「こんにちは」
注文の品が入荷したとの連絡をもらって、リリーは仕事帰りに、封具屋を訪れていた。
扉の開閉に合わせて、カランとドアベルが軽い音を立てる。
「やあ、いらっしゃい。やっと手に入ったよ」
中では、口髭を蓄えた店主が、背を向けてごそごそと戸棚から品を取り出していた。
「これが……」
と振り返った店主の言葉がリリーを目にした途端、途切れる。
「お前さん……その髪は……」
言いにくそうに尋ねられて、リリーは努めて明るく微笑んだ。
「若く見えるでしょう?」
リリーの長く美しかった金色の髪は、すっかり短く、肩に付きそうにもない。
「……そうだな。二十歳でも通用しそうだ」
店主の気遣いに、リリーはクスッと笑って礼を言う。
「これが、坊主用の封印石だ」
店主が台の上に布包みを開くと、そこには小さなリルの手にもすっぽり収まるほどの大きさの、濃紺色をした石があった。
「あら、思ったより小さい石なのね」
「だが、力はお前さんが耳から下げているものよりずっと強力だ」
言われて、リリーが自分の耳に飾られている細長い雫型をした赤い石に触れる。
金色の留め具からぶら下がっている赤い石は、指先に当たると小さく揺れた。
「扱いには十分気をつけてくれ、下手をすれば厄介な事にもなりかねん代物だ」
釘を刺されて、リリーが答える。
「ええ、気をつけるわ」
手に取ってみたリル用の封印石は、リリーの親指と中指で輪を作ったほどの大きさで、厚みは指の半分程もなかった。
平行四辺形のような、ダイヤのような輪郭で、ぺたんとした形のそれは、鋭角の方に穴が開けてあり、皮紐が通され首に下げられるようになっていた。
濃紺色をしたそれには、まるで細かい細かい金と銀の粉がかけられたかのような煌めきが内包されている。
傷が入ると赤い跡が残るらしいその石を、リリーは傷付かぬよう丁寧に布で包み直して持ち帰った。
「ただいまー」
リリーの声に、リルがわくわくと駆け寄る。
「おかーさんっおかえりーっ! ボクの石どんなのだった?」
「はい、これよ」
布ごと手渡され、リルが両手を揃えて受け取る。
「わあっ! ありがとーっ」
母の顔を見上げて笑顔で礼を伝えたリルが、大きな疑問符を浮かべる。
「あれ……? 何か変……?」
「お母さんっ! その髪!! 切っちゃったの!?」
後ろからフリーの悲鳴に近い声があがって、リルはやっと気付いた。
「あ、髪が、短くなってたんだ」
ポンと手を叩くリル。
「ええ、若返ったでしょ?」
リリーが笑って答えると、リルもにっこり笑って返した。
「うんうんっ。おかーさん可愛いよーーっ」
そんなニコニコのリルの後ろでは、フリーが何ともいえない顔で同意する。
「う、うん……。とっても似合ってるよ……」
リリーはリルに石を無くさぬよう、とても力の強い石なので、扱いに気を付けるよう、繰り返し注意している。
「はーいっ」
と元気なリルの返事に、リリーはほんの少しの不安を残しつつも、それを任せた。
そんな二人を遠目に見ながら、フリーは思う。
母は、髪を売ってしまったのだと。
どんなに慌ただしい朝にだって、いつも綺麗に整えられていた、長く美しい金色の髪……。
ずっとずっと、母が手入れを欠かさず伸ばしていた髪が、こんなにあっさり、こんなに突然失われてしまった事に、フリーもまた、責任を感じていた。
部屋の隅でしょんぼりしているフリーに、リリーは気付く。
自分よりも明るい色をした、フリーの髪を撫でて、リリーは囁く。
「いいのよ、こういう時のために伸ばしていたんだから……」
「でも……」
納得のいかない様子で目を伏せる娘に、リリーは優しく伝える。
「ありがとうフリー、その気持ちだけで十分よ」
「つけてみたーっ! 似合うー? 似合うー?」
リルが首に濃紺の石を下げて、嬉しそうに部屋をくるくる回っている。
「あらあら、とっても素敵よ」
リルに答えて振り返る母の背に、フリーは決意と共に声をかけた。
「お母さんっ! 私も、もっと髪伸ばすっ! お母さんみたいに、なりたいから!!」
フリーは願う。
私も、母のように、大切な人を守れるようになりたい。と。
そのために役に立ちそうなことなら、何でもしておこう。
髪を伸ばすことも、手入れを欠かさないことも、いつか誰かの助けになるかも知れない。
そこへ、何も気付かないままのリルが不思議そうに声をかける。
「フリーが髪を伸ばしても、お母さんみたいなピカピカの金髪になるわけじゃないよ?」
確かに、フリーの髪はひたすら明るい黄色い髪で、淡い金色に深い輝きを持つリリーの髪に比べると、高貴さというか深みというか、そういうものが足りないと、フリーも自覚はしていた。
ゆらり。と姉の背後に怒気が揺らいで、失言に気付いたリルが慌てて背中を向ける。
瞬間、リルの両こめかみはフリーの拳に挟まれた。
「人が気にしてる事をっ!!!」
ぐりぐりと回転をかけつつ、拳がこめかみにめり込む。
「ぎゃぁぁあああああ!!」
リルの悲鳴が、村外れの小さな家に響いた。
注文の品が入荷したとの連絡をもらって、リリーは仕事帰りに、封具屋を訪れていた。
扉の開閉に合わせて、カランとドアベルが軽い音を立てる。
「やあ、いらっしゃい。やっと手に入ったよ」
中では、口髭を蓄えた店主が、背を向けてごそごそと戸棚から品を取り出していた。
「これが……」
と振り返った店主の言葉がリリーを目にした途端、途切れる。
「お前さん……その髪は……」
言いにくそうに尋ねられて、リリーは努めて明るく微笑んだ。
「若く見えるでしょう?」
リリーの長く美しかった金色の髪は、すっかり短く、肩に付きそうにもない。
「……そうだな。二十歳でも通用しそうだ」
店主の気遣いに、リリーはクスッと笑って礼を言う。
「これが、坊主用の封印石だ」
店主が台の上に布包みを開くと、そこには小さなリルの手にもすっぽり収まるほどの大きさの、濃紺色をした石があった。
「あら、思ったより小さい石なのね」
「だが、力はお前さんが耳から下げているものよりずっと強力だ」
言われて、リリーが自分の耳に飾られている細長い雫型をした赤い石に触れる。
金色の留め具からぶら下がっている赤い石は、指先に当たると小さく揺れた。
「扱いには十分気をつけてくれ、下手をすれば厄介な事にもなりかねん代物だ」
釘を刺されて、リリーが答える。
「ええ、気をつけるわ」
手に取ってみたリル用の封印石は、リリーの親指と中指で輪を作ったほどの大きさで、厚みは指の半分程もなかった。
平行四辺形のような、ダイヤのような輪郭で、ぺたんとした形のそれは、鋭角の方に穴が開けてあり、皮紐が通され首に下げられるようになっていた。
濃紺色をしたそれには、まるで細かい細かい金と銀の粉がかけられたかのような煌めきが内包されている。
傷が入ると赤い跡が残るらしいその石を、リリーは傷付かぬよう丁寧に布で包み直して持ち帰った。
「ただいまー」
リリーの声に、リルがわくわくと駆け寄る。
「おかーさんっおかえりーっ! ボクの石どんなのだった?」
「はい、これよ」
布ごと手渡され、リルが両手を揃えて受け取る。
「わあっ! ありがとーっ」
母の顔を見上げて笑顔で礼を伝えたリルが、大きな疑問符を浮かべる。
「あれ……? 何か変……?」
「お母さんっ! その髪!! 切っちゃったの!?」
後ろからフリーの悲鳴に近い声があがって、リルはやっと気付いた。
「あ、髪が、短くなってたんだ」
ポンと手を叩くリル。
「ええ、若返ったでしょ?」
リリーが笑って答えると、リルもにっこり笑って返した。
「うんうんっ。おかーさん可愛いよーーっ」
そんなニコニコのリルの後ろでは、フリーが何ともいえない顔で同意する。
「う、うん……。とっても似合ってるよ……」
リリーはリルに石を無くさぬよう、とても力の強い石なので、扱いに気を付けるよう、繰り返し注意している。
「はーいっ」
と元気なリルの返事に、リリーはほんの少しの不安を残しつつも、それを任せた。
そんな二人を遠目に見ながら、フリーは思う。
母は、髪を売ってしまったのだと。
どんなに慌ただしい朝にだって、いつも綺麗に整えられていた、長く美しい金色の髪……。
ずっとずっと、母が手入れを欠かさず伸ばしていた髪が、こんなにあっさり、こんなに突然失われてしまった事に、フリーもまた、責任を感じていた。
部屋の隅でしょんぼりしているフリーに、リリーは気付く。
自分よりも明るい色をした、フリーの髪を撫でて、リリーは囁く。
「いいのよ、こういう時のために伸ばしていたんだから……」
「でも……」
納得のいかない様子で目を伏せる娘に、リリーは優しく伝える。
「ありがとうフリー、その気持ちだけで十分よ」
「つけてみたーっ! 似合うー? 似合うー?」
リルが首に濃紺の石を下げて、嬉しそうに部屋をくるくる回っている。
「あらあら、とっても素敵よ」
リルに答えて振り返る母の背に、フリーは決意と共に声をかけた。
「お母さんっ! 私も、もっと髪伸ばすっ! お母さんみたいに、なりたいから!!」
フリーは願う。
私も、母のように、大切な人を守れるようになりたい。と。
そのために役に立ちそうなことなら、何でもしておこう。
髪を伸ばすことも、手入れを欠かさないことも、いつか誰かの助けになるかも知れない。
そこへ、何も気付かないままのリルが不思議そうに声をかける。
「フリーが髪を伸ばしても、お母さんみたいなピカピカの金髪になるわけじゃないよ?」
確かに、フリーの髪はひたすら明るい黄色い髪で、淡い金色に深い輝きを持つリリーの髪に比べると、高貴さというか深みというか、そういうものが足りないと、フリーも自覚はしていた。
ゆらり。と姉の背後に怒気が揺らいで、失言に気付いたリルが慌てて背中を向ける。
瞬間、リルの両こめかみはフリーの拳に挟まれた。
「人が気にしてる事をっ!!!」
ぐりぐりと回転をかけつつ、拳がこめかみにめり込む。
「ぎゃぁぁあああああ!!」
リルの悲鳴が、村外れの小さな家に響いた。