「こうなったら最後の手段だ。お前さんの唯一の理解者にして、なおかつ菩薩のような博愛精神の持ち主であり、ヨーカンの幼馴染を十年以上も務めてくれてる、桜ちゃんにお出まし願うとしよう」

 桜は、小山内家のお向かいさん。老舗の和菓子屋を営む森家の次女で洋観の幼馴染。
 家の前の道路を挟んで徒歩十秒、距離にして八メートル先に住んでいる。

 明日は和菓子店の定休日だから、前日の下準備もないはず。いつものように、家業の和菓子作りの手伝いに駆り出されることもなく、自室で読書でもして寛いでいることだろう。

 洋観の窮地にはいつも、彼に的確なアドバイスを送ってくれるありがたい存在。桜に最後の願いを託すのは、自然の流れだった。
 クロエもそのへんを期待しての、桜ちゃん頼みだが、果たして功を奏したようだ。

 数分後、洋観が息を弾ませて舞い戻ってきた。

「ひぃ、ひひひひっ! 桜のやつ見事に騙されてやんの。あいつやっぱどこか抜けてるとこがあって愉快愉快。まあそこがあいつの良いところろでもあるんだがな、あっはははは……!」

 どうやら、クロエの思惑は的中したようだ。洋観の意を組んだ桜が適当にあしらってくれたらしい。

「や~い、騙されてやんの、ば~か、ば~か、ば~~か」
 クロエはようやく胸のつかえが下りて、ほっと一息つけた心地がした。

 洋観の喜び勇む姿を見守りながら、桜が慈悲深い微笑みを浮かべている様子が想像できるようだ。微笑ましくも、難儀な役回りを背負わせるようで気が引けるが、彼女がいていくて助かったのも事実だ。


「それじゃあ、早速異世界転生の準備に取り掛かるが、その前にだ。ヨーカンの希望を聞いておく決まりになってる」

「何だ、かしこまって? しかも唐突だな。こちらの受け入れ体制もへったくれも無しか」

「ヨーカンなら説明不要だと思うが、改めて簡単な説明をさせてもらう」

 クロエの落ち着き払った言葉に、洋観も逸る気持ちを抑えて耳を傾けた。