金髪の男、レイの話を要約すると、カロッサの家をこんなことにして、彼女を連れ去ったのは鬼で、現在南西方向へ移動中らしい。
レイも一刻も早く追いたいのだが、今は上官の許可を待っているところで、その間に再度の現場検証をしに来た。という話だった。

リルと久居は、ひとまずカロッサが生きているという事に安堵したが、南西といえば、リル達が今まで過ごしていた方向だ。
リルはまだピンときていないようだが、久居には、鬼の正体はもうほとんど分かったようなものだった。
ウィルから居城も聞いていたので、行き先に迷う事もなさそうだ。
問題は、この事をレイに言うかどうか……、だが。

レイは、時の魔術師……ヨロリがまだ生きていると思っているようだ。
カロッサの家には、ヨロリがかけた結界が張られていて、中の様子は探知不能になっていたらしい。
半年近く前の警備担当の引継ぎ時には、レイも上官と共にヨロリとカロッサに挨拶をしにきたと言っていたが、その際もヨロリには会えなかったらしい。

久居がカロッサに聞いた情報が正しいならば、その時点でヨロリはとっくに亡くなっていたはずだ。
なのにレイは『会えなかった』と言った。
これはつまり、カロッサが、天界とやらに意図的に隠していた。もしくは久居達に伝えられた情報が偽物か。のどちらかという事になる。

どちらかが欺かれているという事は、どちらかは、カロッサにとって信用に足りてないという事だ。だとすれば、こちらがすべてを話すわけにはいかない。

考える久居の横で、レイがリルに尋ねる。
「リル、もしよければ、ちょっと手を借りてもいいか?」
「手? いいよ」
とリルが二つ返事で炎を引っ込め、手を差し出した。
「リル!? 待ってくださーー」
慌てて止めようとする久居よりも、さらに慌てたのはレイだった。
「い、いやいや、待て待て、お前ちょっとは考えて行動しろよ! 今の間でなんか少しは考えたのか? 絶対考えてないだろ!?」
理由を聞く気もなく、既に差し出されてしまったリルの手に困惑と焦りを浮かべるレイ。
「……そうですよ、せめてもう一呼吸……。もう一呼吸だけ待っていただければ、私も対応が間に合うのですが……」
久居がここまでの色々を振り返りつつ頭を押さえて言う。
その姿には、計り知れない苦労が滲んでいた。

「? そうなの?」
よくわからない顔で首を傾げるリル。
当人としては、何につけてもフリーより決断が遅くフリーより心配性で、いつももたついているイメージがあるらしく、そんな自覚はまるでないようだ。
レイが困ったような顔でリルを覗き込む。
輝く金色に囲まれた、露草色の深く澄んだ瞳が、リルを心配するように揺れる。
「ええと。俺は、リルに探知用のマーキングをさせて欲しいんだ。でもそれには、相手の承諾がないといけない」
「まーきんぐ?」
リルはきょとんと聞き返した。薄茶色の瞳は真っ直ぐレイを見上げている。
「印をつけるんだ。いつでも居場所を確認できるようにな」
「ふーん。いいよ」
リルがもう一度手を差し出す。
「リル!」
久居の悲痛な声。
「いや、だから返事が早いって! 久居と二人で相談してから決めてくれよ」
どう見ても止めにかかっている久居を、少し不憫に感じながら、レイは差し出された手をそっとおろさせた。

「久居、ダメなの?」
リルが久居に視線を送る。
久居が言葉を選んでいる間に、リルが続ける。
「レイの事、ボクは手伝ってあげたい」
リルの言葉に、レイが反応する。
「ん? お前達、もしかしてカロッサさんの行方に心当たりがあるのか?」
「ボクは分からないけど、久居ならきっと分かるよ」
さらりと言われて、久居が再度頭を抱えた。
そんな久居の様子に、レイは躊躇いを見せながらも、真摯に伝える。
「もし分かるなら……、教えてほしい」
「……」
久居はレイの視線こそ受け止めたが、答えを口にはしなかった。
「……けど、そうだよな。会ったばかりの俺を、信用できなくて当然だな……」
哀しげにかぶりを振るレイに、リルは反射的に「信じるよ」と答えそうになったが、久居の言葉を思い出して一呼吸おいてみた。
リルが久居を振り返ると、久居は小さく頷いて正解だと応えた。

「……お前達、天界とか天使の事は分かるか?」
レイが、何かを考えるようにしながら、静かに問う。
「分かんない。聞いた事ない」
「同じく、初耳です」
リルは思わず即答してしまったが、これは大丈夫な質問だったのか、久居もすぐに答えた。
レイは『やはりそうか』という顔をして、天を仰ぎ見る。
空を指すレイに、リルも久居も上を見た。
「天界っていうのは、このひとつ上の空間にある世界の事で、下にある鬼達の獄界と同じようなものだ。俺達天使は、神の使いとして、この世界の平和を保つために活動してる」
「ふーん……?」
レイの説明に、リルが分かったような分からないような声を漏らす。
「その中でも、俺みたいな制服着てるやつは、こうやって中間界と行き来したりするから、覚えとくといい」
レイが自身の胸を示して言うと、リルが口を開いた。
「……天使はみんな、ロシュツキョーなの?」
「はあ!?」
思わずレイの声が裏返る。
「っいや、……えー……? ……まあ、確かにお前達よりは露出してるけどな……。いやでも、そんなこと言われたの、初めてだ……」
リル達の服装と見比べながら、真面目にショックを受けている様子のレイ。

中間界、というのはこの地上の事だろうか。と久居は見当をつける。
獄界という単語も初耳だったが、クザンがよく口にしていた『地下』や『下』という単語がそうだったのだろう。
リルが反応しなかったのは、知っていたのか、それとも、それより服のほうに気を取られたのか、定かではない。
服装に関しては、久居は最初に見た時、城にいた兵達の軽装に近い印象を受けたので、制服と聞いて納得しただけだったが。

「この辺りには誰もいないな……」
とレイは辺りの気配を慎重に探ってから、二人に向き直る。
「ほら、これが天使の証明だ」
言って、レイは布に見せかけていた翼を本来の姿に戻す。
フリーやカロッサの羽と違い、その羽は腰のあたりから生えていて、大きさも驚くほど大きく、ずっしりとした質量を感じる。
もしかして、これは本当に空を飛ぶための翼なのだろうか。と久居はどこか信じられない気持ちで考える。
「いや、幻術でもできるか……。第一、お前達は天使を知らなかったんだもんな。羽見せたって紋章見せたって分かんないよな……」
左耳から下がっている金の輪っかのようなものを握って困った様子のレイ。
その輪はどうやら、天使にとって身分を証明できるような物らしい。と久居は察する。
そんな、レイの真っ白な翼に、リルが飛び付いた。
「おわあっ!?」
「うわぁ〜〜っ、ふっかふか〜♪」
「何す、ちょっ、やめっっ、顔、突っ込むなって、くすぐった……ふっ、くっくっく……」
リルにもっふもふされて、身をよじるレイ。
必死で笑いを堪えているが、肩は震え、耳まで真っ赤だ。
「リル、失礼ですよ」
久居がリルをひっぺがす。
「すみません、レイさん、リルには後でよく言っておきます」
久居が深々と頭をさげて、リルにも頭を下げさせる。
「ごめんなさい。でもふわふわであったかくて、すっごくいい匂いした〜〜っ」
と、うっとりするリルに、久居が「謝罪には誠意を込めてください」と注意する。
「はーい……」
リルは素直に答えると、今度こそ、ちゃんと誠意を込めて謝る。
「レイ、急に羽根もふもふしてごめんなさい」
レイは冷や汗だか何だか分からないようなものをかきつつ、ぼさぼさになった翼を手で整えながら答える。
「あ、ああ、……まあ、俺はいいんだが、他の天使には絶対するなよ。凄く怒るやつもいるからな」
「レイはいいの?」
リルが期待に満ちた瞳で大きな翼を見上げる。
「い、いやいや! 俺ももう、これ以上はダメだぞ!!」
焦りを浮かべて半歩後退るレイに、リルがつまらなそうに「ぇー」と呟いた。