「『右利きなのに左利き用のギター弾いてるよ』って、あのとき口走った僕の願いがこんな形で回収されるとは……」

 右利きの洋観だったが、この世界では左利きになっているのはすでに日常生活で経験済みだ。
 歯を磨くのは左手。スプーンやフォークを持つときも左手。オナ……はまだこちらの世界に来てからは自粛中だから不明……。
 クロエも同じ部屋で生活を共にする同居人だし、プライバシーが保たれてるとはいい難い環境下だし。

「徐々に、この世界で生きていく術を理解し始めたようだな」

 それまで、黙って洋観の買い物に付き合っていたクロエがポツリと呟いた。

「ク、クロエ、お前いつから……?」
「いつから? 一緒に店に入っただろ? おかしなヨーカン。まあ、どうせいつもの変な妄想に酔いしれてたんだろ?」

 必要以上にキョドった反応を見せた洋観に対して、不審そうな視線を向けるクロエだが、すぐに背を向けると店内をぶらぶらし始めた。

(こいつ、人の心が読めるんじゃないいだろうな? 注意するにこしたことはなさそうだ)

「ああ、それからクロエ。店のおやじがお前に何かプレゼントがあるっていってたぞ。行ってみるといい」
「ほんとか? なんだろう、アンティークな首輪とか、マタタビ入クッキーだといいな」
 
 すまんクロエ、許せ。
 飼い主の僕に免じて許してくれ。
 決してお前を売ったわけじゃないんだ、信じてくれ!
 
 
 ギターを手に入れた洋観は、早速簡単なメンテナンスを前日の就寝前に済ませた。

 多少音に淀みがあるのに目を瞑れば、それなりの音色を奏でてくれる程度には調整できたはずだ。
 
 ギターを手に入らたからには、弾かないわけにはいられないのが、ギター弾きの性分だ。

 翌日の昼休み。
 診療所での午前の業務を済ませた洋観は、二階の居候部屋からギターを持ち出してきた。

 クロエは、裏にの木陰で横になってお昼寝中だ。
 身体は人間を成りをしていてもやっぱり猫の資性は如何ともし難いらしい。
 手を(前足)で顔を隠しながら眠っているのを見てると、リビングで気持ちよさそうに居眠りしていた頃のクロエを思い出して、洋観は少し感傷的になった。

 診療所で働く女の子たちも、思い思いに昼休みのひと時をのんびり過ごしている。