下着が燃やされてしまったので、俺は家で新しいパンツを作ることにした。全自動ミシンよろしく裁縫をする俺を、全裸に葉っぱを巻いたソプラノが興味深げに見ていた。
「すごいですわ。こんな練度の高い裁縫スキルは初めて見ました。これは何を作ってるんですの?」
「パンツだ」
「これがパンツ……随分と薄い布を使うんですわね」
「ちょっと。あんたら近づき過ぎなんだけど」
甲冑に着替えた小笠原はため息をついた。
「離れなさいよ。そんな葉っぱ姿ではしたない」
「そしたら、私の甲冑を返してくださいまし」
「やーだね。大事な魔導書まで燃やしやがって」
「気合が入ってしまいまして。それにしても召喚の魔導書ですか。それは貴重なものを燃やしてしまったんですの」
しょんぼりと落ち込んだ様子で、ソプラノは肩を落とした。
聞くところによると、召喚の魔導書はこの世界で相当貴重なものらしい。他の魔導書と違って作り手が限られている。この辺りで手に入る見込みがないという話だった。
「本当に、何とお詫びしたら良いか……」
「気にするな。また探せば良い。ほら、このパンツ。履いてみるか?」
「これは……わたくしにですか?」
「あー! 何でそいつの先に作ってるのよ!」
「服がない人間が先だ。次はメリイ」
「わーい」
「小笠原は最後だ」
「むうう」
「我慢しろ。大人だろ」
俺が渡した黒い上下の下着を、ソプラノは不思議そうに引っ張ったりしていた。
「生地が柔らかいですわ……着てもよろしくて?」
「もちろん」
「では。失礼して」
「うむ」
立ち上がったソプラノが、巻いた葉っぱに手をかける。白い肌が見えた。
「四谷っ。目を閉じろっ」
小笠原から殺気を感じたので、ギュッと目をつむる。
「着替えました……これは……」
目を開けると、黒い下着姿に着替えたソプラノがいた。小笠原より小ぶりでシュッとしている。長くて白い手足に下着の黒が、良く映えている。
「軽い……ですわ……」
「だろう」
「ぴったりフィットする感じがあります。しかし不快感はありません。以前のものよりも包まれているような気さえしますわ」
しばらく下着の調子を確かめていたソプラノは、すごく満足そうに微笑むと、俺の手を握った。
「これはすごい……! すごいですわ!」
「そんなに感動しちゃったかあ。もはや職人だなあ、俺」
「はい! 四谷……いえ四谷さま! もし良かったらこれからも私のパンツを作ってくださいますか!?」
「良いぞ。どんど来い、セクシーパンツ」
「嬉しい! 大好きですわ!」
歓喜したソプラノが抱きついてくる。
これは悪くないと思っていると、ガシャンと大きな音がした。振り向いてみると、甲冑の小笠原が自分の肩のあたりの鋼鉄を破壊していた。
隣で順番待ちしていたメリイが怯えている。
「ななちん……」
無表情なのが尚更怖かった。自分のパンツを手に入れた小笠原は、俺を追い出して、いつもの制服姿に着替えていた。
「で? どうしてくれんの?」
着替えが終わったようなので部屋に戻ると、小笠原が鬼のような顔でソプラノに詰め寄っていた。
「私、帰れなくなっちゃったじゃない」
「そうは言いましても。あれは事故と言いますか……」
「ふうん。開き直るんだ」
バンと手近にあったコップを握り潰すと、ソプラノは「ひっ」と怯えた顔をした。
「ぷるぷる」
「ななちん、怖いです」
「メリイまでこの女の味方するんだ」
「そ。そんなつもりじゃないです」
「おいおい。やめろやめろ。そんな好感度が下がる行動ばっかりするの。みんなに嫌われてしまうぞ」
「知るか。ギャルゲじゃないのよ」
ぷんすかした様子の小笠原に、ソプラノは胸に手を当てて言った。
「小笠原さま。魔導書は必ず探してみますわ」
「違う魔導書でも帰れるのか?」
「はい。還送魔法に関しては問題ないはずですわ」
聞くと、召喚魔導書から召喚される使い魔は完全なランダムらしい。還送魔法は他の魔導書でも替えがきく。
ソプラノの説明だと、小笠原が出て来たのは本当にたまたまだったようだ。
「新しい召喚魔導書は必ず見つけてみます。ホストマキア家の名に賭けて」
「もしやアテがあるの」
「はい。我が家は財こそないものの、剣の腕と人脈に関しては、他家に引けを取りませんから」
「人脈ねえ」
「貴族、各地の商会長はもちろん。王族にだって顔見知りがいますの。この情報網を持ってすれば、魔導書のひとつやふたつ、絶対に見つけてみますわ」
自信ありげに言ったソプラノは、改めて俺の手を握った。
「こんな素晴らしい下着までもらったのです。四谷さまのためにも、見つけてみますわ」
「良いけど。何でそんな四谷にべったりなのよ」
「あっ……ひょっとして小笠原さまと四谷さまは婚姻関係なのですか?」
言葉もなく小笠原が甲冑の左肩を破壊すると、ソプラノは「ああっ」と声をあげた。
「わたくしの一張羅がっ」
「下着もらったんだから良いでしょ。つーか、何よ、四谷は四谷で。黙りこくっちゃって」
俺の方を見ながら、小笠原は言った。
「どうかしたの?」
「いや。考えたんだけど。ソプラノ、商会に顔が効くって本当か?」
「はい。護衛任務の縁で懇意にしてもらってますわ」
「あのさ。商品の売り込みとかできるかな」
「提案はできると思いますが……何を売り込みますの?」
聞かれて、ソプラノが着ている下着を指差す。
「この下着を売りたい」
「わあ! 素晴らしいと思いますわ!」
「ちょっと、それ本気?」
「ああ。メリイやソプラノの反応を見て確信した。この下着は売れる」
この世界の下着文化はレベルが低い。市場で売られているのは、オムツみたいなものがほとんどだ。薄い布を使った可愛いデザインのものが少ない。
「需要はあるんだ。俺は下着市場に革命を起こす。新規事業開拓だ。ソプラノ、俺と一緒にブルーオーシャンに乗り出そう」
「は、はい!」
「いつからそんな気鋭の若手社長みたいになったのよ……」
「コンセンサスをイノベーションしてファルシのルシをパージしてコクーンする」
「???」
「理解しなくて良い。さあ、早速やるぞ」
その後、夜なべでサンプルの下着を編んだ俺は、ソプラノの知り合いの商会と面談した。5つの国との交易を担っている大きな商会だった。気に入られれば、大量発注に繋がる。
やり手の商売人だと言う浅黒で白い歯の男は、俺が履いたパンツを引っ張りながら目を丸くしていた。
「これは……新しい……」
「全5色です。現在、蛍光ピンクも開発しています」
「……wonderful……」
商談は大成功。500枚のパンツの大量発注に繋がった。ついでにメリイのおしっこ茶も推薦してみた。これも好評だった。四人で協力して、大量のパンツとおしっこ茶を作り、何とか発注に間に合わせた。
何と一週間で全て売り切れたそうだった。
荷台に山と積まれた報酬の金貨を見て、メリイは唖然としていた。
「ひー……ふー……みー……もう数えられません」
「ざっと百万は下らないだろうな。裁縫スキルを使い過ぎて、手がミシンみたいになった」
「すごいわね……まさかこんなことに売れるとは……」
「これでダンジョンに入れるな」
ウキウキしながら金貨を片付けようとすると、頭の上から「ぺっぺけぺー」とラッパの音がした。
「何、今の音?」
「これはスキル獲得の合図ですね。多分、四谷だと思います」
「お。【商才】獲得だってさ」
「初めて聞くスキルです! 鑑定してみましょう!」
メリイが差し出した鑑定魔導書に手を置いてみる。空中に青い文字が浮かんだ。
【商才・・・イノベーションをデザインすることができる】
ぽわんとした説明文だった。
「どう言う意味なんでしょう……」
「さあ」
「ざっくりしてるわね」
すごくざっくりしたスキルを手に入れた。