血まみれの小笠原から距離を取りながら、俺たちは家に帰った。ハナハナは見つからなかったが、怪物に遭遇して命あっただけでも良しと言うべきだろう。

 町から少し離れた丘の上にメリイの家はあった。家と言うよりかは小屋と呼んだ方が良いかもしれない。ごちゃっとした部屋には、干した肉とかが無造作にぶら下がっている。

「絶対にのぞかないでよね!」

 小笠原は家から離れた風呂小屋に向かっていった。風呂と言ってもシャワーなんてものがある訳ではなく、ブリキを組み立てたドラム缶みたいな風呂だった。

 興味はあったが、石でもぶつけられて頭がパキュンしたら洒落にならない。俺は大人しく干した肉をかじりながら待つことにした。

「これ何です?」

 目を離している隙に、メリイがひらひらとした布切れを持ってきた。どう見ても小笠原のパンツだ。白の生地に赤い花柄だった。

「薄くてヒラヒラしてます。髪飾りです?」

「それはなあ下着だ」

「下着! こんな薄いものが下着! 小笠原は貧乏なんですねえ」

 同情するようにうなずくと、メリイは大事そうに懐にしまった。

「この紐みたいなものは何です?」

 そう言ってメリイが取り出したのは、どう見てもブラジャーだった。ピンクのフリルが付いていた。

「それも下着だ。胸を隠すやつ」

「メリイは付けてないんですが」

「メリイはまだ子どもだからな。大人の女はみんな付けてるんだよ。布巻いたりしてさ」

「ほー。初めて知りました。確かに小笠原の胸は大きかったです」

「だろう。ああ言うの。巨乳って言うんだ」

「巨乳ですかあ」

「巨乳はおっぱいに栄養を取られて心が狭いんだ。それも早く返してきたほうが良いぞ」

「もうちょっと遊びたいです」

 その他にも色々と持ってきたらしく、メリイは小笠原の服や下着をパズルみたいに並べて楽しそうに遊んでいた。

 そういえば小笠原が着るものがないじゃないかと思っていると、ドアを蹴破って、小笠原がタオル一枚を巻いた状態で現れた。

「てめえ。このガキしばく」

 とても怒っていた。

「人の服盗むなんて上等じゃない……」

「はわわわわ」

「待て待て。メリイは何も知らなかったんだ」

「大事にしまってありますう」

「しまうなっ」

 パンツを取りあげた衝撃で、メリイがかぶっていた帽子がぽーんと取れた。

「あれえ」

 帽子でまとめていた金髪がぱさりとなびく。良くできた人形のようなメリイの顔があらわになった。大きなブルーの瞳から涙をこぼして、メリイはしくしくと泣き出してしまった。

 小笠原が驚いたように言った。

「ええ? この子、女の子だったの?」

「あーあー。泣かした泣かした」

「しくしく」

「ごめん。まじでごめん」

 小笠原は申し訳なさそうに、メリイの頭を撫でた。

「ごめんねメリイちゃん。お姉ちゃん、カッとなっちゃって」

「四谷の言うとおり、巨乳は心が狭いです……」

「お前、この子に何教えてんだ?」

 殺気。
 ヒュッと鳥肌が立った。

 メリイを盾にしながら、着替えのありかを指差す。チッと舌打ちして小笠原は風呂場に戻っていった。まるで暴風雨だ。良く見るとドアノブも破壊されている。

 しばらくして、小笠原が俺の服を着て戻って来た。下着類は火で何とか乾かしたらしい。疲れた様子で大きなため息をつくと、小笠原は隅っこでうずくまった。

 その隙に俺はメリイと一緒に風呂場に行って、互いの背中を洗いっこした。それにしても実に長い夜だった。

「さあ寝るか。疲れた」

「疲れたです」

「待ちなさいよ」

 小笠原は部屋の隅で、まだ不機嫌そうに体育座りをしていた。長い髪はまとめてポニーテールにしていた。

「状況を説明しなさい。詳しく」

 小笠原は、ご機嫌斜めな表情をされていた。

「一体、ここはどこで。何なの?」

「ここはメリイのおうちです」

「そう言うことじゃなくて」

「ところで巨乳は何て名前です?」

 小笠原は「はあ」とため息をついて返した。

「小笠原。小笠原奈々」

「お……な……な。ななちん」

 口をモゴモゴさせたメリイは、ニコッと小笠原に笑いかけた。

「ななちん。さっきはありがとうございました。おかげで助かりました」

 笑顔を向けるメリイに、小笠原はむずがゆそうな顔をした。

「い。いや……私こそ。お風呂と服をありがとう」

「ななちんは、すっごく強いんですね」

「そんな、たまたまよ。良く分かんないけど」

「俺からも。ありがとう、ななちん」

「あんたは普通に呼びなさい」

 残念だ。

 足を組み替えて、床にあぐらすると、小笠原はずいっと身を乗り出してきた。

「で? どう言うことなの? マックでダブルチーズバーガー食べようとしてたら、森の中でワニに喰われそうになったんだけど?」

「ダブルチー……って何です?」

「カロリーが高い。運動しないと太ってしまう」

「余計なお世話だっ」

 小笠原は拳でバガンと床を叩き割った。

「ひええ……」

 腕力が半端ない。無駄に怒らせないほうが良さそうだ。
 と言う訳で洗いざらい小笠原に白状した。ここが異世界であること。召喚魔法で小笠原を呼び出してしまったこと。

「どうして私が呼び出されたの?」

「分からん」

「分からんです。召喚魔法に使った本もうっかり落としてしまいました」

「はあ……そっか」

 てっきり怒られるかと思っていた。腕の一本や二本を覚悟したが、意外にも小笠原は微笑みながら言った。

「まあ良いわ。役には立てたみたいだし。行方不明のあんたが無事だって知れたし。良かった」

 目をキュッと細めて微笑む姿は、普段の小笠原では見られなかった表情だった。こうして見ると、確かに可愛い。

 まじまじと見つめすぎたのか、小笠原はすぐに怪訝そうな顔をした。

「な。何よ。こっち見て」

「いや小笠原ってさ」

「う。うん」

「いわゆるツンデレなのか?」

「調子に乗るなっ!」

 小笠原は真っ赤な顔で、また床を叩き割った。やっぱりツンデレじゃないかと思ったが、このままだと足の踏み場がなくなってしまう。

「ふわあ……」

 家主のメリイは疲れてすっかり眠くなってしまったのか、大きなあくびをした。

「眠いです」

「そうだな。もう寝るか」

「どこで寝るの?」

「あいにく毛布はひとつしかない」

 ふわふわの毛布を広げる。この辺りの夜は冷え込むから、毛布だけは良いやつだ。

「みんなでこれを共有して眠る」

「3人でってこと?」

「嫌か? 嫌なら俺は風呂場で寝る。すごく寒いけど頑張る」

「う、うーん……」

 悩んだ顔をした小笠原だったが、ちょっと頬を赤くするとコクリとうなずいた。

「し。仕方ないわね。まあ、そう言うことなら仕方ないわ。3人で一緒に寝ましょう」

「よしきた」

「わーい」

 嬉しそうな顔をしたメリイが、シャツのボタンを外してズボンを下ろし始めた。

「ちょっと何で、メリイは服脱いでるの?」

「んー? 寝るときには服脱ぐのは常識です? ななちんは脱がないんです?」

「は? 脱ぐ訳ないでしょ! ちょっと四谷、何であんたまで脱いでるの!?」

 上半身裸になった俺を見て、小笠原は大きな声で叫んだ。

「郷に入ったら郷に従えと……」

「バカじゃないの!?」

「そうは言ってもなあ」

「毎晩、一緒に寝てます」

「毎晩……」

 鬼のような顔をすると、小笠原はドンとテーブルをたたいて破壊した。

「このロリコン変態野郎!」

 その晩、俺は小笠原に毛布とメリイを取られて、ひとり風呂場で寒い夜を過ごすことになった。