ミンミン師匠は大会の後、南の隣国に行っていたらしい。広大な国土の半分近くが砂漠のアルビア王国だ。

「そこに伝わるクナンチャという武道の流派があるのだが。なかなか曲者でな。身体を自在に伸ばしたり、口から火を吹いたりできるんだ」

「どっかで聞いたことあるような気がするな」

「ダルシムね」

「それで、異世界へのゲートを見つけたんですの?」

「うむ。正確には噂に聞いただがな。未踏(みとう)ダンジョンの深部だ」

「未踏ダンジョン?」

 聞くとメリイが説明してくれた。

「誰もまともに探索できていないので、ランク付けができないのです。なので、未踏ダンジョンは危険度も未知数になっています」

「なるほど」

「つまりミンミン師匠でも踏破できなかったんですの?」

「うむ、見事に弾き飛ばされた。あれは手強いぞ。地元の人間は『天の大三角』と呼んでいる。そこに伝わる伝説があってな」

 魔神を封印したと言われる伝説があるらしい。その魔神は異界への門を作ろうとしていたらしいが、伝説の大賢者のよって邪魔をされて失敗した と言うことだった。

「四谷、どう思う?」

「行く価値はあると思うな」

「ミンミン師匠、『天の大三角』はどこにあるんですの?」

「……砂漠の真ん中らへんだ!」

 アルビア王国の地図を広げてみると、砂漠はめちゃくちゃデカかかった。

「さっぱり分からないわね」

「ミンミン師匠は一緒に来られないのですか」

「そうしたいところだが、あいにく仕事が入ってきてしまった! 近くの村から急伝で盗賊の捕獲を頼まれた! そうだった! 今、思い出した!」

 慌てたように立ち上がると、ミンミン師匠は走って家を出てしまった。

「行っちゃった」

「どうするです?」

「向こうの地元の人間なら知ってるかもな。とりあえずアルビア王国に行ってみようか」

「また旅行ですね! 楽しみです!」

「留守番はどうする? またセバスに頼めるかしら」

「もちろんですわ。セバス!」

 ソプラノがパンパンと手を叩くと、ドアからセバスが顔を出した。

「お呼びで」

「今までどこにいたのよ……」

「ソプラノさまのために、常に駆けつけられるように待機しております。お留守番ですか?」

「そうですわ。お願いして良いかしら」

「はい。もちろんです」

 ついでにキッチンの片付けもお願いして、俺たちは旅の支度を整えた。アルビア王国に着くまで半日はかかる。国境に宿場町があるらしい。そこで情報収集と、泊まるところを探すことにした。

 行きの道はあまり人気もなく、行き交う人も登山家みたいな荷物を背負った人ばかりだった。その装いに、どことなくシンパシーを感じる。

「なんかごっつい人が多いわね」

 動きやすい軽装に着替えた小笠原は、キョロキョロと辺りを見回していた。

「穏やかじゃない感じがする」

「アルビア王国はモンスターの出現率が多いのですわ。なので実は町の周囲を歩くのも命がけだったりしますわね」

「何も出てこないけど」

「ななちんにビビって出てこないのでしょう」

「私は虫除けスプレーか……」

 歩く道もだんだんと柔らかい砂が混じってくる。宿場町に着いた頃には夕方になっていて、辺りはほとんど砂漠みたいな感じだった。

 粘土で作ったみたいな灰色の建物が並んでいる。

「メリイは歩き疲れました!」

「とりあえず情報収集がてら泊まるところを探しましょうか」

「となると酒場だなあ。定石的に」

「私たち未成年だけど」

「聞くだけなら大丈夫だろ」

 とりあえず賑やかそうな酒場に入ってみる。中は人でごった返していて、ゲラゲラと笑いながら酒を飲んでいた。見るからにいかつい人間が多い。

 聞いてもまともに答えてくれなさそうなので、カウンターにいる優しそうな丸顔のマスターに聞いてみることにした。

「あのー」

「何だい」

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

 聞こうとすると、向こうの席から大きな声が遮ってきた。

「なんだなんだ! ガキがこんなところに!? 遠足かあ!?」

 振り向くと、見るからに冒険者らしい一団だった。5人くらいの大男たちは、みな鎧を着てテーブルの上に脚をかけて、ふんぞりかえっていた。

 顔に傷のあるツンツン頭のリーダー格っぽい男が、ニヤニヤ笑いながら言った。

「迷子かよ。おうちまで送ってやろうか?」

「いや。天の大三角っていうダンジョンを探しているんだが、知らないか」

「は? お前らが!?」

 男は吹き出すように笑い始めた。

「勘弁してくれよ! ランクAの冒険者ですら帰ってこれない未踏ダンジョンだぞ!」

「ガキは小便して寝てなあ!」

「ワームテールの餌になら、してやっても良いぞ!」

 酒場中の人間が馬鹿にしたようにゲラゲラ笑った。

「何よ、こいつら。ムカつくわね」

「ははは、言うねえ! おい! 荷物持ち! この女、見てやれ!」

 ツンツン頭が呼ぶと、酒場の隅でうずくまっていた小さな人影が顔をあげた。青白い顔をした子どもだった。

「こいつはなあ珍しい奴隷なんだ。鑑定の魔眼を持っていて、お前らのクソみたいなレベルでも測ってくれる」

「魔眼?」

「無詠唱で魔法が使えるんです。メリイは初めて見ました」

「まずは生意気そうな茶髪の女からだあ! レベル次第じゃ、俺の奴隷にしてやっても良いぜ!」

 ツンツン男の合図で、子どもの目が光った。空中に小笠原のステータスが現れた。


【小笠原奈々(使い魔)】
【レベル・・・531234】
【STL・・・531234】
【MGL・・・0】
【習得スキル・・・言語翻訳】
【習得魔法・・・なし】


 沈黙の後で、ガシャンとグラスが割れた。ツンツン頭は大きな声をあげた。

「な、何だこいつはあ!? レベル53万!?」

「鑑定がぶっ壊れてんじゃないのか!?」

「そうに違いねえ!」

「いや俺。き、聞いたことがあるぞ」

 テーブルに座っていた一人がぶるぶると震えながらいた。

「バナナ島の運動大会でミンミンを吹っ飛ばして、無名の素人が優勝したんだ。その名前が……オガサワラ……」

「何い! あのミンミンを!? 嘘だろ!?」

「俺も聞いたことがあるぞ! 拳で海を割ったらしい!」

「50人殺したって!」

「俺は人を喰ったって聞いた!」

 ツンツン頭の顔が青ざめていく。小笠原がドンとテーブルを壊して脅かすと、男たちは大きな叫び声をあげた。

「うわあああああ!」

「ごめんなさあああい!」

「く、喰われるうぅううー!」 

 叫び声をあげながら、酒場から男たちがみんな逃げていく。残されたのはさっき鑑定の魔眼を使った子どもだけになった。

 壁際に後退りしながら、子どもはおしっこを漏らしていた。

「た、食べないで……」

 かわいそうに完全におびえてしまっている。メリイは小笠原の服のすそをつかみながら言った。

「食べないであげてください」

「食べないわよ!」

「ひい!」

 子どもがびっくりして、またおしっこを漏らしてしまった。誤解を解くのに時間がかかりそうだ。説得するしかない。

「オガサワラ、ヒト、タベナイ」

「何で片言なのよ!」

「大きな声を出すな。そこで野菜食べてろ。オガサワラ、ヒト、タベナイ。ヤサイ、クウ」

 不満そうに野菜を食べる小笠原を見て、こくこくと子どもはうなずいた。

 時間はかかったが、何とか落ち着いてくれた。

 子どもの名前はトパーズと言った。くるくるとした天然パーマで、男の子かと思ったら、どっちもらしい。

「ボクは……魔人と人間のハーフです」

 さっきの奴らの奴隷にされていたらしい。どうも複雑な事情がありそうだった。