣を抜く。
ジェン「(恐怖の表情で)ひっ!」
必死な表情で逃げ出すジェン。
ジェン「うわあああああああああ!」
ナーガ、一瞬でジェンに追いつく。
ジェンの両足の太ももが剣で貫かれる。
ジェン「ぐああっ!」
と、地面に転ぶ。
ナーガ「(剣を振り上げて)粉々にしてから殺してやる」
ジェン「(涙目で)うわあああああああ!」
〇真っ白な空間
目を覚ますジェン。
リリー「魔王のとき以上に痛みを感じたみたいだね」
ショックを受けた表情で震えているジェン。
ジェン「……気が狂う一歩手前だった」
リリー「そっかー」
ジェン「オレ、決めたよ。もうこんな痛い思いしたくない」
(続く)
〇真っ白な空間
ジェンとリリーが話している。
ジェン「今回の条件は?」
リリー「ナーガを地面に倒すこと」
ジェン「……」
リリー「基本能力が全てナーガを遥かに凌駕するレベルになってるよ。あと平衡感覚を狂わせる剣も使える」
ジェン「バランス感覚を狂わす剣……」
リリー「切れ味はあるけど、人の体だけは斬れずにすり抜けるの。その代わり剣がとおった体の箇所が致命傷を負う部位であればあるほど、平衡感覚も大きく狂うよ」
〇異世界・とある山(朝)
ジェンの死体を見ているナーガ。
聖兵士A(M)「……むごい。ナーガ様だけは怒らせてはならない」
ジェンの体が消える。
ナーガ「!」
光り輝きながらジェンが現れる。
聖兵士A「奴は不死身か?」
ナーガ「不死身であろうと弱ければ脅威ではない」
ジェン、手元に現れた剣をとる。
ジェン「最初は、あんたを痛めつけたいとは思わなかった。けど、今は違う」
ナーガ「……」
ジェン「(睨んで)あんたを絶対に破滅させてやる!」
ナーガ「さっきまでみっともない姿をさらしていた男が何を」
ジェン「……あれは忘れろ」
ナーガ「(笑って)くく、笑わせてくれる」
ジェン「そうか、あんたはこういうことで笑うんだな」
剣を構えるジェン。
ジェン「ナーガ・ホーリーナイト、剣を抜け!」
ナーガ「もう一度泣き叫びながら死にたいようだな」
と、剣を抜く。
一瞬でナーガの目の前に行くジェン。
ナーガ「(驚いた表情で)!?」
ジェン、剣を振り上げながらナーガの左腕を斬る。
ナーガ「なっ……」
と、後方へ勢いよく飛ぶ。
ジェン「(ナーガを見たまま動かず)……」
ナーガ「っ……」
と、地面に刺した剣を両腕で握りしめてフラフラと立っている。
聖兵士A「ナーガ様!?」
ナーガ「……何をした?」
と、左腕の斬られた箇所を見る。
ナーガの左腕の斬られた箇所は防具だけが真っ二つに切れている。
ジェン「この剣は人の体だけ斬れずにすり抜ける。剣が体をすり抜けると平衡感覚が狂うらしい」
ナーガ「どうりでバランスが……」
ジェン「信じるかは自由だが、先に言っとく。あんたは地面に倒れたら苦痛を受けることになる。今まであんたが誰かに与えた苦痛を全て受けたあと、破滅するんだ」
ナーガ「……」
ジェン「世界を救おうとする正義だろうが、オレはあんたを倒す」
ナーガ「いいだろう。ならば、オレも全力で貴様を殺そう」
ナーガの体が光り輝く。
ジェン「!?」
ナーガ「聖なる力の解放は命を削ることになるが、今こそ使うべきだな」
剣を地面から抜いて構えるナーガ。
ナーガ「(余裕の表情で)いつでもかかってこい」
ジェン(M)「……平衡感覚の狂いがなおったのか?」
一気にナーガと距離をつめるジェン。
ナーガ、ジェンのスピードに反応して剣を振り上げる。
ジェン(M)「基本能力も向上してるのか!」
剣をジェンに向かって振り下ろすナーガ。
ナーガに向かって剣を振り上げるジェン。
ジェンとナーガの剣がぶつかる。
ジェンの剣がナーガの剣を腕ごと上へとはじく。
ナーガ「(予想外という顔で)なにっ……」
ジェン、すかさず自分の剣を下げて振り上げる体勢になる。
ナーガ「(恐怖の表情で)……待っ(てくれ!)」
ジェン「(鋭い目で)」
と、ナーガの胴体に向かって剣を振り上げながら一刀両断する。
地面に倒れるナーガ。
ジェン「オレの勝ちだ」
ナーガ「くっ、聖なる力を解放したオレが……こんな」
聖兵士A「ナーガ様!」
ジェン、中年男性の遺体のもとへ一瞬で移動する。
中年男性を背負うジェン。
ジェン「(聖兵士Aに)おい、洞窟はどこだ?」
聖兵士A「(おびえて)ひっ、あっちです!」
と、洞窟がある方を指差す。
ナーガ「おわあああああああああああ!」
聖兵士A「ナーガ様!?」
ジェン「魔人の恨みを買うと、こうなるってことを仲間に伝えろ」
絶叫しているナーガ。
聖兵士A「(しりもちをついて)ひいい」
ジェン「軍を撤退させろ!」
聖兵士A「は、はい!」
ジェン、中年男性を背負ったまま洞窟の方へ猛スピードで走り始める。
山の中を進んでいる聖兵士たち。
撤退を知らせる大きな音が響き渡る。
聖兵士B「撤退!?」
聖兵士C「馬鹿な……ナーガ様が負けた!?」
〇草原(昼)
体が消え始めた中年男性を見るルイス。
ルイス「どうやら決着がついたようね」
中年男性「私は生き返るんですか!?」
ルイス「あの男が勝ってればね」
〇異世界・とある山(朝)
ジェンの背負っている中年男性が生き返って目を覚ます。
中年男性「……本当に生き返れた!」
ジェン「奥さんがいる洞窟はどこですか?」
中年男性「あっちです!」
〇異世界・洞窟内(朝)
赤ちゃんをあやしている一人の女性。
ジェンと中年男性が洞窟に入ってくる。
妻「(中年男性を見て)早かったね」
中年男性「よかった! 無事で!」
と、妻を抱きしめる。
赤ちゃんを見るジェン。
テロップ『乳児 チック・カヌーシャ』
ジェン(M)「(驚いた顔で)メインキャラだな……この異世界では、両親がモブキャラでもメインキャラが産まれることもあるのか」
妻「何があったの? さっき大きな音がしたけど……そちらの人は?」
中年男性「この人は、襲撃してきた聖軍を追い払ってくれたんだよ」
ジェン「住みかを変えた方がいいです。また聖軍が山に来るかもしれません」
中年男性「はい、そうします」
ジェンの右手を両手で握る中年男性。
中年男性「本当にありがとうございました!」
ジェン「……」
中年男性「(泣きながら)あなたのおかげで、妻と赤ちゃんは助かりました! こうしてボクも妻と赤ちゃんに生きて会うことができた!」
ジェン「(もらい泣きしそうで)……よかったです」
中年男性「あなたにはいくら感謝してもしきれない! 一生の恩人です!」
妻「ありがとうございました」
と頭を下げる。
ジェンの姿が消え始める。
ジェン「!」
中年男性「言葉と気持ちだけでしかお礼できないのが、申し訳ないです」
ジェン「(笑顔で)いえ、それだけ十分です」
中年男性「ありがとうございました!」
ジェン「お幸せに」
〇草原(昼)
ジェンの姿が現れる。
ルイス「お疲れ。さあ、この調子でモブキャラたちを救っていくわよ」
ジェン「……オレ、決めたんだ」
ルイス「何を?」
ジェン「オレは君の仲間にはならない」
ルイス「!?」
〇街の治療所にある個室(昼)
ベッドで横になっているロイ。
ロイ「トイレ長すぎないか……」
〇草原(昼)
見つめ合うジェンとルイス。
ルイス「……どうしてアタシの仲間にならないの?」
ジェン「小悪魔に聞いたよ。君に無念の死を伝える死者は、異世界で強者に殺された弱者のモブキャラだってね」
ルイス「!」
ジェン「つまり、絶対に敵は強いってことだ。しかも圧倒的な強さを誇る敵だよ」
ルイス「でも、あなたの能力は最強よ。どんな敵であっても最後は勝てるわ!」
ジェン「あまりの苦痛を受けて気が狂った状態で死ねば、あの空間に行けずオレの魂は消滅する。絶対に勝てるわけじゃない」
ルイス「……痛みで気が狂うことなんてないわよ」
ジェン「今回、その一歩手前になるくらいの痛みを受けたよ」
街の治療所の方角へ歩いていくジェン。
ルイス「あなたしか救えない人たちを見捨てるの!?」
立ち止まって振り返るジェン。
ジェン「オレだけとは限らないだろ」
ルイス「異世界から無傷で帰ってきたのはあなただけよ!」
ジェン「自分や大切な人のためでもないのに、死ぬほど痛い思いをするのは嫌なんだよ」
ルイス「……結局、あなたもあの男と同じなのね」
ジェン「?」
ルイス「あなたたちみたいな人が称えられるなんて、笑えるわ」
顔を両手で覆って地面に崩れ落ちるルイス。
ルイス「これで、また誰かが異世界で無駄死にすることになる」
ジェン「どういうことだよ?」
ルイス「あなたの代わりに別の人が異世界に行って死ぬことになるって言ってるのよ!」
ジェン「異世界のモブキャラの声を聞かなければいいだろ」
ルイス「聞きたくなくても、聞こえてくるの! 一度聞いてしまったら、誰かを異世界に移動させるまでは常に悲痛な声が聞こえるのよ! そんな声をずっと聞いていたら頭がおかしくなるわ!」
ジェン「じゃあ、今までどうしてたんだよ?」
ルイス「そのたびに人助けだと誰かを説得して、これまで何十人と異世界に移動させてきた。異世界から帰ってこれたのはあなたを含めて二人だけよ」
ジェン「それが、闇の力を得た代償だったら受け入れるしかないだろ。オレは耐えきれない代償だったら、自ら命を絶つ覚悟でいた」
ルイス「闇の力を手にしたことで、私は死ぬことができない体になった。たとえコナゴナにされても死なずに再生するわ。自分で死ぬことなんてできない」
ジェン「!」
ルイス「また良い人を騙すように説得して、異世界で犬死にさせるなんて……」
ジェン「……」
ルイス「(顔を両手で覆ったまま)もういやだ……助けて」
ジェン「(苦い表情を浮かべてルイスに背を向ける)」
ルイスのもとから立ち去っていくジェン。
〇街(昼)
一人で歩いているジェン。
ジェン(N)「子供の頃、敵に立ち向かっていく勇者に憧れていた」
子供たちがマントを着て、勇者ごっこをしている。
ジェン(N)「でも勇者が敵に立ち向かっていけるのは、戦うことが嫌になるほどの痛みを受けることなく敵を倒せる力をもっているからだ」
ロイのポスターが建物の壁にはられている。
ジェン(N)「モブキャラのオレは違う。死ぬほどの痛みを受け続けなければ、強力な力をもつ敵を倒せるようにはならない」
『魔王を倒した新聞配達員の写真が近日公開』と書かれた記事が路上に落ちている。
ジェン(N)「オレが異世界の戦いで勝つためには、必ず死ぬほどの痛みが伴う」
〇街の治療所にある個室(昼)
個室に入ってくるジェン。
ロイ「どこかに行ってたのか?」
ジェン「ちょっと巻き込まれてしまって」
と、ベッドの隣にある椅子に座る。
ロイ「巫女は手配しておいた。今日中に派遣される」
ジェン「(嬉しそうな顔で)ありがとうございます!」
ロイ「君にかかっている呪いは解けないと思うがな」
ジェン「(苦笑して)期待してませんよ」
ロイ「あとは、悪い奴が出てくるのを祈るしかないか……」
ジェン「さっき、ルイス・レモネードって人と会ったんです」
ロイ「!」
ジェン「彼女は異世界に転移させる能力をもっていて、その世界には悪者がいます」
ロイ「……だが、異世界の敵は強すぎる」
ジェン「なんで知ってるんですか?」
ロイ「彼女からオレの話を聞いてないのか? オレは一度だけ異世界に行ったことがある」
ジェン「!」
ロイ「恐ろしすぎて戦意喪失したよ」
ジェン「異世界から抜け出すには敵に勝たなきゃいけないんじゃ……」
ロイ「そのときの話はしたくないが、オレは悪い方法を使った。それで敵は死んだ」
ジェン「……」
ロイ「世界最強の勇者であるオレが戦うことを放棄して逃げたんだ」
ジェン「敵はどんな奴だったんですか?」
ロイ「人間とは似ても似つかない異形な姿をした怪物だった。もう、そのときのことは思い出したくない」
〇ロイの回想
施設内の廊下を恐怖の表情を浮かべて必死に走るロイ。
ロイ、研究室に駆け込んで非常用のボタンを押す。
研究室内に通信の音声が響く。
研究員Aの声「おい、非常用のボタンが押されてるぞ!」
研究員Bの声「あの野郎、オレたちごと化け物を消滅させる気か!」
ロイ、ブルブルと震えて床に座り、両手で頭を抱える。
(回想終了)
〇街の治療所にある個室(昼)
険しい表情で宙を見つめるロイ。
ジェン「オレも酷い目に遭いました」
ロイ「異世界に行ったのか!?」
ジェン「はい、もう二度と行きたくありません」
ロイ「歴戦の勇者たちも異世界に行ったが、誰も帰ってこれなかった」
ジェン「亡くなったんですかね?」
ロイ「ああ。彼女に聞こえている死者の声がおさまるのは、モブキャラを殺した敵あるいは異世界に行った者の魂が消滅したときらしい」
ジェン「どうして異世界のことを教えてくれなかったんですか?」
ロイ「オレの無様な話を知られたくなかったんだ。すまなかった」
ジェン「いえ、異世界の敵を倒すというのは解決策にならないので」
〇レモネード家(昼)
豪邸の廊下を歩くルイス。
ルイス「(何かに気づいた表情で)!」
頭の中で異世界の光景が流れる。
トムが雷でゴブリンたちを殺している場面が脳裏をよぎる。
ゴブリンの悲痛な声が頭の中で響く。
ゴブリンCの声「助けてくれ! 転生者に我々の仲間が皆殺しにされる!」
ルイス「(嫌な表情で)っ……なんで? 早すぎる!」
(続く)
〇街の治療所(夕)
巫女がテンシーの額に手を当てる。
その様子を見守るジェン。
巫女「呪いが解けました。明日の朝には目が覚めるでしょう」
と、テンシーの額から手をはなす。
ジェン「(安心した顔で)よかった!」
巫女「ワタクシは世界最高の巫女なのでわかります。あなたは悪魔の呪いで呪男となっています。どんな方法でもその呪いは解けません」
ジェン「……ですよね」
巫女「では、ワタクシは失礼します」
と去っていく。
ジェン「ありがとうございました」
テンシーの寝顔を見つめるジェン。
ジェン(N)「テンシーちゃんは赤ちゃんの頃に両親を失い、施設で育ち、半年前に養子として引き取られた」
ジェン(M)「身寄りのないテンシーちゃんは施設にもどることになるのか。まあ、平和な世界になるし、メインキャラだから輝かしい未来がまっているはずだ」
〇酒場(夜)
夕食を一人で食べているジェン。
ジェン(M)「極悪人を何とか探していかないと……」
ルイスの姿を思い出すジェン。
ルイスのセリフ「あなたしか救えない人たちを見捨てるの!?」
ジェン「……」
中年男性の姿が思い浮かぶ。
中年男性のセリフ「あなたのおかげで、妻と赤ちゃんは助かりました! こうしてボクも妻と赤ちゃんに生きて会うことができた!」
ルイスの姿が思い浮かぶ。
ルイスのセリフ「もういやだ……助けて」
ジェン「(苦悩の表情で)……死ぬほど痛いし、本当に怖いんだよ。マジで」
と、両手で頭を抱える。
〇レモネード家の近くの道(夜)
一人で家に向かって歩いているルイス。
前方に立っているジェン。
ルイス「(ジェンの姿を見て)!」
ジェン、ルイスを見つめる。
ルイス「(顔を伏せて)……」
と、ジェンの横を通り過ぎる。
ジェン「オレ、やるよ」
ルイス「!」
ルイス、振り返ってジェンを見る。
ジェン「何も悪いことしてない弱者が強者の勝手で人生を奪われるなんて、許せないし」
ルイス「……ジェン」
ジェン「また異世界から声が聞こえたら教えてくれ。1ヵ月に1度が理想だけど」
ルイス「もう聞こえてるの」
ジェン「!……そんな頻繁に聞こえるのか?」
ルイス「ううん。ふつうは1ヵ月に1回くらい」
ジェン「そっか」
ルイス「今回はモブキャラのゴブリンを救わなければいけない」
ジェン「ゴブリンって……悪い奴だろ。魔王軍に属して、勇者の邪魔ばかりしてきたよな」
ルイス「……」
ジェン「ゴブリンなんかのために戦うなんて……」
〇街の治療所にある個室(翌日・朝)
床に立ってストレッチしているロイ。
ジェン「もう立てるんですか?」
と、個室に入ってくる
ロイ「もう歩けるし走れるよ」
ジェン「オレ、異世界で悪者を倒すことに決めました」
ロイ「なぜだ?」
ジェン「彼女にとってオレは最強の仲間らしいので。苦しんでる仲間に助けを求められたら、オレは無視できません」
ロイ「……そうか。すまないが、オレは力になれそうにない。どうしようもなく怖いんだ」
ジェン「マリフォードさんにはお願いしたいことがあって」
ロイ「なんだ?」
ジェン「もしオレが異世界から帰ってこれなかったら、魔王退治の報奨金をテンシーちゃんの財産になるよう手配してほしいんです」
ロイ「わかった」
〇街(朝)
『魔王を倒した新聞配達員の写真を夕刊に掲載』と書かれた新聞紙を読んでいる人々。
〇街の治療所(朝)
テンシーが眠っているベッドの側にある椅子に座っているジェン。
ジェン「(テンシーの寝顔を見つめて)……」
テンシー、目が覚めてゆっくりと瞼を開く。
ジェン「!」
上半身を起こすテンシー。
ジェン「テンシーちゃん……」
テンシー「……新聞屋のお兄さん?」
ジェン「うん」
テンシー「ここどこ?」
と周囲を見回す。
ジェン「病院だよ……テンシーちゃん、ケガしたから」
テンシー「(驚いて)私、ケガしたの?」
ジェン「でも、もう大丈夫だよ。ケガはなおったから」
テンシー「(ほっとした表情で)よかったー」
ジェン「(微笑んで)」
ジェン(M)「ああ。この子を見てると本当に癒される。またテンシーちゃんと話すことができて本当によかった」
ジェン「テンシーちゃん」
テンシー「(ジェンを見て)?」
ジェン(M)「ずっと、この言葉を君に伝えたかったんだ」
ジェン「(笑顔で)産まれてきてくれてありがとう」
テンシー「(笑顔で)うん!」
ジェン(M)「(涙目で微笑んで)本当にありがとう」
〇草原(昼)
向き合っているジェンとルイス。
ルイス「始めていい?」
ジェン「(覚悟した表情で)ああ」
地面に手をかざすルイス。
ゴブリンの霊体が現れる。
ゴブリンC「助けてくれ! 転生者に仲間が皆殺しにされる!」
ジェン「……」
〇ジェンの回想
夜中にレモネード家の前で向き合うジェンとルイス。
ジェン「ゴブリンなんかのために戦うなんて……」
ルイス「アタシが聞こえる死者の声はね、魂が濁ってない者の声なの。だから弱者でも悪い奴の声は聞こえない」
ジェン「!」
ルイス「この世界でゴブリンは悪よ。でも、その異世界ではどうかしら? 少なくともアタシが聞いた声の主は悪い奴じゃないわ」
(回想終了)
〇草原(昼)
ゴブリンC、必死にジェンとルイスに説明している。
ゴブリンC「こちらの世界のゴブリンは、人間に危害を加えないと誓っている者もいます」
ジェン「……」
ゴブリンC「我々は争いを好まず、人里から離れた場所で暮らしていました。しかし、各地で攻撃的な考えをもつゴブリンが暴れたせいで、我々は坑道を追いやられたんです」
ジェン「自分たちは違うと釈明すれば……」
ゴブリンC「人間は我々の姿を見ても区別がつかないので、一部の狂暴なゴブリンが悪さをすると、何もしてない我々まで悪く見られます」
ジェン「転生者っていうのは?」
ゴブリンC「別の世界から生まれ変わってきた人間です。チート能力をもってます」
ジェン「チート能力?」
ゴブリンC「世界の常識を超えた力です!」
顔に汗をにじませるジェン。
ジェン(M)「……だ、大丈夫なはずだ。今回、オレには作戦がある」
〇ゴブリンCの回想・山の中
移動しているゴブリンたち。
ゴブリンC「北に坑道があるはずだ」
ゴブリンの子供「なんで人間に悪いことしてないのにボクたち酷いことされるの?」
ゴブリンC「一部の馬鹿なゴブリンが人間を襲うからだよ」
ゴブリンC(N)「人間は剣や弓、盾を使って戦います。しかし、突如世界に現れる転生者と呼ばれる者たちは違う」
爆音が聞こえてくる。
ゴブリンA「何の音だ?」
ゴブリンB「様子を見に行くか」
ゴブリンC(N)「転生者は百年に一度現れ、ありえない力を使います」
〇ゴブリンCの回想・平地
平地に出る4匹のゴブリン。
トムの周囲に雷が落ちている。
トム「(ゴブリンたちを見て)ゴミども発見」
と、空に向かって手をあげる。
ゴブリンC「(トムを見て)まさか……」
トム、手を振り下ろす。
ゴブリンDに雷がおちる。
ゴブリンD「ぎゃあああっ」
と、焦げて倒れる。
ゴブリンC「バジル!」
トム「山から出てきたってことは、山奥にゴミどもがたくさんいるんだな」
と、山に向かって歩く。
逃げるゴブリンたち。
ゴブリンA「逃げろ! 転生者だ!」
ゴブリンB「子供、女を避難させろ!」
トムが空に向かって手をあげる。
ゴブリンC「(トムに)やめてくれー!」
雷がゴブリンたちに落ちる。
真っ黒に焦げて倒れるゴブリンたち。
(回想終了)
〇草原(昼)
泣いているゴブリンC。
ゴブリンC「このままでは仲間が皆殺しにされる!」
ジェン「(青ざめた顔で)……見たのは雷を落とす力ですね?」
ゴブリンC「はい!」
ジェン(M)「雷とかあたったことないし、メチャクチャ怖いよ」
ジェン「(震えながら)ルイス、移動させてくれ」
ルイス「ええ」
ジェンとルイス、握手をする。
ジェンの姿が消える。
〇異世界・平地(昼)
ガチガチと震えたジェンの姿が現れる。
ジェン(M)「作戦その1。闇化は敵の攻撃に耐えられなくなったときに逃げる手段として使う」
樹木の方へ走っていくジェン。
ジェン(M)「相手の攻撃途中で闇化を使えば、前回みたいに気が狂いそうになるまで痛みを受けなくてすむ」
樹木に隠れるジェン。
ジェン(M)「作戦その2。自分で自分を傷つけてダメージを負う」
と、懐に忍ばせている小刀を確認する。
周囲の景色が歪んでいく。
ジェン(M)「敵に予想外の体の部位を攻撃されるよりも、自分で傷つける体の部位を選択して自ら痛みを与えた方が覚悟してるぶん幾分かマシだ」
ゴブリンたちの死体が現れる。
ジェン「(ガチガチと震えて)」
トムの姿が現れる。
トム「(驚いた表情で)!?」
ジェン「(トムを見て)あいつか……トム・オーガ」
トム「いったい何が起こった?」
と、周囲を見回している。
ジェン(M)「できれば、取り入って隙をつき小刀で倒したい。それが痛みを受けず異世界から抜け出せる一番の方法……」
トム「おい、そこに誰かいるな?」
と、ジェンの方を見る。
ジェン「(動揺して)!?」
トム「出てこい。人間は傷つけないから安心しろ」
ジェン、恐る恐る姿を見せる。
トム「(ジェンに)一週間くらい時間がもどってないか?」
ジェン「はい」
トム「オレだけじゃないのか」
ジェン(M)「……近づいて背後から小刀で刺せば倒せるか?」
と、トムの方へ歩いていく。
トム「こんなことが起きるってことは、オレ以外に転生者がいやがるのか?」
ジェン、トムに近づいていく。
トム「まさか、おまえ?」
ジェン「! いや、オレじゃないですよ」
トム「じゃあ、なんで近づいてくる? オレがゴブリンを殺したの見ただろ」
ジェン、立ち止まってゴブリンの死体を見る。
ジェン「……この状況が不安で。それに人間は傷つけないと言ったから」
トム「(呟くように)あの場にいた……気が付かなかっただけか」
ジェン「なんでゴブリンを殺したんですか?」
トム「人を襲うからだ。殺すことが正義だろ」
ジェン(M)「昨日のオレの考えと似てる」
ジェン「でも、人間に危害を加えないと決めてるゴブリンもいるかもしれないですよ?」
トム「そんなのわかんねえだろ。あいつら猿と同じで見分けつかねえし」
ジェン「え……さるって?」
トム「……ああ、やっぱ転生者じゃねえな。猿っていうのはオレの前世の世界にいた動物だ」
ジェン(M)「もし、こいつを説得できて改心した場合どうする? オレはこいつを倒さなきゃ異世界から脱出できないし……」
ジェン「……雷を落とすの凄かったですね」
と、トムに近づいていく。
トム「まだ他にもあるぜ」
と、山の方に手の平を向ける。
ジェン「?」
トム「ドカン」
山の中腹で大爆発が起こる。
ジェン「(驚いて)!?」
爆炎があがる山を見るジェン。
ジェン「っ……あそこに、人がいるかもしれないじゃないですか!?」
トム「人がいるかいないかだけはわかる。さっき、おまえのことも見つけただろ。あそこにいるのはゴミだ」
ジェン「……ゴミ?」
トム「ゴブリンだ。時間がもどったとしたら生き返ってるかもしれねえな」
ジェン「人と会話できるくらいの知能をもってるんですよ? 悪いゴブリンだけじゃなくて、良いゴブリンだっているかもしれないじゃないですか!」
トム「どうでもいいだろ、人間じゃないし」
ジェン「トムさんにだって、家族とか大切な人がいたんでしょ? ゴブリンだって同じように大切に思ってる誰かがいるかもしれない!」
トム「おまえ、なんでオレの名前を知ってる?」
ジェン(M)「! しまった。この世界も……」
ジェン「……名前がわかる能力をもってて」
トム「この世界に特殊能力をもった人間はいないはずだ」
ジェン「でもオレはわかるんです」
トム「そうか」
と、山の方に手の平を向ける。
ジェン「何する気ですか?」
トム「知能があっても人間の姿してなきゃ、殺してもオレなんとも思わないんだわ」
ジェン「やめてください!」
と、トムの腕を掴む。
トム「おい、オレは人間を傷つけない主義だが、邪魔をする奴は別だ。殺すぞ」
ジェン、びくりと手を離す。
トムの手の平が赤く光っていく。
ジェンの頭の中にゴブリンCの姿が思い浮かぶ。
ゴブリンCのセリフ「こちらの世界のゴブリンは、人間に危害を加えないと誓っている者もいます」
ジェン「(目を伏せて)っ……」
トム「オーガ……」
と、山に向かって能力を発動させようとする。
ジェン、トムの胸を背後から小刀で貫く。
トム「(驚いた顔で)なっ……」
と、地面に倒れる。
ジェンの背後にトムの姿。
トム「(ジェンの背後から)何してんだ? てめー」
ジェン「!?」
(続く)