運動大会を終えてバナナ島を後にすると、散らかっていた家が綺麗になっていた。家具も新調したみたいにピカピカだった。パンツを作っていたセバスが、恭しくお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、みなさま」
「すごい。メリイの家が見違えるようです……」
「調度品の場所は変えておりません。家具を少し手入れをして、元の場所に戻しておきました」
ぺったんこだったソファがふわふわになっている。腰を落とすと、マシュマロの上に座っているみたいで心地が良かった。
「あー良いなー……これ」
「パンツとおしっこ茶の発注分も完了しました。時間がありましたので、向こう一ヶ月分のストックも作っておきました」
「完璧だよ……ありがとう……持つべきものはセバスだなあ……」
「セバスは執事コンテストで優秀賞もとったことがある。素晴らしい執事ですのよ」
「お褒めの言葉、痛み入ります」
「メリイのおしっこがなくても大丈夫でしたか?」
「ええ。わたくしのおしっこを使用しておきました。食事もメリイさまと同じものを食べました」
「じゃあ安心ですね!」
「安心かなあ……」
ボソリと言った小笠原は、綺麗になったキッチンにご満悦の様子だった。
「なんか家具を買い揃えたくなっちゃうね」
「冷蔵室が欲しいなあ」
「分かる」
しかしスペースには限りがある。もともと、メリイと父親が二人で暮らしていたような小さな家だ。こうやって5人集まってしまうと、他に物の置き場所はない。
「四人で住むには、少し手狭ですわね。四谷さまはいつもどこで寝ていらっしゃるんですか?」
「俺は風呂場で寝てる」
「あらまあ……そしたら、寝室を建て増ししないといけませんわね。四谷さまと、わたくしの寝室を作りましょう」
ソプラノがすすすと寄ってきた。
「ちょっと、どう言う話の流れよ」
小笠原のツッコミにソプラノはきょとんとした顔をした。
「改築の話ですわ。メリイさま、小笠原さま、四谷さま、そしてわたくし。四人で住むにはこの家では手狭でしょう」
「何でソプラノが勘定に入ってるのよ。ソプラノには自分の家があるでしょ」
「言い忘れてましたが。わたくし、ここに住むことにしましたわ」
「そんな勝手な」
「メリイは賛成です! 人は多い方が楽しいです!」
「というわけで。皆さま。よろしくお願いしますわ」
ソプラノはふふと微笑んだ。
「むうう。良いけど、寝るときはこの部屋で寝てよね。四谷とは別」
「しょぼんですわ」
「俺は?」
「あんたは風呂場」
今日も風呂場で寝ることになった。
しかしありがたいことに、帰り際にセバスが俺用に寝袋を作ってくれた。芋虫みたいで格好はつかないが、とても温かい。これは良い。
夜がふけた頃、風呂場に侵入者があった。
「四谷さま。起きてらっしゃる?」
窓から入ってきた黒い影は、俺の枕元に座った。銀髪がちらりと見えた。ソプラノだ。
「お風呂場で寝ていると聞きまして、いてもたってもいられず、来てしまいました。こんなところで寝ているなんて、可哀想ですの……」
「慣れればそんなことないよ。寝袋は最高だ」
「いえいえ寒そうですわ。かわいそうですわ」
俺の枕元に立ってソプラノは同情したように言って、ちょこんと俺の横に座った。見ると、俺が作った下着姿だった。
「私の家では、好いた女と男は一緒に寝ると言うことになっておりますわ」
「そうだなあ。昔はメリイと一緒に寝ていたんだけどな」
「ですので。今晩は……」
不意にソプラノは俺の手をギュッと握った。
「わたくしと一緒に眠りますか?」
ソプラノが身体を傾けてくる。甘えたような感じで、寝袋の中に入り込もうとしてきた。その手をスッと止める。
「ダメだ。いるんだ」
「いる……?」
「何してんのよ」
風呂場の浴槽の中から、隠れていた小笠原が顔を出した。ソプラノの顔がさあっと青ざめる。
「ひいっ! い、いつからいたんですの!?」
「ずっとよ。予感的中ね。夜這いなんて淫らことをさせる訳ないでしょ」
「うるさいですの! 小笠原さまだって接吻しましたわ! 破廉恥ですわ!」
「は。破廉恥ぃ!? あれは仕方なくよ! あんたの方がよっぽど破廉恥じゃない!」
「海辺でも接吻しようとしてましたわよね!」
「あれは……うるさい。うるさいうるさーい!」
口喧嘩が始まった。止められそうにもないし、眠れそうにもない。
寝袋を抱えて、風呂場のドアを開ける。
「あっ。どこ行くの!」
こっそり出て行こうとしたが、見つかってしまった。
「うるさいから母屋でメリイと一緒に寝てくる」
「それもダメ!」
「ダメですわ!」
結局、ひとりで寝ることになった。ソプラノは小笠原がずっと監視していたのか、もう夜這いを仕掛けてくることはなかった。
朝起きるとキッチンのところで、小笠原とソプラノが言い争っていた。
「ちょっと何で勝手に味付け変えたのよ! 卵の味付けはケチャップって決まってるでしょ!」
「ホストマキア家では鶏ガラソースと決まっておりますわ。そーれっ、どぼどぼどぼーっとな」
「ああっ。せっかく味付けしたのにっ!」
「おーほっほっ。これで完璧ですわ」
小笠原は引きつった顔でソプラノから、フライパンを奪った。
「くそっ。味は変えられない。麺と一緒に焼いてごまかすか」
「麺? 麺を焼くんですか? そんな料理は聞いたことがありませんわ」
「ジャパニーズ焼きそばよ。黙って見てなさい。あと卵は両面焼きにするからね」
「ひどいですわ!」
二人とも俺が起きてきたことに気がついていない。朝ごはんができるのはもう少し先になりそうだ。
テーブルの隅っこではメリイがふてくされていた。
「四谷。メリイは寝不足ですし、お腹が空いています」
「俺もだよ」
「昨日の夜からずっとです。メリイは疲れました」
ふああとメリイは大きくあくびをした。
「賑やかなのは好きですけど、賑やか過ぎます」
「腹へったなあ。どっかで食べてくるか」
「それは良いですね。メリイは賛成です」
「じゃあ、そっと抜け出して……」
席を立とうとすると、小笠原がテーブルの上にどか盛りの麺を置いた。これでもかと具材が盛られている。
「はい、できた! 朝ごはん!」
「何だこれ……」
「はんばーぐかれーやきざかなべーこんふらいどぽてとやきそば目玉焼きのせ」
「完璧ですわ!」
「ソプラノが次から次へと料理を入れるから、訳が分からないことになった」
「メリイの家の食料が底をついた気がします」
「どうぞ召し上がれですわ!」
恐る恐る一口食べてみる。ソースとケチャップの風味が強い。お子様ランチみたいな味がした。
「食べたら美味しいです!」
メリイは気に入ったようだった。
「初めての味がします」
「悪くないけど。これ朝ごはんよ。満漢全席作りゃ良いってもんじゃないでしょうに」
「それは負け惜しみってやつですわね」
「くっ。誰が味付けしてやったと……。そういや、四谷、私のブラ知らない?」
「何色だ?」
「ピンクのやつ」
「知らないなあ」
「今朝から見当たらないの」
「へえ。じゃあ今、ノーブラ……」
小笠原がバキッと箸を折った。ただ質問しただけなのに。
「……つーか私のブラの色、四谷に全部把握されてるのおかしい気がしてきた……」
ハンバーグを口に運びながら、ぶつぶつ言っている。そうは言っても小笠原の下着を作っているのは俺なので、何とも言えない。
朝ごはんを食べ終わって、小笠原とソプラノが汚したキッチンを片付けていると、誰かが家のドアを叩き壊して入ってきた。
「頼もう!」
「ミンミン師匠!」
「おう! 何だかソースの匂いがすごいな! カロリーがすごそうだ!」
いきなりズンズンと入ってきたミンミン師匠は、この前より日焼けしていた。テーブルに座ると「腹が減った」と俺が残したお子様ランチをむしゃむしゃ食べ始めた。
「どうされたのですか? 武者修行に出たと聞きましたが」
「みっぽぽうっぺっっぷうう!」
「飲み込んでから喋ってくださいまし」
ゴクンと口の中のものを飲み込むと、ミンミン師匠は大きな声で言った。
「異世界へのゲートの在り処が分かったぞ!」
その知らせが、俺たちにとっての最後の旅の始まりだった。