予選と本戦の準決勝までが終わった。明日の決勝ではミンミン師匠と小笠原が戦うことになる。

「うう。負けてしまったですの」

 始まる前はやる気マックスで戦いに臨んだソプラノだったが、ミンミン師匠に背後を取られてからのジャーマン・スープレックスでKO負けしてしまった。

「あんなに粋がっていたのに。恥ずかしいですわ……」

「まあ。仕方ないだろ。ミンミン師匠、その後も一撃KOだし」

 さすが人類最強というだけはある。その後の試合も危なげなく対戦相手を撃破し、ミンミン師匠は明日おこなわれる決勝戦まで進んでいた。

「以前よりかなりレベルを上げていますわ。あの調子だと、おそらく3000に近いと思われますわ」

「王国の騎士団長より強いのですねー。でも、ななちんにならきっと余裕です。53万レベルもありますし」

 ロコモコを食べながら、メリイは満足そうに微笑んだ。水着を売ったお金で、いつもより豪華なものが食べられるようになった。この辺の貴族にも顔を覚えられて、美味しい店を紹介してもらった。

「勝つわよ。喧嘩なら泳ぐよりかは百倍楽だわ」

 水色のドリンクを優雅に傾けながら、小笠原は言った。小笠原はすべてデコピンのみで、試合を制していた。ついたあだ名は「サンダーボルト」。あまりの速さに実況も口を挟む暇がないくらいだった。

「後は明日の決勝で勝って、家に帰るだけね」

「そういえばわたくし、小笠原さまのレベルを見たことがありませんの」

「見たい? 良いよ」

 ソプラノが取り出した鑑定魔導書に、小笠原が手をかざす。ぽうっと宙に文字が浮かんだ。

 
【小笠原奈々(使い魔)】
【レベル・・・30098】
【STL・・・30098】
【MGL・・・0】
【習得スキル・・・言語翻訳】
【習得魔法・・・なし】


 浮かび上がった文字を見て空気が凍る。

「3万……?」

「あれ? 下がってる? どうして?」

「ど。どうしてでしょう。レベルが下がるなんて聞いたことがありません」

 メリイが不思議そうな顔をした。

「ステータス異常以外で、レベルは下がらないはずです」

「魔導書が壊れているとか」

「他のもので試してみます?」

 メリイが持ってきた魔導書でも試してみたが、やはり数字は変わらなかった。

「これは一体……」

 あまりにステータスの数値がいかれていたので、レベルが下がっているなんて思いもしなかった。しかし、どうも理由が分からない。

「ひょっとすると」

 ソプラノがハッとした顔で言った。

「これはもしや、小笠原さまが使い魔だからではないですか?」

「何か関係あるのか?」

「ええ。普段使い魔は役目を終えたら還送魔法で送り返します。ですが、小笠原さまに関しては常に召喚されている状態です。つまり力の充填(じゅうてん)が成されずに、消費されるだけになっているのだと思いますわ」

「つまり」

「力を行使するごとに、レベルであるSTL値を消費しているのです」

「あー……」

「全力を出して殴ったり蹴ったりされました?」

「めっちゃやったわ」

 掌底風圧拳やさっきの蹴伸びは、おそらくかなりのレベルを消費してしまっているだろう。まさかこの力に限りがあるだなんて盲点だった。

「でもこれだけレベル差があるなら決勝は余裕です?」

「そうだと良いのですが。お師匠はほとんどの武道流派で免許皆伝していますわ。万が一と言うこともあります」

「油断はできないってことね」

「短期決戦をおすすめしますわ。長期戦になるほどレベルが消耗することが予想されますわ」

「オッケー。一撃必殺ね」

 若干不安そうな表情の小笠原は、コクリとうなずいた。

 確かにこのレベル差だったら、そうそう負けることはないだろう。しかし相手は武術の達人。対する小笠原は素人だ。ソプラノの言う通り、万が一と言うことはある。

 打開策を考えている内に、夜は明けて決勝当日になっていた。会場の屋外闘技場はすごい人だかりだった。俺とメリイはここ数日は商売人として名前を売っていたお陰で、最前列のVIP席に座ることができた。

「ななちん、がんばれー!」

 小笠原が入場してくる。メリイが声をあげると、照れ臭そうに右手をあげた。長い髪は短くまとめてある。たくさんの観客にびっくりしたのか、若干顔が強張っている。

「よろしくな! サンダーボルト!」

 対するミンミン師匠は楽しくて仕方がないと言う表情をしていた。

「こんな強者と戦えるなんて光栄だよ! 久々に手加減をしなくても良さそうだ!」

 相手も本気ということだろう。試合開始が近づくにつれて、ミンミン師匠の表情は、獣みたいに険しくなっていた。

「……ななちん」

 メリイがコクリと唾を飲み込む。太陽の光が天辺に来たところで、いよいよ時間になった。

「では! 決勝戦、試合開始!」

 審判がコールをする。

 先に動いたのは小笠原だった。

 間合いを詰めての一撃必殺のデコピン。これで準決勝までの相手を沈めてきた、サンダーボルト戦法だ。

「甘いな!」

 だが、さすがにミンミン師匠もそれを読んできている。左に交わすと、小笠原のふところに潜り込んできた。

 レスリングスタイル。どんな人間でも足元から体勢を崩されれば、防御に入らざるを得ない。

「ななちん!」

「いや、大丈夫だ」

 今のところのSTL値の差は圧倒的だ。脚を大きく上げた小笠原は、ミンミン師匠をつかむと、そのまま宙に放り投げた。

「これで終わりよ! 掌底風圧拳!」

 小笠原最大の必殺技。

 全力で打ち出した掌底による風の壁。これは避けようがない。場外まで吹き飛ばしてしまえば、小笠原の勝ちだ。

「……あれ?」

 様子がおかしい。小笠原も呆然としていた。

 放り投げたはずのミンミン師匠が、いつの間にか小笠原の背後に回っている。

「こっちだ! サンダーボルトぉ!」

「嘘でしょ! さっきまであっちにいたのに!」

「うはは! 少しズルをさせてもらったぞ! 悪いな、こちらも本気だ!」

「このっ」

 再びつかんで放り投げるが、そこにミンミン師匠の姿はない。また小笠原の背後に回っている。 

「残念、こっちだあ!」

「どうして!?」

 小笠原は見事に翻弄されている。

 間違いない。ミンミン師匠は何か魔法を使っている。
 ミンミン師匠が足元を崩しにかかる。慌ててつかみかかるが、するりと消えてしまう。

「一体どうなってるんだ?」

「あれは蜃気楼です。かなり高度な分身を作る魔法です!」

「……まずいな」

 かなり分が悪くなってくる。ミンミン師匠の攻撃はヒットしているが、小笠原の攻撃はすべて受け流されてしまう。ダメージはないが、STL値は着実に減少しているはずだ。

「ははは! 楽しいぞお! サンダーボルトぉ!」

「くそっ、この! 誰がサンダーボルトだ!」

 小笠原の攻撃が空ぶる。気のせいか、さっきよりもパワーがなくなっているようにも見える。危惧していた長期戦に入っている。

 何か手はないか。

 目にもとまらぬ速さの攻防が続いた後、向こうの観客席から見慣れた銀髪が走ってくるのが目に入った。

「四谷さま!」

 ソプラノだった。俺に抱きついてくると、興奮した様子で言った。

「分かりましたわ! 小笠原さまのSTL値を復活させる方法!」

「本当か!?」

「ソプラノちん! 今まで何してたんですか?」

「こっそり賞品の魔導書を盗み見してきましたわ。何か手がかりはないかと思いまして。そしたら……ビンゴでしたわ!」
 
 サッとメモ用紙を取り出すと、ソプラノはスラスラとそれを読み上げた。

「召喚魔法は基本的に、術者を媒介しておこなう魔法なのです。使い魔との相性が良いほど、力はぐんと上がります。特に効果的なのが……」

 ソプラノのそこで言葉が止まる。

「どうした?」

「どうしたです?」

 何か言いにくいのか、口をモゴモゴさせながら、ソプラノは小さい声で言った。

「最も効果的なのが術者と使い魔との……せっ、接吻(せっぷん)ですわ……」