翌朝。
風呂場で震えながら横になっていると、メリイがやってきて毛布を被せてきた。
「風邪ひきますよ。四谷ぁ」
心配そうな顔でのぞき込んできたメリイは、ペタペタと俺の肌に触れた。
「冷たくなってます」
「死ぬかと思った。小笠原は脱いだのか?」
「脱いでないです。どうしてななちんは脱がないんでしょう」
「大人になるとな、純粋さを忘れてしまうんだよ」
「かわいそうです」
もぞもぞと俺の毛布に潜り込みながら、メリイは言った。サラサラの金髪を撫でると、くすぐったそうにクスクスと笑った。
「四谷の手、氷みたいです」
ふっふっふっ、と笑いながら、メリイの身体にぺたぺた触った。きゃー、とか言いながらメリイは楽しそうな顔をしていた。
ああ温かい。
「ところで小笠原は何してるんだ」
「ななちんなら部屋の片付けをしています。あと、朝ごはんを作っています」
「そういえば、良い匂いがするなあ」
肉を焼いている匂いがした。
家に戻ると、小笠原がキッチンに立っていた。無事に乾いたのか、学校の制服に着替えていた。
「床、気をつけてね」
おはよう、と足元を指差しながら小笠原は行った。昨日小笠原が破壊した床とテーブルは板で補強されていた。
「カッとなってやったから直しといた。お詫びに朝ごはんも作った。材料の使い方、間違ってないよね」
「スクランブルエッグにベーコンにトーストだと? すげえな。お前は俺の嫁か?」
「は、はあ? 調子に乗らないでよ。早く食べなさいっ!」
テーブルについて、小笠原が作ってくれた朝ごはんを食べる。見た目だけはなく、味も良かった。
「どう? 美味しい?」
「美味しいですよ」
「うまいなあ。久しぶりにまともなものを食べた」
「そ、そう? 調理器具ないからどうなることかと思ったけど。気に入ってもらえたのなら良かった」
お礼に庭で育てているハーブのお茶を食後に出した。「何これ。美味しい」と小笠原は目を丸くしていた。
「初めて飲む味。すっきりするね」
「頑張って育てたんだ」
「メリイが毎日おしっこをかけてるです」
「……聞かなきゃ良かった」
「ちゃんと洗ってる」
「当たり前でしょ! ……んで、これからどうすんの? ずっとここにいる訳にもいかないでしょ。元の世界に帰るあてはあんの?」
「それがなあ」
「召喚魔法に使った魔導書を獣の森に、落としてしまったのです」
口の周りにケチャップをたくさんつけたメリイは、はあとため息をついた。
「あそこに還送魔法の方法もやり方も書いてあったです。還送魔法がないと、使い魔を元のところに戻せないです」
「魔法が当然のようにあるのが、まず理解できないんだけど」
「ななちんと四谷の世界には魔法がないです?」
「ないし。そもそも別世界なのに何で日本語通じてるの?」
「それも色々あるんだ。言語翻訳っていうスキルがあって……」
「あー……そう言うゲーム的な……」
「小笠原はゲームしないのか」
「私? あんまり。ストリートファイターくらい」
「II?」
「II」
「うお……渋……」
「うっさい。それしかやったことないの」
ちびちびとカップに口をつけながら、小笠原は言った。
「じゃあ、また昨日の森に行けば良いじゃない。そもそも、何であんな物騒な場所にいたのよ」
「あ、しまった! そうでした!」
「メリイ、どうかした? 急に立ち上がって」
「今日、取り立ての日でした! どうしましょう!」
「取り立て?」
ちょうどその時、ゴンゴンと大きくドアがノックされた。メリイの顔がサッと青ざめた。
「邪魔するぜえ」
ドアを蹴破るようにして入ってきたのは、ガタイの良い狼男だった。頭も腕も灰色の毛むくじゃらだった。背が高く、体格も俺の数倍はある。
入って来た男を見ながら、小笠原は驚いたように言った。
「何あれ。被り物?」
「本物だよ。獣人族」
「へえ。ちょっと後にしてよ。今、こっち話してんだけど」
「は? なんだぁ、てめぇ……」
「あんたこそ何よ」
小笠原の言葉に、ニヤリと笑いながら狼男は返した。
「何って。借金の取り立てだよ。困るんだよなあ。金、返してもらわないと。なあ、メリイちゃん」
「あ。あはは。明日じゃダメですか」
「はっ。そう言うこったろうと思ったぜ。だめに決まってんだろ?」
「うう……」
狼男は薄笑いを浮かべながら、今度は小笠原に値踏みするような視線を向けた。
「良いぜ。代わりにこいつをもらっていく。性格はあれだが。身体は良いなあ。高く売れそうだ」
「あー……そう言うこと。良いわよ」
小笠原がカップを置いて立ち上がる。拳は見事なグーに握られていた。
「ストップ。小笠原」
声をかけると、ムッとした顔で振り向いた。
「何よ」
「軽くデコピンくらいにしとけ」
「デコピン?」
「良いから」
不服そうにデコピンを構えながら、小笠原はゆっくり近づいていった。
「は。女が。やる気か? 言っておくが俺のレベルはさんじゅ……」
パアン!
凄まじい衝撃と共に、小笠原のデコピンを受けた狼男は視界から消えていた。地面には大きくえぐれた跡がある。吹っ飛ばされた狼男は、はるか向こうでピクピクしていた。ギリギリ生きてそうだ。
「はー……」
「だから言ったろ。石でモンスターの頭吹っ飛ばすんだ。本気で殴ったら、今頃あいつはバラバラに吹っ飛んでた」
「確かに。デコピンで良かった」
小笠原は呆然とした様子で自分の指を見ていた。