レイは朝日と共にやってきた。
朝焼けの広がる空に、白い翼が風を切って舞う。

「待たせたな、カロッサさんは変わりないか?」
地上に降り立った天使は、開口一番そう尋ねた。
それに対して、リルがちょっと困った顔をして答える。
「うん。んー……まあ、えっと、元気かなぁ?」
「そっ、それはどう……」
リルの曖昧な返事に、明らかな焦燥を見せるレイ。
「大丈夫です。危害を加えられるようなことは一切ありません。カロッサ様がご自身を責めていたというのはありますが……」
不憫に思った久居がそっとフォローを入れる。
レイは、ホッとしたような、どこか痛そうな表情で答えた。
「……そうか……」
天使は自身の背を振り返りながら、真っ白な翼を布のような物に変える。
人に見られた時のためのカモフラージュだろうか。
ふっくらと厚みのある翼が、ずっしりと重みのありそうな布へと姿を変えてゆくのを、久居は不思議な気持ちで眺めた。

リルは起きたばかりなのか、まだ眠そうに顔を擦っているが、久居は既に身体を動かした後のようで、身支度も整っている。
レイは結界へ手を翳した後、二人を見回して言う。
「どうする? この結界なら侵入者探知機能だけだし、入るのに物理的な抵抗は無いと思うが、俺が解除することもできる」
「ふーん……?」
リルが、分かったような分からないような返事をしている。
「そうなのですね。私達は敵に知られていますので、私達が敵を引きつけている間に、レイさんと空竜さんでカロッサ様の救出をお願いできたらと思っていたのですが。解除できるとなれば、別の方法も取れそうですね」
久居が指を口元に当てて、考え込む。
「いやまあ、解除したところで解除した事はバレるし、基本はそれでいいと思うが。……もし戦闘になったら、お前達だけで何とかなるのか?」
レイが心配そうに二人を見る。
リルは鬼だと分かっているが、まだ幼いようだし、もう一人は……。
「久居も鬼なのか?」
角などは見当たらないが、隠している可能性もある。そう思って尋ねたレイに久居はほんの少し視線を下げた。
「いえ、私は人間……です」
久居は、ずっと自分を人間と信じて生きてきた。けれど、今となっては自信がない。
躊躇いつつ答えた久居だったが、レイは気にならなかったようだ。
首を傾げながらレイが尋ねる。
「お前達の関係がよく分からないんだが、久居もそこそこ戦えるんだな?」
「久居はボクよりずーっと強いよ!」
リルがなぜか胸を張って言う。
「いやリルの力量も分からないからな。俺なら赤い炎の鬼なら二〜三人は相手にできると思うし、オトリ役を変わった方が良ければ……」
「赤い炎?」
リルが首を傾げる。
そういえば、お父さんも赤いののほかに黄色とか白とか色んな色の炎を出してたな……。とぼんやり思い出しつつ。

「……知らない、のか……?」
レイがリルにほんのり憐みがかった目を向ける。
鬼として、この子は大丈夫なのかと思うと同時に、こんな基本的な知識すら得られない環境にいたなんて、何か不幸な事情があったのだろう、と配慮したレイは、なるべく易しく解説を試みた。
「一般的に、鬼が使う炎の色は赤だ。だが、もっと力の強い鬼だと、赤より高温の黄色い炎を使ってくる。それより高温になると白だな。まあ白い炎を使える鬼には、まず会う事は無い」
手振りで階層のようなものを示すレイに、リルは「ふーん」と答えると、久居を振り返る。
「あの大男は赤い炎だったよね」
リルの視線を受けて、久居が続ける。
「ええ、背の高い男の方は、赤から少し橙がかった色でしたね」
レイはその言葉に若干の焦りを浮かべる。
「オレンジ色がいるのは手強いな。そいつらの主人ともなると、下手したら黄色まで出せる可能性もある。鬼ってのは、実力主義な気質が強くて、自分より弱い主人に仕える事があまりないんだ……」
レイの分かりやすい説明に、リルがまた「ふーん」と分かったような分からないような返事をした。
その隣で久居は今までに見てきたリルの炎の色を思い浮かべる。
(リルの使う炎は、淡い黄色から白が多いですが、強い感情が伴うと水色に近付きますね……水色は白より、もっと上という事なのでしょうか)
つまり、リルは炎自体の力量では、あの二人よりも上と言う事のようだ。

「単純に炎と炎がぶつかり合うと、より高い温度の炎が勝つ。今回の敵だと、リルじゃ押し負けるんじゃないか?」
リル達の身を案じるレイに、心配そうに覗き込まれて、二人は
「大丈夫だよー」
「お気遣いありがとうございます」
と笑顔で答えた。

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久居とリルが、カロッサの囚われた建物の反対側の壁を破壊したようだ。
城壁が崩れ落ちる盛大な音がレイのところまで響く。

壁の破壊を提案した久居は「陽動は派手に行なうものですよ」と微笑んでいたが、もしかしたら、城の人間達になるべく逃げてほしかったのかも知れない。
この騒ぎに城中の者が気付き、幾人かが逃げ出すのを見て、レイはそう思った。
中の者達が動き出すのを確認したレイは、カロッサの囚われた部屋の窓に張り付いた。
「カ、カロッサさん、聞こえますか、警護担当のレイザーランドフェルトです」
囁き声が上擦って、レイは顔が赤くなるのを感じる。が、今はそんな事に構っている場合ではなかった。
「あ……天使の……?」
カロッサが内側から窓を開けーーようとして、諦める。
「さっきの音も天使が?」
「いいえ、あれはリル達です」
返事をしながら、内にかけてあった結界をレイがそっと解いた。
「あっ、それ解いたら気付かれちゃ……」
躊躇うカロッサに窓を開けるよう促しながら、レイは続ける。
「カロッサさんは、空竜と上空に待機していてください」
窓を開けたカロッサが、レイにグイと引き上げられ、待機していた空竜にふわりと乗せられる。廊下側の扉には、すでに足音が迫っていた。
バンッと乱暴に戸が開く。
「何者だ!」
叫びと共に現れたのは大男の方だった。
(赤い炎のやつだな)
おそらく、残りはリルの方に行ったのだろう。
中庭のあたりで、激しい戦闘音が続いている。

「……天使……、だと……」
大男に動揺が見える。
レイは胸を張って高らかに告げた。
「ああ。お前達は、触れてはならないものに手を出した。これは天による裁きだ!」
この宣言で、レイは自身の背後、天界に恐れをなしてくれることを願ったが、大男は半歩後退ったのみで、その場に踏み止まった。

大男が、ギッとこちらを睨みつけ、腰を落とし、両拳に炎を纏う。
「そちらの事情は主人に伝えてくれ。私は、屋敷に入った不法侵入者を排除するだけだ」
どうやら戦闘は免れそうにない。
リル達のことは気になるが、レイは気持ちを切り替え目の前の敵に集中する。
まずはこの男を倒す。
今度こそ、カロッサさんを守るために。