クロエの予想に違わず、しばらくすると大きな足音を立てて洋観が戻ってきた。

「おいおいおい。この、クソニャンコ老いぼればばあ――!」

 戻ってく毎に罵倒度合いがランクアップ……いや、ダウンしてないか?

「だから、何度も言わせるな。これがホントにホントの最後だぞ」

 洋観は顔を真赤染めて、クロエの前で正座しながら次に発する言葉を待っている。

「異世界、異世界、異世界と十回いった後に、医者になるために通う場所はなに? と質問して、見事こちらの思惑通りに『医師会』と言わせたらお前の勝ちだ。そしたら、お前を願い通りの異世界に転生させてやろう、という段取りだ。当然答えは医科大学あるいは大学の医学部なんだが、思わず医師会といってしまうところに、このやり取りの面白みが隠されていてな……」

「ああ――、知ってるよ。なんだか懐かしいな~それ。むかし仲間内でも流行ったっけ、そんな言葉遊びゲーム。十回クイズだったっけ? 『ピザ、ピザ、ピザ』とか『シャンデリア、シャンデリア、シャンデリア』とかいうあれだろ?」

「どうやら、やっと正しく伝わったようだな」「それではまた和観に……」

「おいおい、そろそろ妹ちゃんも、さすがに三度目となるとまともに取り合ってもらえないだろう。入室拒否されるのがおちだ。他をあたったらどうだ?」
「それじゃあ、おふくろで試してみるか」

 洋観は勇んで風呂場の掃除をしている母親の元に駆けていった。
 そしてしばらくすると、力なさ気な足音が聞こえた。クロエの前に肩を落とした洋観がリビングルームに入ってきた。

「その様子だと、撃沈したようだな。ヨーカンのおふくろさん、ああ見えて用心深い性格だからな」

「そうじゃなくて……。自分の親ながらほとほと呆れて果てて気力も失せたわ。クロエよ、今はお前に慰めてもらいたい心境だよ、はあ~~っ……」

 元々メンタルに難のある洋観。クロエは、ちょっと心配になるくらい落ち込む洋観が気の毒になった。

「で、おふくろさんはどう答えたんだ?」

「それがな、聞いて一瞬耳を疑ったよ。本人にボケる意図が一切ないところが致命的だし、『薬剤師会』ってなんだよ。こっちの一歩も二歩も先を行った答えに、息子の僕は返す言葉もなかったわ……」

 それは違うぞ、ヨーカン。母上にからかわれてるのはむしろお前の方だぞ!