異世界最悪の大罪人

〇森の中(夜)

焚き火の前で座っているアルファとベータ。

ベータ「産まれたばかりの赤ちゃんに『走れ』って念じたらどうなるんだ?」

アルファ「人間の赤ちゃんは走れないから、力は無効になる。何も念じていないのと同じよ」

前方の藪で草が激しく擦れる音がする。

アルファ・ベータ「!」
と、前方の藪に視線を移す。

鳥のような生物が藪の中から空に飛び立つ。

アルファ・ベータ「……」
と、焚き火に視線をもどす。

音もなくアルファとベータの背後に忍び寄る3人の黒服の男。

2人の黒服の男がアルファとベータを背後から左右に倒して地面に押さえつける。

アルファ「え!?」

ベータ「なんだ!?」

黒い帽子を目深にかぶったリーダーの男、ベータの目を布で目隠しする。

ベータ「!」

続いてアルファの目も布で目隠しするリーダー。

アルファ「ちょっと、何なの!? 放して!」

ロープで縛りあげられるアルファとベータ。

手下A「ありました、秘宝です」
と、アルファのポケットから取り出した秘宝をリーダーに見せる。

アルファ「!」

リーダー「こいつらを魔獣車に乗せろ」
と、手下Aから秘宝を受け取る。

手下B「はっ!」

アルファ「目的は何!? 私たちをどうするつもり!?」

リーダー「何も教える気はない。黙ってろ」

ロープで縛られたアルファとベータを連れて行く手下Aと手下B。

リーダー「拘束しているとはいえ、油断するなよ。こいつらは2つも秘宝を奪ってるんだからな」

手下B「はっ!」

アルファ「ベータ……私、縛られて目隠しされてるんだけど。そっちは?」

ベータ「俺も同じだ」

アルファ「(小声で)念じた?」

ベータ「(小声で)いや」

馬車のような乗り物があり、馬の代わりに四足歩行の魔獣がいる。

正方形の部屋に入れられるアルファとベータ。

手下Bも部屋に乗り込む。

アルファとベータ、目隠しされたまま縛られた状態で座らされる。

アルファ「……この状況はやばいわ。最悪よ」
と、顔に汗をにじませて呟く。

手下A、外から部屋の扉を閉めて鍵をかける。

リーダーと手下A、魔獣車に乗って魔獣に鞭を打つ。

魔獣車が森の中を進んでいく。

〇魔獣車の中(夜)

窓も何もない部屋の中で座っているアルファとベータ。

2人を見張っている手下B。

アルファ、背後にある壁に体を勢いよく当てて、壁の材質を確認する。

手下B「無駄だ、爆薬を使っても壊せねえよ。外側からしか開けられないようになってる。囚人を連行するためにつくられた部屋だからな」

アルファ「あなたたちは何者なの? 私たちをどこに連れていく気?」

手下B「教えねえよ。リーダーに何も話すなと言われてる」

アルファ「目隠しされると、すごく怖いんだけど。なんで目隠しするの?」

手下B「顔を見られないようにするためさ。リーダーは用心深い人だからな」

アルファ「縛られたままでもいいから外の景色が見たいなー」

手下B「残念ながら、この部屋には窓がない」

アルファ「そう、つまらないわ。ねえ、暇だから何か話さない?」

手下B「雑談ならしてやってもいい」

〇魔獣車の外(夜)

魔獣に鞭を打ちながら話しているリーダーと手下A。

手下A「ボスの言う通りでしたね」

リーダー「たしかにな。大したものだ」

〇魔獣車の中(夜)

アルファと手下Bが話している。

アルファ「今まで行ったところで一番驚いた場所はどこ?」

手下B「……魔獣の国だな」

アルファ「行ったことあるんだ! いいなー、何に驚いたの?」

手下B「とにかくいろんな種類の魔獣がいたことに驚いた」

アルファ「今まで一番笑えた魔獣って、どんな姿の奴?」

手下B「顔が星型の魔獣だな」

アルファ「(爆笑して)私も見たことある! 本当に星型だったよね」

ベータ「……」

アルファ「あー、あなたと話すの本当に楽しい! 私、話してるだけで、あなたに惚れちゃったかも」

手下B「そうかい?」

アルファ「あなたの顔、見てみたいな。どうせ私は秘宝を奪ったことで死罪になるわ、最後に惚れた男の顔を見てから死にたいの」

手下B「目隠しを取れってか?」

アルファ「目的地に着く前に、また目隠しすればリーダーにもバレないでしょ? 後生の頼みよ。あなたの顔が見てみたい」

手下B「……まあ、オレの顔なら別に見てもいいけどよ」
と、アルファに近づいて目隠しを取る。

アルファ、手下Bの顔を見つめる。

手下B「どうだ? 惚れた男の顔は?」

アルファ「私の理想とする顔とは違うけど、本当にドキドキするくらい魅力的!」

手下B「そうかい?」

アルファ「私はどう? よく美人だって言われるんだけど」

手下B「ああ、綺麗な女だよ」

アルファ「嬉しい! なんか興奮してきちゃった。ねえ、私といいことしない?」

手下B「さすがにロープはほどかねえよ」

アルファ「縛ったままで大丈夫。私、あなたを絶対に満足させる自信があるわ」

手下B「ほう。じゃあ、やってもらおうか」

アルファ「その前に、あの男の目隠しも取ってくれない?」

手下B「なんでだ?」

アルファ「私、見られてる方が燃えるの。あなたを本気で昇天させちゃう」
と、色っぽい顔で手下Bを見つめる。

手下B「いいだろう、本気でやってもらおうじゃねえか」

ベータの目隠しを取る手下B。

手下B「よし、おっぱじめようか」
と、自分のズボンに手をかける。

アルファ「(焦った顔で)あ、その前に凄いものを披露してあげる」

〇魔獣車の外(夜)

話しているリーダーと手下A。

手下A「あとは魔獣車ごと崖から落として海に沈めるだけですね」

リーダー「ああ」

手下A「しかし、なぜその場で殺さずに、わざわざ海に沈めて殺すんでしょうか?」

リーダー「理由はオレも知らない。ボスの指示に従うだけだ」

手下A「ですが、仲間ごと海に沈めるというのは……」

リーダー「あいつは使えない。ここで処分する。オレが決めたことに反対する気か?」

手下A「(焦って)い、いえ! 反対する気など微塵もありません!」

リーダー「仮に今あいつがそれに感づいたとしても、もう遅い。中から部屋を開けることは絶対にできないし、部屋の中で何が起ころうと外から開けてやるつもりもないからな」


〇魔獣車の中(夜)

アルファとベータ、手下Bを見つめる。

自分のズボンに手をかけたままの手下B。

手下B「凄いもの?」

アルファ「ええ。あなたの心を読む」

手下B「オレの心を?」

アルファ「あなたの一番の悩みを心の中で言ってみて」

手下B「……」

アルファ「ヴァイリッシュから評価を得られないこと」

手下B「(驚いた表情で)なっ!」

アルファ「ヴァイリッシュって、リーダーの名前?」

手下B「馬鹿な……」

アルファ「凄いでしょ。この力をあなたも手に入れることができるって言ったら?」

手下B「本当か!?」

アルファ「ええ。この力を手にすれば、リーダーからの評価もあがるんじゃない?」

手下B「どうすれば手に入れられる?」

アルファ「簡単よ。今から5分くらい私の言った通りにするだけで手に入れられる」

手下B「ロープをほどけって言うのか?」

アルファ「ううん、縛ったままで大丈夫。私たちを逃がしたりする必要はない」

手下B「逃げられないのに、おまえに何の得があるんだ?」

アルファ「遺言を両親に伝えてほしいの。あとで住所を教えるから」

手下B「……いいだろう」

〇魔獣車の外(夜)

魔獣に鞭を打つ手下A。

手下A「海に魔獣車を沈めたら、どうなって死ぬんですかね?」

リーダー「魔獣車の部屋の天井と床には、目に見えないサイズの通気用の隙間がつくられている。海に落とせば、その隙間から水が入って、部屋の中が水で満たされ溺れて死ぬ」

手下A「いくら中で暴れても部屋は壊れませんし、絶望的な溺死ですね」

〇魔獣車の中(夜)

座禅している手下B。

アルファ「そう、そのまま心の中で自分のことを間抜けだと思って」

ベータ、吹き出して笑う。

座禅をやめて立ち上がる手下B。

アルファ「別にふざけてるわけじゃないわ。ちゃんとやらないと力を手に入れられないわよ」

アルファのもとに近づいてくる手下B。

アルファ「(後ずさりして)え……ちょっと」

アルファのロープをほどき始める手下B。

ベータ「5分経過」

ほっとした表情のアルファ。

手下B、ベータのロープをほどく。

ベータ「この部屋を内側から開ける方法を教えろ」

手下B「(人形のように)外からしか開けられません」

ベータ「わかった。俺の指示があるまで待機」

手下B「はい」

ベータ「どうするんだ? 内側からじゃ開けられないみたいだし」

アルファ「外から開けてもらうしかないわね」

〇魔獣車の外(翌日・夕方)

地図を見ているリーダー。

リーダー「ここだな?」

手下A「はい、到着しました」

リーダー「よし、おりて魔獣車を海に沈めるぞ」

魔獣車が止まる。

リーダーと手下Aが魔獣車からおりる。

ブザーのような音が魔獣車から聞こえる。

手下A「部屋の中で何かあったようですね」

リーダー「無視しろ」

リーダーと手下A、魔獣車の後方に歩いていく。

部屋の鍵を開けようとしているリーダー。

手下A「(困惑した表情で)え……」

リーダー「なんだ!?」

部屋の扉を開けるリーダー。

アルファとベータ、部屋から出てくる。

アルファ「運転ごくろう」

リーダー「っ……妖術か」
と、体が震えて動かない。

ベータ「あんたたちの目的地の記憶を捏造させてもらったわ。ここはね、私たちが狙う次の秘宝の場所なの」

リーダー「なんだと……どうやって?」

アルファ「魔獣車には部屋の中から外に緊急事態を伝える隠し窓とブザーを鳴らす装置があるってことを、あんたの部下から聞き出したの」

部屋の奥にいる手下B、壁をスライドさせて隠し窓を見せる。

アルファ「隠し窓には、内側からスライドさせて外を見れるものと外側からスライドさせて部屋の中を見れるものが、いくつか設置されてるみたいね」

隠し窓から魔獣車の運転席が見える。

アルファ「部屋の内側から外と連絡をとる手段はあると推測してた。密室の部屋に部下を入れてることからね」

ベータ「オレの能力は相手の姿を見れば、相手を思い通りにできる力だ。どれだけ窓のガラスが厚かろうと関係ない」

アルファ「だから、隠し窓からあんたたちを見て、目的地の記憶を捏造して誤認させた」

リーダー「(手下Bを見て)……目隠しを取ったのか、どこまでも無能な奴め!」

アルファ「無能な部下に秘宝を2つも奪った力をもつ私たちを任せたあんたも、じゅうぶん無能だと思うけど」
と、リーダーに手を差し出す。

リーダー「くっ……」
と、ポケットから秘宝を取りだす。

アルファ「あんたを意志のない操り人形にしないで、意識があるまま操ったのは屈辱を与えるためよ。私たちを不意打ちした罰としてね。あんたらのボスについては聞き出したから、また別の機会に報復させてもらうわ」

リーダー、アルファに2つの秘宝を返す。

アルファ「これから、あんたたちの記憶を捏造する。私たちを殺して、うっかり秘宝を道端に落としたっていう記憶にね。その偽の情報をボスに伝えるように操作する。私たちを殺したという嘘が後日発覚すれば無能なリーダーの出来上がり」

リーダー「(悔しそうな表情で)……くそったれ!」

ベータ「その顔が見たかったのよ、すっきりした。ベータ、念じて」

リーダーを見つめるベータ。

ベータ(M)「1分間眠って、昨日からの記憶を失い、オレとアルファを火あぶりで焼き殺したという記憶と、秘宝を道端に落として、やけになり酒を飲んで酔っぱらって魔獣車でここまで来たという記憶をもち、そのことをボスに報告したあと気絶しろ!」

手下Aと手下Bを順番に見つめて念じていくベータ。

草陰に隠れているアルファとベータ。リーダーと手下たちが眠っている。

アルファ「時間になるわ」
と、懐中時計を見つめる。

リーダーと手下Aと手下B、順番に目覚めていく。

リーダー「……オレたちは、あいつらを焼き殺して、秘宝を落としちまったんだよな?」

手下B「はい、そうです……」

リーダー「海に落として殺す指示だったのに、なんで焼き殺しちまったんだ。おまけに秘宝を落としましたじゃあ、ボスに何て言われるか」

手下A「しかし、報告しなければ……」

リーダー「わかってる! ちくしょう、行くぞ!」

魔獣車にリーダーと手下たちが乗り、走り去っていく。

アルファ「間違いなく能力が発動してるわね」

立ち上がるアルファ。

アルファ「さあ、秘宝を奪いに行くわよ」

ベータ「ああ」

アルファ(M)「(にやりと笑んで)ここならベータに甘い考えを捨てさせることができる」
と、山の中を歩きだす。

(続く)