ワームテールのソリから降りて、地面に着地する。1時間もかからず到着した。色々と砂漠対策用品を持ってきたけれど、全部いらなかった。

「変な感じね」

 天の大三角をジロジロと見ながら小笠原は言った。黒いガラスには自分たちの影が反射されていた。

「ダンジョンっていうかオブジェみたい。何でこっちの世界にもピラミッドみたいな建物があるの?」

「ピラミッドって何です?」

「石でできたお墓なんだけど、本当に形がそっくりなのよね」

「このダンジョンはもともと、異界人が作ったと言われています」

「ますます異世界に繋がりそうな気配がするな」

 ぐるりと一周回ってみる。どこもかしこも、ツルツルとしたガラスだ。

「とりあえず入り口はどこだ」

「それっぽいものは、ありませんわね」

「叩き壊してみる?」

 ゴンゴンと壁を叩く小笠原を、トパーズが慌てた様子で止めた。

「そ、それはいけません! 中にいる魔神の封印が解けてしまうかもしれません!」

「魔神?」

「はい! このダンジョンははるか昔に、魔神を封印したダンジョンなのです」

「そういや、ミンミン師匠がそんなこと言ってたな」

「は、入り方なら知っています。任せてください」

 トパーズは壁に手を置くと、ぶつぶつと聴き慣れない呪文を唱え始めた。

「アラ・カンブラ・フレイア」 

 壁の一部が緑色に輝き始める。トパーズが手を置いた場所が、丸い形に開いていく。

「おお、開いた」

「ここが入り口です」

「トパーズはこのダンジョンを良く知っているんですね」

 メリイが聞くと、トパーズは浮かない顔でうなずいた。

「……でも、ここからどうなっているかボクも分かりません」

 入り口は地下へと向かう階段になっていた。中は真っ暗で、不思議なことにメリイの杖で光を灯しても明るくならなかった。

「不気味な雰囲気ね」

「なんか出てくんのかな」

「ちょっと押さないでよ」

「何か見えてきましたわ」

 急に視界が明るくなってきた。大きな石室だった。かがり火が炊いてあって、厳かな雰囲気がする。中央にあったのは、巨大なスフィンクスの像だった。

『通りたければ。我が問いに応えよ』

 スフィンクス像がくぐもった声を発する。小笠原はハッと大きな声を出して言った。

「なんかこう言うの聞いたことある! ほら、なぞなぞ出すやつでしょ!」

「ななちんは分かるです?」

「まっかせなさい!」

 ずんずんと小笠原が一歩前に出ると、再びスフィンクス像が声を発した。

『では質問。今履いているパンツは何色?』
 
 空気が凍る。

「これは……セクハラですわ!」

「死ねー!」

 小笠原が言い返すと、像の目が赤く光った。

『ブッブー 不正解』

「めちゃくちゃだ!」

「きっと元々、正解させる気なんかないのですわ!」

 間髪入れずに、スフィンクスから一筋の光線が発射される。赤い光線はバリバリと石の床を破壊していった。ぱっくりと割れた下には、真っ暗な空間が広がっていた。

「うわー!」

「落ちるです!」

「メリイ、こっち!」

 小笠原がメリイの手をつかむ。落とし穴になっていたようだ。

「わあああああああぁあ」

 穴に落ちた小笠原とメリイの姿が見えなくなる。慌てて追いかけようとしたが、こっち側も地面が割れて別の穴になっていた。

「四谷さま!」

 ソプラノが寄ってきた。逃げようとしていたトパーズも、一歩遅れて落とし穴に落ちていく。中はつるつるとした滑り台だった。

「わー!」

 玉ヒュンするくらいの猛スピードで、しばらく落ちていったところで、薄暗い石室みたいなところに落下した。

 トパーズとソプラノ以外、見当たらない。完全に小笠原たちとははぐれてしまった。

「四谷さま。大丈夫ですの!?」

 俺の上にソプラノがまたがってきた。

「息をしていらっしゃいます!?」

「大丈夫」

「息をしていない。大変ですの」

「大丈夫」

「人工呼吸を……」

 ソプラノの唇が近づいてくる。どうも聞く気はないようだ。

「あの。そうも言っていられません」

 トパーズの声でハッとソプラノが顔を上げた。カチャカチャと鎧のような音が近づいてきている。

 目を凝らすと、落ちた場所は円形の部屋だった。近づいてきているのは、俺の背丈は二倍あろうかと言う鎧だった。

「何だあれ。トパーズ。鑑定頼めるか」

「あ、はい!」

 トパーズの右目が輝いて、相手のステータスが現れた。

【闇の騎士(ギミック)】
【レベル・・・634】
【STL・・・320】
【MGL・・・324】
【習得スキル・・・不屈】
【習得魔法・・・膂力(りょりょく)強化
        行動倍速】


 ステータスを出した後、トパーズはぶるぶると震え上がった。

「レベル600台……!? け、桁違い過ぎる……」

「逃げるか」

「出口がありませんわ」

「となると、小笠原は……」

 耳を澄ませると、どこからか建物が崩れる音がしていた。おそらく小笠原が壁を壊している音だろう。残念なことに、だんだんと遠ざかっていく。

「厳しいな」

「も、もうおしまいです……」

「あのモンスターめちゃくちゃやる気満々だな」

 闇の騎士はバカでかい剣を構えて、こっちに向かってきていた。話も通じなさそうだし、見逃す気もなさそうだ。

「四谷さま、ここは私にお任せください」

「行けるのか」

「はい。剣技において、わたくしが負けるわけないですわ」

「でも……」

 隣にいたトパーズが恐る恐る右目を光らせた。


【ソプラノ=ホストマキア】
【レベル・・・296】
【STL・・・149】
【MGL・・・137】
【習得スキル・・・剣舞】
【習得魔法・・・炎属性付与
     ・・・雷属性付与
     ・・・水属性付与
     ・・・風属性付与】
 

 現れたステータスにトパーズはぶんぶんと首を横に振った。

「む、無理ですよう。レベルが二倍以上違います……!」

「勝負はレベルだけではないですわ。まあ、見ててくださいまし」

 ふっと笑いながらソプラノは歩き始めた。

 闇の騎士と対峙すると、ソプラノは剣を構えた。ここはソプラノを信じるしかない。

「さあ、かかってこいですの!」

 ソプラノが敵を挑発する。

 それに合わせるように、闇の騎士が動き始めた。行動倍速だ。目にもとまらぬ速さで、敵は間合いに入り、剣を振りかぶっていた。

「あ、危ないっ!」

「ふっ!」

 ギリギリのところでソプラノが剣を合わせる。円形の空間にギインと重い音が響く。

「グ……」

 崩れたのは闇の騎士の方だった。

 黒いかぶとの面がぱっくりと割れた。対するソプラノは傷一つない。剣をおさめて、ヒラリとこっちを振り返った。

「剣技・(からだ)合わせ。相手の攻撃の威力を利用するカウンターですわ」

 相手の行動を予測して剣を構えていたらしい。ソプラノは嬉しそうに手をふった。

「どんなもんですわ!」

「す、すごいです」

「ソプラノ、すごいぞ!」

「もっと褒めてくださいまし!」

 もっと褒めたいところだったが、すぐにそんなことを言っていられなくなった。

 嬉しそうな笑顔を振りまくソプラノの後ろで、大量のかちゃかちゃ音が響いていた。

 闇の騎士だ。

 見ると、その数は30はいた。