獣の森は、タマゴ町の周辺にあるポピュラーなダンジョンだ。日中の踏破難度は最低ランクのE。近所のおじいちゃんが山菜を取りに行って帰ってくることができるレベルだ。この辺に住むほとんどのモンスターは基本的に夜行性で、昼間は寝ている。
「確か、ここで落としたと思うんですけど」
背の高い木のところで、メリイはうろうろしていた。この前、ゲラゲラフタクチに襲われた地点だ。辺りを探してみたが、魔導書は見当たらなかった。
「ないです」
「ねえ。何かそう言う魔法とかないの。なくしものを探す魔法」
「残念ながらメリイは持っていないです」
「えーもー。疲れたー」
小笠原はため息をついて、倒れた木の幹にどかっと腰を下ろした。
「むし暑いし。サーティワンのチョコミントが食べたいんだけど」
「わがままな奴だな。しゃきしゃき探せ。俺はラムレーズンが食べたい」
「うわあセンスな……ちょっとメリイ? 何でパンツを見せているの?」
「すーすーして気持ちが良いのです」
ローブをたくし上げてひらひらさせながら、メリイはイチゴ柄のパンツを見せていた。
「四谷の作ったパンツは最高です。これを着てしまったら、もう前のパンツには戻れません」
「あれ暑そうだったもんね」
「文明開化してしまったようだな」
「たかがパンツで……」
小笠原は呆れたように言った。
その後も森の中を探したが、魔導書は見つからなかった。日が高くなるに連れて気温はあがり、ほとんどサウナと変わらないくらいだった。
「さすがにしんどいわね……」
だらだらと流れる汗を拭いながら、小笠原は言った。
「シャワー浴びたい」
「シャワーってなんです?」
「水浴びよ。なんかそう言うのないの?」
「水浴び! それならあります!」
ぽんと手を打つと、メリイは進む方向を変えた。草をかき分けて進んでいくと、水の流れる音が聞こえてきた。
「ここです。メリイのシークレットスポットです」
たどり着いた場所は緩やかな流れの川だった。透き通った水は、小さな魚も泳いでいた。ちょうど草陰に隠れていて、危険なものも見当たらない。メリイは早速服を脱いで、ざぶざぶ水に入り始めた。
「気持ち良いですよー!」
はしゃいだ声で、メリイは水しぶきをかけてきた。冷たくて気持ちが良い。確かに水浴びにはうってつけの場所だった。
「良いわね」
「良いな」
小笠原はチラッと俺のことを見た。考えていることは同じのようだ。
「公平にジャンケンで決めましょう。どっちがさっきに入るか」
「おし。最初はぐー……じゃんけん……ぽん」
負けた。
「私の勝ちー」
「使い魔のくせに生意気だぞ!」
「はいはい。見張りよろしくねー」
へへへと笑いながら、小笠原は俺を追い出した。草の向こうから小笠原たちのはしゃぐ声が聞こえる。
大きい葉っぱの影で涼みながら、水浴びする二人の妄想にふけっていると、今までになかった強い突風がひゅうと吹いた。
涼しいなあと思っていると、小笠原たちのいる川の方から、
「きゃー!」
と大きな叫び声が聞こえた。顔を出すと、服を脱いだ小笠原がパニックった様子であわあわしていた。
俺と目が合うと、小笠原は慌てて身体を隠した。
「きゃー!」
「おお…………」
「何ぼやっとしてるの! 緊急事態!」
河原の石の方を、サッと指差した。
「服、取られた!」
着ていたものをそこに置いていたらしい。メリイと小笠原の二人の衣服がどこにも見当たらない。
「なんか変な狸みたいのが横切って、持ってっちゃったの!」
「多分、スリイタチです。突風にまぎれて、色んなものを盗んでいくんです」
「追って! 早く!」
多分もう間に合わないだろうなあ、と思いつつも、何かやっておかないと後で怒られそうなので急いで走り出す。
スリイタチはめちゃくちゃ脚が速いと聞いたことがある。ガサガサと何かの影のようなものを見たが、すぐに見失ってしまった。
円形の広場みたいなところに出る。大きな風船みたいな植物が生えていた。どうしたもんかと、途方に暮れていると、かすかな声が聞こえた。
「もし……そこの旅人さん……」
声がする方を振り向くと、大きな花のつぼみから人間の頭が出ていた。肩まで伸びた銀髪の少女だった。
「よろしければ、助けていただけないでしょうか」
「助ける?」
「ご覧の通り、食べられているのですわ」
頭をもぞもぞさせながら、銀髪の少女は言った。
「フウセンカと言う植物ですわ。お腹の空いた獣を甘い蜜で誘い込んでぱっくり。大きな動物でしたら、50年くらいかけて、ゆっくりと消化液で溶かしていきますわ」
「穏やかじゃないな」
「そうなのですわ。この消化液が生温かくてピリピリして。それがちょっと気持ち良い部分もあるんですの。あ……ジュっとする……あっ……あっ」
目を細めて、少女は恍惚とした表情をした。とんだ変態野郎だ。
頭を持ってすぽーんと引き抜くと、ベトベトになった少女は、服を若干溶かされてしまっていた。
「ああ、わたくしの一張羅が……」
「今日は良く服をなくした女が出てくるな」
「それも運命かもしれませんね。旅人さん。感謝しますわ」
すくっと立ち上がると、少女はペコリとお辞儀をした。背丈は俺よりも小さい。ヒラヒラとしたスカートが半分くらいなくなっている。甲冑と大きな剣は無事なようだった。
「ぜひ。お礼をしたいですわ」
「お礼ねえ」
「これでも腕に自信はありますの」
さっきまで植物に食べられた人間が言うには、説得力のない台詞だった。
「いた!? 見つけた!?」
ガサガサと草をかき分けて、小笠原とメリイが現れた。
服の代わりに、大きな葉っぱをタオルみたいに巻きつけていた。二人の姿を見て、銀髪の少女は驚いたような顔をした。
「獣の森に未文明の住人がいたんですの? 失礼、人語は解します?」
「何よこいつ」
「拾った」
「あらまあ。旅人さんのお知り合いでしたの。てっきり先住民かと」
ニッコリと笑って、少女はお辞儀をした。
「申し遅れました。わたくし。ソプラノ・ホストマキアです。この度は助けていただき感謝しますわ」
こちらも名前を名乗る。メリイはぽかんと口を開けて、ソプラノのことを見ていた。
「どうした、メリイ」
「びっくりしたです。メリイは知っています。ホストマキアは有名な剣聖の家系です」
「そうなのか?」
「ええ。ちなみに、わたくしは次期当主筆頭ですわ。とても偉くて強いのです」
「本当かなあ」
「証拠に演武でもお見せしましょうか?」
ちゃきりと剣の柄に手を掛けるソプラノに、事情を説明する。スリイタチの名前が出ると、彼女はこくりとうなずいた。
「それくらいおちゃのこさいさいですわ」
「本当!? 私の下着がどこにあるか分かる?」
「はい。スリイタチは習性として、一箇所に盗品を集めます。風上にいけば、自ずとたどり着くはずですわ」
そう言うと、ソプラノは指を立てて風の方向を確かめた。「こっちですわ」と歩き始めた彼女の後ろに続いていく。木々を抜けたところに、小さな洞窟の入り口があった。
そこにさっきの狸みたいな奴が群がっている。
「キー! キー!」
「あー! こいつらだ!」
「スリイタチは元来、とても臆病な性格ですわ。追っても無駄です。入りましょう」
その言葉の通り、俺たちが入っていくと、スリイタチはあっという間にいなくなってしまった。メリイが明かりを灯すと、洞窟の奥に大きなゼリー状の物体があった。
「何だこれ」
「スリイタチの金庫ですわ。メスの個体から分泌される唾液が、すごくプヨプヨしてるんですの。それで盗んだものを膜のように包んでいると言うわけです」
「あー! 私の下着!」
「メリイのローブもあるです!」
「ビンゴだ。ん……おい、あれって」
ゼリー金庫の中は宝石類や食料もあった。手当たり次第盗んでいるらしい。その中のひとつに古ぼけた本があった。
「魔導書! 召喚魔法の魔導書です!」
メリイが大きな声で叫んだ。手を伸ばして取ろうとすると、膜にポヨヨンと弾かれてしまった。
「ふええ……気持ち悪いです」
「人の手は受け付けないようになっています。剣で切っても形状記憶なので、元に戻ってしまいますわ」
「じゃあ、どうすれば良いのよ」
「弱点は記憶済みですわ」
俺たちを後ろに下がらせて、ソプラノはおもむろに剣を抜いた。白銀の剣がきらりと闇に浮かぶ。
「炎属性付与」
ぼうっとソプラノの手のひらが赤く燃える。その炎を彼女は撫でるように剣先に滑らせた。
剣がみるみるうちに、炎に包まれていく。
「なるほど、金庫の弱点は火です!?」
メリイが興奮したように叫ぶ。
無言でうなずいて、ソプラノは剣を振りかぶった。
「断罪剣」
ソプラノの剣から業火が放たれる。辺りを覆い尽くす炎は、あっという間に、ゼリー金庫を溶かしていった。さすが、有名な剣士というだけある。
勢いそのままに、炎は中に入っていたものを次々と燃やしていく。下着と魔導書にぼうっと火がつく。
「え……?」
呆然とした声が漏れる。
「私の下着……」
「メリイの魔導書……」
「お前、嘘だろ……」
凄まじい威力の炎で、どうすることもできず、全ては灰になった。
下着も魔導書も焼失した。
しばらくして火が収まっていく。くるりとこちらを振り向いたソプラノは、コホンと咳払いをして言った。
「失礼。わたくし、少しうっかりしたところがありますの」
許してくださる? と首を傾げたソプラノに、つかつかと小笠原が歩いていく。そのまま押し倒して、ソプラノの甲冑を外し始めた。
「きゃー! 何するんですのー!」
「うっさい! 服を寄越せっ!」
「脱がさないでくださいましー!」
「身ぐるみはがすですっ」
小笠原とメリイに甲冑と下着を取られたソプラノは、葉っぱを巻いて俺たちの家まで帰った。