お酒は飲めないので、オレンジジュースを頼むことにした。酒場のマスターはこの辺の治安が悪くなったことを、悲しそうに嘆いていた。

「さっきの奴らも半分、盗賊みたいなもんでねえ。お代もまともに払わないこともあるし。困ったもんだよ」

 はあ、とため息をつきながら、マスターは荒れた店を片付け始めた。

「で? 何か聞きたいことがあるのかい」

「マスターはこの辺で泊まるところを知ってます」

「ああ。知り合いの宿を紹介してあげようか」

 三軒先の宿屋を紹介してもらった。これで寝る場所は大丈夫そうだ。 

「後、天の大三角っていうダンジョンのことは……」

「噂には聞いたことがあるけれど、場所まではねえ。さっきの奴らなら知ってるかもしれんが」

 マスターは困ったように言った。小笠原と顔を見合わせる。

「地道に探すしかなさそうね」

「そうだな。時間はかかるかもしれんが」

 帰ろうかと立ち上がると、さっきの魔眼のトパーズが声をあげた。

「ボ、ボク、知ってます。天の大三角の場所」

「知ってるんです?」

 メリイの言葉にトパーズはコクリとうなずいた。

「は、はい。大体の場所なら分かります」

「本当? 案内できる?」

「もちろんです。むしろボクなんかで良ければ……」

 助けてもらったお礼がしたい、と言うことでトパーズに案内してもらうことにした。

 紹介してもらった宿屋に行くと、外観は古かったが中は綺麗だった。白髪のおばあさんが出てきて、案内してくれた。

「3部屋空いてるよ」

「5人いるからね。部屋分けどうしようか」

「わたくしは、四谷さまと同じ部屋でも良いですが……」

「ダメよ。あんたは私とメリイと一緒」

「じゃあ俺はトパーズと一緒かな」

「んんん……トパーズって男の子?」

「どっちもです」

「別れた方が良さそうね」

 結局、ひとりで寝ることになった。小さな個室に案内されて、すやすや寝ていると、夜更けに誰かが布団に潜り込んできた。

「メリイか。どうした」

 流石に裸ではなかったが、メリイは俺の腰に腕を回すと、ギュッと抱きついてきた。

「……四谷、メリイは気がついてしまったのです」

「ん?」

「帰り道が見つかったら、四谷は帰ってしまうんですよね」

「そうなるな」

「そしたら。もうお別れですか?」

 メリイの言葉に思わずハッとなる。これで現実世界に帰ることはできたとして、またこっちの世界に来れるとは限らない。

 もしゲートが一方通行だったら、メリイやソプラノとはもう会えないかもしれない。

「メリイは嫌です」

 腕の力がギュッと強くなる。

「四谷と離れるのは嫌です」

「俺も嫌だよ」

「帰らないで欲しいです。でも、帰らないと行けないのは知っています」

 ぐしぐしとメリイは俺の顔をこすりつけた。

「メリイは悲しいです……」

 メリイは声もなく泣き始めた。涙でじんわりと服が温かい。その晩はメリイの頭を撫でながら眠りについた。

 どうにかならないものか。

 答えが出ないまま、いよいよダンジョンに出発することになった。トパーズの案内で砂漠の東へと向かった。

「すごいわね……」

 先の見えない砂漠を見ながら、小笠原は息を吐いた。さっきの町で日避け用のベールを買ってきた。灼熱の大地は、影になるものはほとんどなかった。どこまで行っても黄土色の砂漠だ。

 フードを目深かにかぶりながら、トパーズはずっと先の方を指差した。

「天の大三角はずっと東にあります。大体ここから丸一日歩けば着くと思います」

「丸一日か……小笠原キャノンなら3分かな」

「私だけ行ったってしょうがないでしょ。帰るのはあんたなんだし」

「そうだなあ。とりあえず歩くか」

「あ、待ってください。この砂漠には……」

 トパーズが声を上げる。
 みると、地面がボコボコとうねりを上げていた。何かがいる。

「何だ……?」

 うねりはますます大きくなってくる。後ろに下がると、すぐ足元から大きな口をぱっくりと開けた、蛇みたいなモンスターが飛び出してきた。

 ぐおおおおと声を上げてこっちに迫ってくる。

「うわわ。ワームテールです! メリイは初めて見ました!」

「でかいですわ!」

「て、天の大三角の周りは、ワームテールの巣になっているんです! 奴らは地面の振動で獲物を察知しているんです!」

 トパーズが右目の魔眼を光らせる。ワームテールのステータスが明らかになった。

【ワームテール】
【レベル・・・125】
【STL・・・95】
【MGL・・・30】
【習得スキル・・・振動感知】
【習得魔法・・・なし】


 なかなか強い。
 うなり声を上げて、ワームテールが迫ってくる。小笠原がその胴体を蹴り飛ばすと、ワームテールはその場で伸びてしまった。

「い、一撃……」

 気絶したワームテールを見て、トパーズは呆然と呟いた。

「強過ぎる……」

「ねえ、四谷。考えたんだけどさ」

 何を思ったか、小笠原はワームテールを見下ろしながら言った。

「こいつに乗っていくのはどう? ダンジョンの周りが巣なんでしょう。じゃあ勝手に連れてってくれるんじゃない?」

「乗っていくたって、どうやって? こいつ地面に潜るぞ」

「それを考えてよ。ほら、デザインをイノベーションする力」

「イノベーションをデザインする力」

「どっちでも良いけど」

 小笠原は肩をすくめた。

 アイデアとしては悪くないかもしれない。

 トパーズからワームテールの生態を聞く。基本的に地面の浅い部分を進んでいくらしい。

「そしたら、ソリを作ろう」

「ソリ?」

「砂漠の砂はサラサラしてよく滑る。だからワームテールを紐で縛ってソリをくくりつける。そしたら巣穴まで引っ張ってくれるだろ」

 トナカイを操るサンタさんみたいな感じだ。

「それは素晴らしいアイデアですわ!」

 早速、ソリを作り始める。小笠原にその辺の木を板にしてもらって、俺は裁縫スキルで伸縮性の高い縄を作った。これなら、ある程度地面に潜っても、紐が切れることはないはずだ。

「こんなもんだろ」

「メリイはワクワクしてきました!」

「振り落とされないように、しっかりソリに捕まってるんだぞ」

 しばらくして目を覚ましたワームテールは、慌てたように走り始めた。紐がピンと張って、ソリが砂丘を走り始める。

「しゅっぱーつ!」

 メリイが大きな声を上げる。
 加速したソリは、結構なスピードで上下にぐわんぐわんと揺れた。捕まっているだけでやっとだった。

「全然快適じゃないです!」

「本当は小笠原に引っ張ってもらった方が安定するんだけどな」

「それはなんか絵面的に嫌だ」

「酔ってきましたわ」

 それでも徒歩で行くよりは全然速い。焼けつくような日差しも、風があるのであまり気にならない。

「こ、こんなの初めてです……」

 トパーズはソリにつかまりながら、ぷるぷると震えていた。

「こんな方法で砂漠を横断するなんて、ボクは聞いたことがないです……!」

「すごいだろ。イノベーションをデザインする力だ」

「イノベーションを……デザインする……」

「結局何なのよ。そのスキル」

 結局何なのかは良く分からない。そもそもスキルなのかどうかすら怪しい。しかしトパーズは俺のことを尊敬するような眼差しで見てきた。

「四谷さんはすごいんですね」

「いやあ、それほどでも」

「……すごいなあ……ボクなんか……」

 トパーズは思い悩むような表情をしていた。どうかしたか、と声をかけようとすると、トパーズはハッと何かを見つけて指を指した。

「見えてきました。あれです。天の大三角」

 前方にぼんやりとした影が見えてきた。思っていたよりも早く着いた。その建物は綺麗な三角形だった。

 小笠原がボソリと呟いた。

「あれ、ピラミッドよね……」

 その言葉通りだった。 
 近づいていくと、ますます形がはっきりしてきた。天の大三角は、黒いガラスのような材質でできた巨大なピラミッドだった。