「セイ様から、他にお仲間がいらっしゃるという話は伺っておりません。お知らせするにしても、セイ様はまだお休みになれて――」
「ちょっとオッサン! グダグダ言ってないで、ちょちょっと呼んできてくれればいいの。ね?」
 なぜ、こいつらがここにいる!? 見知った四つの顔を目にした瞬間、クラクラと眩暈を覚え卒倒しそうになった。しかし、応対するベルゼルンにこれ以上手間を取らせてはならないと、すぐに気を持ち直して面々の前に進み出る。
「あーっ!! セイじゃないの!」
「ねぇねぇ、セイからもこのオッサンにあたしたちが『仲間だ』って言ってやってよ!? マジで全然話になんなかったんだから~」
 静かに俺を見つめるベルゼルンは、声にこそ出さなかったが「え? 本当に仲間なのか?」という眼差しが突き刺さるようだった。
「今も昔も、お前たちと仲間だった記憶はないがな。お前たちにとっても、当時の俺はせいぜい飯炊きか雑用係だったろうに」
 嬉々として歩み寄る四人に、氷点下の声音で告げれば、四人は揃ってビクンと肩を跳ねさせた。
「や、やだ!? そんなことないってば!」
「そうよ! 飯炊きと雑用の得意な仲間よ!!」
 女たちは裏返った声で、咄嗟に詭弁を口にする。良くも悪くも、強かで逞しいところは当時から寸分も変わっていない。
 勝手に特大のため息が零れた。
「……それで? お前たち、なにをしに来た?」
 俺がしたこの質問に、ここまで姦しくまくし立てていた女性ふたりに代わって、ずんぐりとひょろりのふたりが進み出た。
「た、頼みがあってきたんだ」
「リーダーを捨ててきたから、オイラたちをセイのパーティに入れておくれよ!」
 耳にした瞬間、鈍器で後頭部を一撃されたような衝撃に打ちのめされる。
 どの口がそれを言うか――! しかも、アレックを捨ててきた??
 ぐわんぐわんと目の前の景色が撓み、足が床を踏む感覚を失いそうになった。
「もちろん今度は、セイひとりに飯炊きを押し付けたりしないよ!」
「ああ、オイラたちみんなで当番にするからさ!」
 ずんぐりとひょろりのふたりは、勢い込んでさらに頓珍漢な発言を重ねる。
「……お前たち、勘弁してくれ」
 あのアレックと長年パーティを組んでいるだけあり、こいつらも頭のネジが相当に緩んでいる。
「とにかく、俺はお前たちとパーティは組まん。この屋敷にお前たちを上げるつもりもない。だからさっさとアレックを拾いに戻れ!」
 なんとか眩暈をやり過ごすと、敷地の外に続く坂道を示しながらきっぱりと告げる。
「あ」
 果たして、この「あ」は誰が発した声であったのか……。あるいは、全員が同時に口にしたのかもしれない。
 屋敷に続く坂道をよたりよたりと上ってくる襤褸雑巾のような男に、全員が口をポカンと開け、目を真ん丸にして見入った。
 ちなみに、俺たちが食い入るようにヤツを見つめるのには理由がある。なぜかヤツは……アレックは、生きているのが不思議なくらいボロボロの有様だった。
「あれ、リーダーじゃん。なんでいんのよ……ってか、あたしたちちゃんと粗大ゴミ置き場に捨ててきたよね?」
 ポツリと零されたこの言葉を皮切りに、他の面々も思い思いに口にする。
「……もしかして、回収日じゃなかった?」
「もしかすると、有料の回収券を貼る必要があったんじゃ?」
「いや、違うよ! 生ゴミに出さなきゃダメだったんだ!」
「「「おぉおおおお!! それだ!!」」」
 ……今すぐに、こいつら全員をゴミにしてやりたい。
 そうこうしている内に、這いつくばるようにしてアレックが坂道を上りきる。
「お、お前たちなにをブツブツ言っている? それより、よくも俺を置いて行きやがったな」
 アレックはよたり、よたりと、俺たちに歩み寄ると、些か覇気のない目でパーティの面々を睨みつけた。
「別に、置いていったわけじゃ……」
 ゴニョゴニョと語られた「捨てようとした」の一語は、俺の耳には届いたが、這う這うの体のアレックの耳は拾えなかったようだった。
「そうなのか? そんじゃ、俺だけはぐれちまったのか。なんでか知らねえが、ギルドに行った後からの記憶が曖昧なんだ。目が覚めた時には、壊れかかったタンスや本棚だのと一緒に処分場で高火力焼却にかけられてた。風魔力を発動して間一髪なんとか脱してきたが……」
 この段になっても、アレックは自分が捨てられたとは思っていないようだった。
 それにしても、さすが火の筆頭侯爵アルバーニ様が治めるブラスト領だ。他の領や町村では、いまだ野焼きでゴミ処理しているところも多い中、高火力焼却の仕組みがきちんと整えられている。
「途中で領民に、お前らに似た風貌のやつらがアルバーニ様の屋敷に向かってったと聞いて後を追って……って、テメェ、セイじゃねえか! セイスのくせになんでここにいやがる!?」
 アレックが語るここまでの経緯を、妙に納得しながら聞いていたら、突然奴が叫んだ。どうやら、アレックはここにきて初めて俺の存在を認識したようだった。
 俺を前にしていつもの勢いが戻ってきたのか、これまでの覇気のなさから一変し、その声は空気の澄んだ朝に不釣り合いに高い。
「アレック、声を低くしろ。眠っている皆が起きてしまうだろうが」
「ここは火の筆頭侯爵アルバーニ様の屋敷だぞ! セイスのテメェがおいそれと訪ねていい場所じゃねえ!」
 アレックは俺の忠告に聞く耳を持たず、姦しく喚き立てた。
 ――カツカツ。
 その時、屋敷の奥から玄関にやって来る新たな人影があった。
 これは……! 誰なのかは、気配ですぐに分かった。
 ――カツン。
「お主、アレックと言ったか。いかにも、ここは火の筆頭侯爵である私の屋敷。そしてセイは、この私が招いた客人だ。私の客に無礼な発言は許さんぞ」
「こ、これは火の筆頭侯爵・アルバーニ様! 恐れながら、アルバーニ様はなにか勘違いをしています。セイは、……セイは最下層のセイスです!」
 長い溜めの後で、自信満々に告げるアレックに、アルバーニ様は呆れ眼でヤレヤレと肩を聳やかした。
「かようなこと、とうに知っておるわ。二度言わせるな、セイは私の大切な客だ。そして私はお主らを屋敷に上げる気はない。いつまでも敷地内をうろちょろされるのは不愉快だ。早々に去らんと不法侵入と見なし、焼き切ってくれる!」
「ひぃいいいっ!!」
 素っ頓狂な雄叫びをあげながらアレックは腰を抜かし、他の面々は脱兎のごとく逃げだしだ。
「待て、其方ら! 我が屋敷に不法投棄はまかりならん。この者も連れて行け!」
「ヒッ!!」
 我先にと駆け出した四人は、アルバーニ様の鋭いひと声で一斉に舞い戻ってくると、床にへたり込むアレックの首根っこをむんずと掴む。そのままズルズルと引っ張りながら、五人で坂道を下っていった。
「……やれやれ、セイ。とんだ『仲間』もあったものだな?」
「お人が悪い。聞いておられたのですね?」
 面々が俺の『仲間』と主張して喚いていたのを知っているなら、アルバーニ様は俺とそう変わらぬ頃から玄関先で繰り広げられるやり取りを聞いていたのだ。おそらく、クツクツと肩を揺らし、忍び笑いを漏らしながら。
「はははっ! まぁ、少々お粗末だが滑稽ではあった。朝の余興としては悪くなかったぞ」
「……仲間だったつもりはありませんが、それでも俺を訪ねてきた奴らが朝から騒々しくして、すみませんでした。ベルゼルンも、面倒をかけてしまい、すまなかった」
「なに、お前に謝ってもらう筋合いはない。それに、私はもともと朝は早い。とうに起きておったわ」
「ええ。実を言うと私も面倒どころか、内心、彼らとのやり取りがおかしくて、笑いを堪えるのに必死でございました」
 アルバーニ様は軽い調子で答え、ベルゼルンも鉄面皮の口もとをヒクヒクとひきつらせなから口にした。……十中八九、ベルゼルンは思い出し笑いを堪えている。親しい者しか知らないが、彼はかなり笑い上戸なのだ。
「それよりセイ、せっかくだ。庭でも歩きながら少し話さんか」
「はい」
 ベルゼルンに見送られ、アルバーニ様と並んで屋敷を背に歩きだす。
 広い庭の整えられた石畳の歩行路を行けば、左右の花壇には季節の花々が咲き誇る。
 陽光を受けて花弁についた朝露がキラキラと光る様は生命力に溢れ、樹木の枝から聴こえてくる小鳥の囀りは、清廉な朝の訪れを報せる。
「セイ、今後の具体的な流れだが――」
 そんな美しい庭を進みながら、俺たちはひとつずつ現状持ち得る情報のすり合わせを行い、今後の指針を立てていく。
「アルバーニ様、最後にひとつ疑問があります」
「なんだ?」
「なぜ、アルバーニ様はこんなにも教会の内部情報に詳しいのですか?」
 アルバーニ様が一年という期間をかけて情報を集めてくださったのは分かっている。しかし、それにしても詳細すぎる。
「あぁ、それは私がネズミ……スパイだからな」
「え!? まさか聖魔法教会に潜入しているのですか!?」
「それもある。が、スパイというのは、セイ、お前のスパイというのも意味している」
 は? 俺の、スパイ??
 あっさりと告げられた台詞に、まったく理解が追いつかない。岩のように固まる俺を見やり、アルバーニ様はさらに噛み砕いて説明した。
「私はこの一年、教会内部に食い込みデラを崇拝する一味……奴らは自身を"ウノ教徒"と言っているが、私はこのウノ教徒の幹部になっている。なぜ、教会所属でない私が幹部にまで登り詰めることができたのか。それは偏に、セイ、お前の情報を売っていたからだ」
「はっ!?」
「お前の情報を餌に、より得難い教会の情報を得ていた。まぁ、要は二重スパイというやつだ」
 なんと、アルバーニ様が二重スパイ――! 思いもよらぬ事実を告げられて、目の前がチカチカした。
「ちなみに、ウノ教徒に売った俺の情報というのはどのような……?」
「そうだな。両親はかつて教会に所属していたアスラとメイリで、お前が教会に殺されたふたりの敵討ちを目論んでいること。既に新魔創生を体得し、次元操作の使い手となったこと。次元操作の威力、それから旅の予想進行ルートを伝えたか」
 ……信じられん。俺自身のことが筒抜けになっている。
 だが、俺自身のことはこの際、まるで問題ではない。問題は――。
「チナツやセリシア、アルテミアのことは?」
 尋ねる俺の声は自ずと低くなった。鼓動が煩いほどの大きさで鳴り、ジンジンと痺れるような緊張感が全身を支配していた。
 ここに至るまでの三人の成長は目覚ましかった。道中でも絶えず鍛錬を重ねた結果、三人の新魔力はますます磨きがかかっていた。
 チナは錬金術を自在に操るようになり、形ある物ならばどんな材質にだって変えてみせる。
 セリシアは再生快癒の広域発動をなし、更には身体強化・増強を施せる。
 アルテミアは重力制御を使いこなせるようになり、今では開眼して空を飛ぶことはもちろん、与える重力の大きさまで自由自在になっている。
 ……まさか、これらが全て知られているのか!?
「それは伝えていない。というよりも、私は旅半ばのお前と連絡を取っていなかったのだから、そもそもそれらの情報を知らなかった」
 あぁ、アルバーニ様という人は……。
 耳にした瞬間、ジンッと胸が熱を持つ。目の前の麗しい人への思慕が募る。
 取ろうと思えば、連絡を取る手段はあったのだ。途中で立ち寄るギルドを介したり、水鏡に近い火属性の術もある。なのに、アルバーニ様は『報告は、旅の終わりに纏めて聞く』の一点張りだった。
「やっと分かりました。あなたが旅途中の俺と頑なに連絡を絶っていた理由が」
 知らなければ、伝える必要がない。知らなければ、ウノ教徒に嘘をつく必要もない。全ては、他のウノ教徒に疑う隙を与えないため――。
「俺は今、改めてあなたの偉大さを思い知らされています」
「はははっ! こうも事が上手く運んだのは、私が初代の火の筆頭侯爵の子孫だというのも追い風だった。私だけの力ではない。それに、あちらの信用を勝ち得、情報を得るためにお前の情報もあちらに丸裸だが。……まぁ、どうせひと度相対すれば、すぐに露見することだろうがな」
「ええ。俺にエトワールの儀を行ったのは、当時はまだ役職に就いていなかったマリウス大魔導士です。セイスは、そうそう生まれるものではない。おそらく、会えば彼は俺に気づくでしょう。次元操作についても同様で、相対すれば能力はすぐに露見します」
「セイ。王都へ、オルベルに行け。向かうのは、聖魔法教会の屋外の礼拝施設から続く地下施設だ。そこが唯一、デラとの交信が可能な場所で、召喚もそこで行われる。そして召喚は一週間後、初代教祖の生誕祝賀の日の正午に行われる。六つの器も既にオルベルに揃ったと連絡を受けている。ウノ教徒は、お前を脅威と見なしている。禁忌の新魔創生をなし、ウノ至上の階級社会を揺るがすお前を、全力で潰しにかかってくるだろう」
 ……一週間。通常の移動では間に合わない。しかし、馬にアルテミアの重力制御を使い、馬脚を速めれば到着は可能だ。
 ここでアルバーニ様は一旦言葉を区切り、真っ直ぐに俺を見据えて再び口を開いた。
「ウノを頂点とする階級社会、そんなのは所詮、ウノ側の都合に過ぎん。歪な階級制度は、どうしても淀みを生む。私利私欲に走る教会幹部らがいい例だ。だからセイ、逆にお前がぶっ潰してやれ!」
 俺は両の拳を握ると、逸らさずにアルバーニ様を見返した。
「はい、アルバーニ様! 必ず成し遂げてみせます! 俺は昨夜『己に都合のいいウノ至上の楽園を維持せんがため新魔創生を闇に葬り、俺の両親を殺した教会組織を倒す。そしてウノ至上の階級社会を打破してやる』と決意を固めたんです。そこに次元獣の王・デラの思惑は関係ない。俺の目的はただひとつ。エトワールの……人間世界の歪みの是正です!」
「……セイ、ひとつ面白いことを教えてやろう。数千年前の世界大戦でレジスタンスグループを率いたセイスのリーダーの名は、なんだと思う?」
 アルバーニ様は眩しい物でも見るように目を細くして、柔らかな声音でこんなふうに問いかけた。
「いえ。俺はアルバーニ様に教えていただくまで、その世界大戦のことすら知りませんでしたから、リーダーの名前など……」
「セイという、二十歳の青年だったそうだ」
 驚きに目を丸くする俺に、アルバーニ様はフッと表情を緩ませて宙を仰ぎ見た。
「どんな運命の悪戯だろうな。この世は不思議に満ち、時に常人の予想を遥かに超える。しかし、だからこそ面白い」
 アルバーニ様は再び目線を俺に移し、ふたりの視線が絡み合う。
「さぁ行け、セイ。そして、世界を変えてやるんだ」
「はい、アルバーニ様。オルベルに出発します――!」
 俺たちはブラスト領を発ち、オルベルへ向けて旅立った。