家を出て、店なんかが多いタマゴ町という集落へと歩いていく。流石に学校の制服姿でうろうろする訳にはいかないので、小笠原には俺の服に着替えてもらうことにした。
「町に出たら、可愛い服が欲しい」
つぎはぎの布で作ったお下がりを着ながら、小笠原はため息をついた。
「下着とか売ってんのかな」
「女性用の下着はどうなんだろなあ。メリイ知ってるか」
「メリイがいつも履いてるのはこれです」
そう言ってスカートをたくし上げたメリイは、分厚い布のパンツを指差した。
「うわ暑そう。それ、むれないの?」
「すごくむれます!」
「嫌だなー。て言うか早くしまいなさい。変態が見てる」
俺から隠すように小笠原は、メリイの服を戻した。
「これしかないのかあ」
「俺が作るか」
「え? 作れんの?」
「もちろん。そのための裁縫スキルだ」
ズボンを下ろして、小笠原に自分のパンツを見せる。
「手製のブリーフだ。材料を買って作った。薄布だから通気性抜群だ」
「……むれない?」
「裁縫スキルは伊達じゃない。触ってみるか?」
無言でうなずきながら、小笠原は俺のパンツを引っ張って素材を確かめていた。
「本当だ。……分かったから、早くしまいなさい」
大人しくズボンをあげる。
「四谷って器用だよね」
俺が引きずっている荷車を見ながら、感心したように小笠原は言った。
「これとか。何、瓶の中に……葉っぱ?」
「ハーブだ。小笠原もさっき飲んだだろ」
「ああ。あの……」
「メリイのおしっこ茶です」
「言わなくて良いから」
「その名前の方が売れそうだなあ」
「そうだったとしても絶対にやめなさいよ。人格を疑うわ」
瓶の一つを手に取って、小笠原は首を傾げた。
「これ売るの?」
「おう。金稼がないと飯も食えないだろ」
「メリイは四谷に色々と助けてもらっているんです。薬草栽培のスキルは珍しいから、四谷の作ったハーブは高く売れるんです」
「ただの趣味スキルじゃないのね」
「はい! メリイはお父さんがいなくなってから、ニワトリの卵を売っていました。でも卵はみんな持ってるから、そんなに高く売れないのです」
「大変ね……。お父さん、冒険者って言ってたけれど。もうどのくらいいないの?」
「1年です」
メリイは沈んだ顔で言った。
「難度Aのダンジョンに潜ってから、メリイのお父さんはもう1年便りがないのです」
家を出る前にメリイは小笠原に「お願い」を言っていた。
ダンジョンには難易度がある。獣の森は難度C。メリイの父親は難度Aのダンジョンに出向いたまま帰ってきていない。難度Aになると、入るだけでも許可が必要になる。メリイひとりで探しに行くことは無理な話だった。
「私で役に立てるなら良いけれど」
「役に立ちます! ななちんはすごく強いので!」
メリイの言う通り、小笠原ほどの実力があれば、難度Aのダンジョンでも余裕で踏破できる。ダンジョンの全モンスターを合わせても、53万レベルには届かない。事情を聞いた小笠原はあっさりと承諾した。メリイは嬉しそうな顔で微笑んだ。
「じゃあ、さらっと探しに行きましょうか」
「あ。でも難度Aのダンジョンは許可がないと入れないです。通ろうとしても、強い門番さんがいて門前払いさせられてしまいます」
「強い門番? 私、倒せるかしら」
「脳筋め……」
「え? そう言うことじゃなくて?」
「倒すのは良くないです。門番さんはお仕事をしているだけなので。許可を取れるようになれば良いのです」
「じゃあどうすれば良いのよ」
小笠原の言葉に、メリイは懐から薄っぺらい財布を取り出した。
「必要なのは……マネーです」
と言うわけでタマゴ町の市場に着いた。
この辺の集落では一番大きい。大通りに伸びるマーケットでは十数の露天がひしめき合っている。空いた場所を見つけて、そこで店を広げることにした。荷台の前にのぼりを立てる。
「店なら他にもいっぱいあるけど。売れるの、ハーブ?」
「まあまあ売れる」
「常連さんがいるです」
近所のおばあさんや、通りがかりの旅人に、メリイのおしっこ茶を売っていく。今日の売れ行きは、いつもより少し良かった。
「ひー、ふー、みー……だいだい5000マネーくらいだな」
「これなら、ななちんの服も買えますねえ」
「え。良いの? 服見てきても?」
「もちろんですよう」
メリイに言われて、小笠原はご機嫌な様子で服を買いに歩き始めた。
普段着る服とは生地やデザインも違っているので、楽しそうな顔をしていた。メリイの父親のお古で済ませている俺とは大違いだ。
「ねえねえ、四谷。どうこれ。似合うかな」
ひょっこり現れた小笠原は、赤茶色のスカートと厚底のブーツ、白い羽織りものをしていた。
「良いんじゃないか。しかしブーツはぺったんの方が良い気がするが」
「やっぱり派手?」
「ん? 走る時に動きにくいだろ?」
「ああ……」
小笠原はぺったんのブーツに履き替えた。スカートもショートパンツになっている。さっきよりもタイトな服装になっていた。なんか不機嫌そうだった。
「下着は四谷にお願いする。しゃくだけど」
「どんと来い、セクシーパンツ」
「普通の作らないと吹っ飛ばす。ねえ、余ったお金どうすんの?」
「もちろん食糧を買います!」
メリイが食料品店に駆け込んでいく。3人分のパンと干した肉。それでもう今日稼いだ金はすっからかんになっていた。
「差し引き、ほぼゼロか」
「その難度Aのダンジョンに入るにはいくら必要なの?」
「50万マネーです」
「気が遠くなりそう……」
ゲンナリしたように小笠原は肩を落とした。
「それでも借金取りをぶっ倒したので、これでお金を貯めることができます」
「それでもねえ……なんか上手い方法ないのかな」
「あるぞ。ダンジョンだ」
町の外にある辺境地域、ダンジョン。そこに行けば珍しいものがたくさんある。手に入ったものを売れば、ハーブなんかとは比べ物にならないお金が手に入るはずだった。
「明日はみんなでハナハナさんを探しに行くです」
「ハナハナ?」
「万病に効くと言われる薬草です。粉にして売れば5万マネーは下らないです」
「へー、すごいじゃない」
「と言うわけで明日は獣の森に行こう。魔導書を拾わないといけないしな」
「獣の餌になってなきゃ良いけど」
小笠原は心配そうに言った。