季節は初夏というより、すでに夏に片足を踏み入れてるのかもしれない。

 一応、この村? 町? のメインストリートには、野菜や果物を売るお店や庶民的な雰囲気の食堂、それに旅人を泊める宿屋らしき建物も確認できる。
 それらは、レンガや石、木材からできているようだ。

 歴史に疎い洋観は、目の前に突如現れた異世界を表現する知識と教養を欠いている。

 彼に変わって解説すると、全体的な印象からは、産業革命以前のイギリス湖水地方といった風情が漂っている。

 街の通りを行き交う者は、老若男女すべて人間(ヒューマノイド)で占められ、獣人や亜人、その他の異種族の類は見つけることができなかった。
 もちろん人間に姿を宿した魔物や魔人らが紛れ込んでいないとも限らないが、そこまでの詮索は必要はないだろう。

(そういえばクロエ……?)

 後ろを振り返った洋観の目には、ひとりの小柄な美少女が無愛想な表情を浮かべて立っていた。年の頃は十四、五歳。ちょうど妹の和観と同じくらいの年頃だろうか。

「き、きみ……、もしかして和観……」
「残念。クロエだ」

「く、く、クロエだって!?」

「ジロジロ舐め回すなァ! 気色悪い。優柔不断で意気地なしのヘタレ童貞野郎が!」

 間違いない、こいつクロエだ。この口の悪さ、ふてぶてしい態度、ツンデレならまだしもツンツンツンのツンツン娘は、猫のクロエ以外にあり得ない」

 何の手違いか、クロエまで異世界転生に付き合わせてしまったらしい。

 クロエが、明らかに納得いかない不機嫌そうな態度で不承不承口を開く。

「異世界では、お前のことを知る者はいないんだから、まず自分にとっての理解者を一人でも多く味方につけることが先決だろう」
「なるほど、それもそうだ。猫にしては的確な指摘だ」

 洋観の目に最初に留まったのは、通りに面した一軒の木造二階建ての建物だった。

 その建物の玄関ドアには、薄汚れた木看板が掛けられて、そこには『医師会』と『診療所』のデザイン化された手書き文字で表記されていた。
 異世界の文字がすっと頭に入ってきたことに対しての違和感は不思議とない。
 洋観はむしろ、こういうシステムなんだと好意的に捉えることにした。