「なんで!? わたしとお兄ちゃん、セリシアお姉ちゃんとアルテミアお姉ちゃん、でいいじゃない!」
 ウェール領から街道に出て早々、俺たちは小さな問題にぶち当たっていた。
「いいや。大人ふたりで相乗りはセリシアが大変だ。だから、俺がアルテミアと相乗りする。チナはセリシアに乗せてもらうんだ」
 当然と言えば当然なのだが、長く塔で暮らしていたアルテミアは、馬に乗れなかったのだ。
「うぅ。お兄ちゃんがそこまで言うなら……」
 チナはしぶしぶ了承し、先に馬に乗っていたセリシアから差し伸べられた手を取った。
「ありがとう、セリシアお姉ちゃん」
「どういたしまして」
 馬上のセリシアは、目深に被ったフードの下から微笑んだ。
 セリシアは、今はウェール領主からもらい受けたフード付きのローブを目深に被っていた。これならば、道中で不用意に注目を集めずに済みそうだった。
「チナツちゃん。早くひとりで乗れるようするから、今日だけごめんなさい」
「ううん。アルテミアお姉ちゃんが謝るのはおかしいよ。わたしこそ、我儘言ってごめんなさい」
 俺の手を借りて馬に乗ったアルテミアがすまなそうに告げれば、チナはしおらしく謝罪した。子供らしく率直に思いを口にしてしまうふしはあるが、素直に「ごめんなさい」が言えるのはチナの美徳だ。
 俺は馬上で俯くチナの頭を慰めるようにポフポフと撫で、自身もヒラリと乗り上がる。
 そうして俺たちは、ブラスト領へと馬首を定めた。
「あら? オルベルに行くならば、東の街道に出るのが速いのではない?」
 俺の前に横座りしているアルテミアが、怪訝そうに口にした。さすが、塔から見下ろす360度パノラマの景色を熟知しているだけあり、彼女は地理に詳しい。
 アルテミアの言うように、オルベルに向かうならば、真っ直ぐ東に進むのが最短だ。しかし俺たちは少しだけ遠回りをして、進路を東南に取っていた。
「お兄ちゃんは寄りたいところがあるんだって!」
「寄りたいところ?」
「実はお兄ちゃんって、火の筆頭侯爵様の紋状を持ってるの」
「そうなのですか!? ということは、アルバーニ様が治めるブラスト領に向かっているわけですね。けれど、筆頭侯爵様が紋状を託すのは非常に稀なこと。しかもセイさんはセイスです。過去にセイスが……いえ、ウノ以外の者が紋状を授かった例を私は知りません。セイさんは火の筆頭侯爵・アルバーニ様とどのような関係でらっしゃるのですか?」
 高位貴族の生まれにあって、チナやセリシアよりもそういった事情に精通しているのだろう。アルテミアはチナから聞かされた事実に、衝撃と興奮を隠しきれない様子で、勢い込んで尋ねてきた。
「アルバーニ様と出会ったのは、俺が次元操作を体得し、故郷の村を出て間もない頃だった。その頃の俺は能力には恵まれていたが、セイスを理由に冒険者登録はおろか次元獣の出現情報すら与えてもらえないまま、数軒のギルドで軒並み門前払いを食らっていた。そんな中でたまたま立ち寄ったのがアルバーニ様が治めるブラスト領だった」
 俺は過去を懐かしむように、目を細くして宙を仰ぎ見た。そうして当時の状況を思い出しながら、ゆっくりと口を開いた。
「……あの時、ブラスト領の城下街ブレイナスは大型次元獣に襲われていた。大きな領ゆえ、かなりの規模の守備隊が配備されていたが、大型かつ強力な次元獣を相手に苦戦していた」
「それをお兄ちゃんがやっつけたのね!」
 並走するチナが、嬉々とした声をあげた。
「結果的にはそうなるな。アルバーニ様は俺を館に招き入れ、セイスの俺に信頼の証である紋状を与えてくださった。……アルテミアが言っていたように、筆頭侯爵がセイスに紋状を与えることは通常ならばあり得ない。しかし、アルバーニ様は現状の階級社会に疑問を持ち、その是正に水面下で尽力されていたんだ。だから、セイスの俺がウノ以上の力を発現させたことも喜んでくださった」
「冒険者登録もアルバーニ様のお力添えで叶ったのですね?」
「その通りだ。おそらくアルバーニ様の後見がなければ、セイスの冒険者登録など永遠に叶わなかっただろう。しかし、セイスを理由に蔑まれ、辛酸を舐め続けてきた俺にとって、なにより感動したのはアルバーニ様の分け隔てのない心だった。魔力の属性数に関わらず対等に接してくださるアルバーニ様を支え、どこまでも付いていきたいと思った」
 彼の方について語る時、どうしても俺の言葉には熱が篭もってしまう。今の俺があるのは、アルバーニ様のおかげと言っても過言ではない。本当に、どんなに感謝してもしきれなかった。
「セイさんがそこまで陶酔なさるのです。アルバーニ様というのは、素晴らしい方なのですね」
「ああ、素晴らしい人格者だ。その上、アルバーニ様には先見の明もあった。実は、俺が旅をしながら情報を集めていたのは、両親の敵討ちを果たすという目的だけでなく、アルバーニ様の思惑もあったんだ。アルバーニ様は当時から次元獣の現れ方に疑問を持っていて、俺は秘密裏に次元獣とその出現に関する調査依頼を受けていた」
「……なるほど、よく分かりました。セイさんがこれまでの旅で集めた情報を伝えに行くのですね」
「そうだ。もちろん俺自身もアルバーニ様がこの一年で集めた教会の情報をもらう。そして出来得る対策を取ったら、敵の本拠地、オルベルに向かう」
 ここで一旦会話は終わり、カッカッという馬脚の音と頬を撫でていく風の音を心地よく聞きながら平坦に続く道を駆った。

 ひと晩野宿をし、翌夕に俺たちはアルバーニ様が治めるブラスト領に入った。
「よし、まずは城下街ブレイナスのギルドで次元獣の換金だな」
「なんだかんだで途中、全然ギルドに寄れなかったのよね。結局、今って何体いるんだっけ?」
 チナがあげた疑問の声に、俺自身も即座に答えることができず、脳内で数えていく。ひい、ふう、みい……。
「八体だな」
「わっ! 一度にこれだけ持ち込まれたら、ギルドのスタッフも驚いちゃうわね」
 実は、俺が冒険者登録をしたここブレイナスのギルドには、よく彼……ギルドマスターが入り浸っているのだ。なんとなくだが、鉢合わせするのではないかと、そんな予感があった。
「……まぁ、そうだな」
 確証はないので、チナには曖昧に答えた。
 そしてこの会話から三十分後、俺たちはギルドに到着した。馬を繋ぎ、正面入口の扉を引き開ける。
 次の瞬間、気が遠くなりかけた。
 ……勘弁してくれ!! 何故、ここにコイツがいるんだ!?
 この男との鉢合わせまでは予感していなかった俺は、思わず頭を抱えた。
「おい、アルバーニ様はどこのどいつに紋状を授けたんだ!? 本当は知っているんだろう!?」
「存じません」
 カウンター前を陣取ってまくし立てるアレックのうしろ姿と声に、横にいたチナもすぐにピンときたようで、嫌そうに眉間にクッキリと皺を寄せて俺を見上げた。
「なに、俺に秘す必要などない。……フッフッフッ! なにを隠そう俺は風の筆頭侯爵が子息、アレック・ヴェルビント様だ!!」
「どなただろうと存じ上げないものはお伝えできません」
「おいおい、ちゃんと聞こえなかったのか? ならばもう一度聞かせてやろう! 俺は風の筆頭侯爵が子息、アレック・ヴェルビント様だーっ!!」
 俺は常々思っているのだが、この白けた空気に気付こうともせず、高笑いを続ける奴のメンタルは生半可なものではない。
「ねー。あの人、抜かしちゃダメ?」
「え、ええっと。こういうのは一応順番ですから、彼がカウンターから退くのを待ちましょうか」
 衝撃に固まり反応が遅れた俺に代わって、セリシアが答えた。
「お前みてえな下っ端じゃ埒が明かねえんだよ! もっと上のスタッフと代われ!!」
 そうこうしているうちに、奴がお決まりの台詞を吐いた。……またこれか。どうやら奴は『上のスタッフと代われ』以外の台詞を持たないらしい。
 ちなみに、スタッフとのやり取りにヒートアップするアレックは、後ろに立つ俺たちの存在にいまだ気付いていない。
 その時、奥のスタッフルームの扉を開け、カウンター内に入ってくる人影があった。
「やれやれ、アレック。またお前か」
 ん!? この声は――!
「って、オッサンかよ。あんたとは、本当に色んなギルドでよく会うな。下っ端は方々に飛ばされて大変だなあ」
 アレックはギルドの長であるギルドマスターを相手に、相変わらず頓珍漢な軽口を叩いていた。
「それよりオッサン、今日は聞きたいことがあってきてるんだ。上のスタッフを呼んできてくれないか?」
「お前さんの言い分は、奥で聞いていた。アルバーニ様が誰に紋状を授けようが、お前には関係のないことだ。たとえ、お前さんが親父さんの威光を盾に迫ったところで、結果は同じだ。分かったら他の客の邪魔だ、早々に出て行け」
「っ、このっ!」
 ピシャリと切り捨てられたアレックは、肩を戦慄かせ、拳を握りしめて口を開いた。悲しいかな、奴がこの後に続ける台詞の想像がついた。
「あぁ、ちなみに俺に『上のスタッフ』はいない。俺がギルドマスターだからな」
 ところが、アレックがお決まりの台詞を吐くよりも一瞬早く、ギルドマスターがサラリと己の身分を明かした。
「なっ、なっ、なっ」
 するとアレックは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で「なっ」の一語を連発しながら、岩のように固まった。
「え? ギルドマスターとか、マジやばくね?」
「うん! ちょっとリーダー、これヤバイってば! 固まってないで早く謝って!?」
 パーティの女性メンバーのひとりに肘でどつかれたアレックは、その衝撃でグラリと傾ぐ。
「わわわ!?」
 脇にいたずんぐりが慌てて支えたアレックは、口から泡を噴いて白目を剥いていた。
 長年の顔見知り、しかも、ずっと下っ端のスタッフと思い込んでいた『オッサン』が、実はギルドの最高権力者だったのだ。これを知ったアレックの衝撃は、なんとなく察することができた。だからといって、同情の余地など微塵もないが。
「あ、あの。オイラたちのリーダーがお騒がせしてすみませんでした。今、連れて出ますんで……」
 ひょろりがアレックに代わって、ギルドマスターに向かってヘコヘコと頭を下げて謝罪する。その横をふたりの女性メンバーとアレックを担いだずんぐりが、いいそいそと行こうとして――。
「え!? セイ!」
 四人が俺に気づき、揃って足を止めた。
「待たせてすまなかったな、セイ。この間のお嬢ちゃん以外にも、今日は綺麗どころがいっぱいじゃないか。こっちで用件を聞こうじゃないか」
「やっぱりいたか、なんとなくまた会うような気がしていた」
「はははっ、新魔力に目覚めると勘までよくなるとは知らなかったな」
「いや、別に新魔力と勘は関係ない」
 俺は四人には目もくれず、カウンターから手招きするギルドマスターの元へと歩み寄る。初対面のセリシアとアルテミアがギルドマスターに丁寧な挨拶をすれば、彼はいい年こいて頬をすっかり緩ませて応じた。
「おじさん、また会ったわね! 今日もいっぱい次元獣を売りにきたよ」
 ギルドマスターと面識のあるチナも、臆せずに話しかける。
「おう、お嬢ちゃんか。今日はあんたら美人姉妹の顔を立ててたっぷりと色を付けてやらにゃならねえな」
「ふふふ。そんなこと言って大丈夫? ギルドの金庫がスッカラカンになっちゃったら申し訳ないから、正規の金額査定で十分よ!」
「はははっ! その口ぶりだと、よほどの大物を持ち込んできたとみえるな」
「うん! 大物がいっぱいよ! ここに入りきらないから、今回も外にいるわよ!」
 チナはニコニコと胸を張り、誇らしげに言う。
「どれ。さっそく見せてもらおう」
「こっちよ!」
 ギルドマスターはカウンターを出ると、外に向かってパタパタと走り出すチナに続いた。
「あらあら。チナツちゃん、待ってちょうだい」
 それをセリシアとアルテミアが足早に追う。
 俺も四人の後ろに続き、ギルドのフロアを突っ切る。そうして扉から出ようとしたまさにその瞬間――。
「ぁああああっ! テメェ、セイスのセイじゃねえか!? この間は舐めた真似しやがって! タダじゃおかねえぞ!?」
 俺の背中に向かってアレックが雄叫びをあげ、奴の下品な声がギルド中に木霊した。思わず、踏み出しかけていた足が止まった。
 ……どうやら無事、意識を取り戻したらしいな。それにしても、他人の迷惑を考えぬ、なりふり構わぬ振る舞いは、初めて出会った三年前から微塵も成長がない。
 ……ふむ。ここまで清々しいほどの唯我独尊っぷりを見せられると、いっそ頭が下がる。もちろん、俺が裸の王様に付き合ってやる義理などないが。
「オイ!? 無視してんじゃねえぞ!!」
 俺は構わずにスタスタと外に出ると、そのままパタンと扉を閉めた。
「あ、お兄ちゃん遅いよ! もう査定、出ちゃったわよ」
 なんと、俺がほんの一瞬奴に気を取られていたうちに、査定は終了したらしい。
「すまんすまん。背後から漂う邪気に一瞬足を止められてしまってな。……それにしても、ずいぶんと早かったな」
 ぷうっと頬を膨らませるチナの頭を撫でながら答えると、ギルドマスターに向き直って後半の台詞を告げた。
「これだけの次元獣を積まれたら、電卓を弾くまでもない。すまんが金庫の中にある分で負けといてくれ」
 チナの先の言葉ではないが、色を付けるまでもなく金庫はスッカラカンになってしまったらしい。
 ……まぁ、無理もない。八体もの次元獣が一日で持ち込まれるなど、どこのギルドでも想定外だ。
「なに、それで十分だ」
 本当は、金庫に少し残してやるべきかとも思ったが、今後のデラ一味との決戦には先立つ物も必要になってくる。本意ではないが、聖魔法教会内部に切り込むために、やむなく金品を撒く可能性もなしではない。他にも、戦闘への備えはもちろん、万が一教会周辺に物的被害が及べば、その修繕や補償の費用も必要になる。
「すまんな、セイ。恩に着る。この礼に、次の酒は俺の奢りだ」
 ギルドマスターは軽い口調で言いながら、入口の扉の札を【open】から【close】に掛け替えた。金庫が空っぽになってしまったため、ギルドは営業終了を待たずに閉店となった。
「すぐに金を纏めるが、かなりの額だ。少し時間がかかる、お前さんたちも一旦中で待っていてくれ」
「ああ、そうさせてもらおう」
 ギルドマスターが先頭になり、ギルドの中に戻ろうと扉の取っ手を掴む。
「ねぇ! 今の聞いた!?」
「聞いたわよ! ってか、金庫の中身全部ってセイたちどんだけの次元獣を持ち込んだわけ!?」
 すると扉一枚隔てた向こう側から、姦しく言い合うパーティメンバーの声が、少しくぐもりつつ外の俺たちにも届いた。
「わわわ!? またリーダーが泡噴いて倒れたぞ!」
「なぁ。リーダーはもう、そこらへんに捨てて行かないか。なんかオイラ、リーダーに付いていく意味、見失ってきたし」
「それ、超賛成!!」
「それじゃ、どこに捨ててく?」
 あろうことか、後半の方はアレック放置の算段だった。
 ――ギィイイイイ。
「お前さんたち、頼むからギルドの敷地内に捨てて行くのだけは勘弁してくれ」
 ギルドマスターは扉を開け放つと、パーティメンバーをジトリと見つめて釘を刺す。
「や、やだ! 聞いてたの!?」
「聞こうとせずとも、聞こえてきたんだ。さぁ、今日はもう店終いだ。出ていってくれ」
 ギルドマスターに言い放たれた面々は、しぶしぶアレックの首根っこを掴み、引き摺りながら出ていった。
 面々がギルドの庭にうず高く積み上げられた次元獣を目にしてあげた悲鳴とも歓声ともつかぬ声を扉越しに聞いた。
 ……やれやれ。騒がしい連中だ。
 そうしてギルド内で十五分ほど待てば、ギルドマスターが金貨がパンパンに詰まった革袋をいっぱいに積んだ台車を押して俺の元にやって来た。
「金庫内の全額だ。持っていってくれ」
「いきなりやって来て、搔っ攫っていくような真似をしてすまなかったな」
「なに、先だってアルバーニ様と会った時に『そろそろセイが訪ねてきそうだ』とおっしゃっていたんだ。よくよく考えれば、お前さんが手ぶらで来るはずもない。事前に金庫を満杯にしておくべきだった、それもこれも俺の読みの甘さだ」
 ギルド内にまばらに残っていた客も、先ほど最後のひとりが手続きを終えて出ていき、今は俺たち以外いなかった。
 俺は人目を気にせず次元操作を発動し、目の前の大金を一瞬で次元に収納した。
「はははっ、相変わらず便利な技だ。ところで、この後はアルバーニ様の屋敷に行くんだろう?」
「ああ、報告にあがる。……不思議なものだ。この地で冒険者登録をして旅を始めたのが一年前。なのにもう、ずいぶんと昔のことのようにも思える。同様に、アルバーニ様にお会いするのも、ずいぶんと久しぶりに感じてしまう」
「なんだなんだ? 久しぶりの再会に照れているのか?」
 ギルドマスターの茶化すような物言いに、俺はヒョイと肩を竦めてみせた。
「……だが、そうだな。彼の方には、未熟だった頃のみっともない姿を何度も見られているからな。俺は少し、照れているのかもしれん」
「おいおい。そんな初恋相手を前にしたような反応されっと、逆にこっちが照れんだろうが」
 空になった台車を返しながら答えたら、俺の反応がよほど予想外だったのかギルドマスターは驚いたように目を見開いて、早口で漏らした。
「……え? ねぇお兄ちゃん!」
 すると、横にいたチナがクイックイッと俺の袖を引いた。
「どうしたチナ?」
「なんでアルバーニ様って人がお兄ちゃんの初恋相手になれちゃうの? まさかお兄ちゃんって、男の人が好きなの!?」
 なっ!? いったい、なにがどうして俺は五歳の幼女からこんな質問を浴びせかけられている!?
 後頭部をハンマーで一撃されたような衝撃に震えながら、なんとか気を取り直すと、やっとのことで口を開いた。
「待て待て、チナ! なにを勘違いしているのか知らんが、俺は断固として男が好きな趣味はない! それからアルバーニ様はたしかに美しい女性だが、別に俺の初恋の人というわけでは――」
「うそ? うそっ!? うそーーっっ!! アルバーニ様って女の人なの!?」
 チナの絶叫が響き渡る。どうやらチナは、すっとアルバーニ様のことを男性と思い込んでいたらしい。
「あぁ、アルバーニ様は王国史上初の女性の筆頭侯爵だ。就任当時はずいぶんと騒がれたから、つい周知のものだと思い込んでいた。そうか、チナは知らなかったか。気が回らずにすまなかったな」
 果たして、俺の言葉が聞こえているのか、いないのか。とにかく、チナは全身から猛烈な悲愴感を漂わせ、くるりと俺に背中を向けた。
「いやだ。ただでさえセリシアお姉ちゃんやアルテミアお姉ちゃん、強力過ぎるライバルがひしめいてるのに。これ以上ライバルが登場しちゃったら……ぅ、うっ、うえええっっん!」
「お、おい!? チナ?」
 ブツブツと独り言ちた後、突然、泣き出したチナを俺は反射的に抱き上げて宥める。
「……実は、私も地方の教会であまり世間との交流を持たずに暮らしておりましたので、アルバーニ様が女性だとは知りませんでした。アルテミアさんはご存知だったんですか?」
「私はこれでも一応貴族子女だったし、知っていたわ。もっと言うと、セイさんの言葉にあった通りかなりの美人だともっぱらの評判よ」
「なんということでしょう。チナツちゃんが嘆くのも無理はありませんね。これは、ここにきてかなり強力なライバル登場ですわ」
「ええ。セイさんのようなタイプは侮れないないのよ。飄々としているようで、ああいうタイプが実は結構モテるのよ」
 チナを泣き止ませようと必死になっていた俺は、後ろで繰り広げられるセリシアとアルテミアの会話には気づかなかった。