帰ってから二週間くらいは大変な騒ぎだった。捜索願も出されていて、俺が行方不明になった山では大規模な捜索もおこなわれていたらしい。それがひょっこり家に帰ってきたものだから、家族含めて、警察にもさんざん質問された。
今までどこで何をしていたのか。何を食べていたのか。どうやって下山したのか。どうして連絡しなかったのか。
異世界にいたと言える訳もなく、記憶があやふやだと言うことになった。令和の神隠しだと、ネットニュースにもなった。
「本当にもう。心配だったんだからね。お兄ちゃんのせいで大変な騒ぎだったんだから」
今年、中学一年になる妹はぷんすかと怒りながら言った。
「捜索隊だって出してもらったし。ヘリだって飛ばしてもらったんだから」
「すまねえ。お金めっちゃかかっただろ」
「それに関しては心配しなくて良し」
妹は何やらスマホの画面を見せていた。ゼロがたくさん書いてある数字がデンと出ている。
「何だこれ?」
「クラウドファンディング。まあ寄付金だよね。お兄ちゃんが行方不明だから助けてくださいって。これで全部賄った。むしろプラスよりで儲かった」
「すげえな……お前、商才あるよ」
「褒めても何も出ないよ。でさ。本当のところ、何してたの?」
妹はジッとこっちを見ながら言った。
「もしかして違う世界に行ってたとか? 本当に神隠し的な?」
「はは、あはは……」
「そんな訳ないか」
まあ帰ってきて良かったよ、と嬉しそうに妹は微笑んだ。その後しばらくは登山は禁止になってしまった。
一ヶ月くらいすると周囲の噂も落ち着き、普段通りの生活が始まった。校庭の隅っこに建てたテント兼部室で、のんびり昼寝をしながら過ごす。昼食を食べながら寝転んでいると、誰かが入ってくる音がした。
目を開けると、小笠原が俺の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、四谷」
「おはよう。何か用か」
「用って訳じゃないけど」
テントの隅にちょこんと座った小笠原はボソリと言った。
「今日の放課後、空いてる?」
「空いてるけど」
「じゃあ。いつもの場所ね。よろしく」
それだけ言うと、小笠原はひょこひょことテントから出て行った。
俺に召喚されたせいで、小笠原は家出したと言うことになっていた。それはそれでかなり話題になったらしいが、一週間もすると落ち着いた。
異世界に行って戻って来たが、日常はそう変わりはしなかった。神隠しの件で取材を受けたりするのは疲れるので、それはそれで助かる。
放課後になって、小笠原と落ち合った。
黒いタイツと、ショートパンツとTシャツ。長い髪は束ねて、動きやすそうな格好で小笠原は立っていた。待ち合わせ場所は学校から近い交差点だった。
小笠原の手にはボストンバックがあった。
「随分と大荷物だな」
「うん。着替えとか。泊まりで行くつもりだし」
そう言うと、小笠原は俺が背負う登山リュックに目をやった。
「四谷こそ荷物多過ぎじゃない?」
「おやつとか。向こうにはないだろ」
「うわー……太りそー……」
目的地に向かって歩きながら、色々な話をした。小笠原とは異世界から帰ってから、ちょくちょく話すようになった。クラスの奴らからは、何があったのか、と質問されるようになった。話によると、小笠原の表情は前よりも明るくなったらしい。
「家族には何て言ったの?」
「キャンプに行くって。小笠原は?」
「友達の家に泊まるって言った。最近、ちょっと怪しまれてるんだよね」
「俺も妹に怪しまれてるんだよなー……」
お兄ちゃん彼女できた? と妹に突っ込まれたのはつい今朝の話だ。
その件に関しては適当にはぐらかしている。
バスに乗って移動して、町の中心から少し離れたところにあるガレージについた。
登山家だった父が用品を入れるのに使っていた古い倉庫だ。扉のシャッターは厳重に南京錠で閉ざされている。
ポケットを探ってみるが、南京錠の鍵がなかった。
「どうかした?」
「悪い。鍵、忘れた」
「どこ? 学校に?」
「家に」
「あーあ。そしたら壊すよ。取ってくるのめんどくさいでしょ」
そう言うと、小笠原は手で南京錠をひねった。金属製の南京錠は粘土のように折れ曲がると、バキッと音を立てた。
「これで良し」
「躊躇がないな」
「鍵忘れるのが悪いの」
小笠原が片手を使って、ガラガラとシャッターを開ける。このシャッターも本当は結構重いはずだった。
異世界から帰ってくる時、俺たちはひとつイレギュラーを起こしてしまっていた。本来、還送魔法で帰すはずだった小笠原をゲートに通してしまった。
おかげでステータス上、小笠原は俺の使い魔になっているようだった。あの規格外なSTL値もそのままで、小笠原は現実世界を謳歌していた。
「一回この力に慣れちゃうとやめられないよね」
と恐ろしいことを言って、小笠原はガレージに入って行った。広くないガレージの中央の床に、ぐるぐると渦巻く黒いものがあった。
ゲートだ。
その先にうっすらと小さな小屋が見えている。草をつむ金髪の少女の姿が横切る。
「あ。ちょうどいるみたいだね」
早速、小笠原がゲートに飛び込む。続いて飛び込むと、ぐるりと視界が反転した。目を開けると、昼下がりの緑の庭に立っていた。
草を摘んでいた少女に声をかける。
「メリイー!」
俺が呼びかけると、メリイはパアッと顔を輝かせて抱きついて来た。
「四谷、ななちん。おかえりです!」
嬉しそうな顔をしたメリイは、ぴょんと俺に抱きついてきた。