早速洋観は、ノックもせずに妹の和観の部屋に押し入った。当然、和観の逆鱗に触れてクッション爆弾の直撃を受ける。突然の来襲に警戒心を露わにしつつも、兄のムチャブリにブラコン気味の妹ちゃんは平静を装う。

 洋観は一応頭を下げ、妹のご機嫌を伺いながらクロエに教わった呪文? を和観に唱えさせた。

「やったああ――、これが異世界への入り口なのか~~」

 ……んん? まだここ和観の部屋じゃんか。
 転生失敗なななの?

 全く効果なし。変化なし。

 異世界転生は叶わない。

「あれっ? 話違わなくない?」

 洋観ががっくりと肩を落としてリビングに戻ってくると、クロエが涼しげに前足で顔を洗っている。

「おい。猫!」
「ね、猫って……。一応君らに付けられたクロエって名前があるんだけど」

「やい、クロエばばあ――。いくら、待っても異世界からのお呼びがかからないんだが、これは一体どういう訳なんだ!?」
「お前の慌てん坊振りは年々悪化してるんじゃないのか?」

「あああ――っ! こんなクソ猫の言葉を信じた僕が馬鹿だった!」

「おい、ヨーカン。言うに事欠いて、クソ猫とは聞き捨てならん……が、まあ世話になってる身で偉そうなことをいえる立場でもないしな。ここは矛を収めるとしよう」

「お前の方こそ、気安くヨーカンって呼び捨てにするんじゃない。さっさと僕を夢の異世界へ連れて行きやがれ!」

「まあまあ、まずは落ち着きなさい。初めに、決められたルールに則って粛々と手順を踏まないと、願いが叶わないといったばかりだぞ」

「そ……そうなの?」
 
「話を最後まで聞いてから行動に移す習慣を付けないと、未来永劫おっちょこちょい癖はお前に付きまとうことになるぞ」

「まあ、それは僕も悪かったと思う。大いに反省する。で、話をもとに戻して何だって? その呪文のような文言だが」

 両手(前足)で頭を抱える動作で失望感をアピールするクロエ。

「はあ……、まあいい。もう一回いうぞ。医師会じゃなくって、異世界、異世界、異世界をだな……」

「よし分かった。異世界を十回だな!」

「おい、だからその後に……って聞いちゃいいね――っ。、ああ、どうせしばらくすれば、また血相変えて大慌てで舞い戻ってくるのは目に見えてるがな」