大会予選当日。
 スタート地点となるバナナ島南西のビーチには、多くの参加者で溢れていた。ざっと見積もって100人はいそうだ。

 その中でも優勝候補と注目を浴びているのは、やはりミンミン師匠だった。俺たちの姿を見つけると、ダッシュでやってきた。

「おー! ソプラノとその仲間たち! 何をやっているんだ! 面白そうじゃないか!」

 ミンミン師匠が見ていたのは、小笠原が付けている救命胴衣と、命綱代わりのハーネスだった。どちらも昨日俺が頑張って作った。

「何だそれは? 浮き輪か?」

「そのようなものですわ」

「ひょっとして貴様は泳げないのかあ!?」

「そうだけど。何か悪い?」

 むすっとした様子で小笠原が返すと、ミンミン師匠は高笑いをしながら返答し
た。

「いや! その心意気はよし! 素晴らしく感動した! 絶対に負けないからな!」

 何が言いたかったのか、ミンミン師匠はそれだけ行って砂浜を走り回って色んな選手に声をかけていた。

「何なんだ……」

「悪気はないのですわ。ミンミン師匠は面白くて強い人が大好きなだけですわ」

「まるで戦闘民族ね……」

 どこか呆れた様子で言いながらも、小笠原は緊張した様子だった。朝は好きなスクランブルエッグを作ってやったが、珍しくおかわりしなかった。

 アナウンスがあって、参加者はビーチに集合するようにと言うことだった。みんな一様に水の中に入っていく。

 スタートはほぼ横一列。ソプラノやミンミン師匠がいる中心の方から離れて。あえて少し遠くで準備をすることにした。

 ちょうど良く蹴りやすい岩があった。

「よし。ここにしよう」

「緊張してきた」

「大丈夫だ。小笠原はただ思いっきり蹴ってスタートすれば良い」 

 スタート時の足を蹴り出した衝撃で、一気にネジネジ岩を目指す。常人ではできるはずのない作戦だが、小笠原の脚力ならそれは可能だ。

「名付けて小笠原キャノン」

「変な名前つけないでよね……」

「角度は俺が調整する。任せろ」

「メリイがしっかりハーネスを固定しているです!」

「うん。二人ともありがと」

 昨日練習したおかげで、顔に水はつけられるようになっていた。準備は尽くした。後は角度させ間違えなければ、きっと上手く行くはずだ。

「そろそろ始まる。射出角30度で蹴り出せ」

「……分かった」

 小笠原がコクリと唾を飲み込む。大きく空砲が鳴った。

「スタート!」

 審判の声が轟くと同時に、選手が一斉にスタートとした。小笠原も水に浮かぶと、手ごろな地面に脚をかけた。

「行け! 小笠原!」

「えいっ!」

 小笠原が発射する。

 ……。

 その後の出来事はバナナ島で長く語り継がれることになった。
 
 曰く、地面が横に動いた。
 曰く、島の位置がちょっと変わった、
 曰く、海が割れて浜に魚が打ち上がった。

 小笠原が蹴りは周囲にすさまじい衝撃をもたらし、間近で見ていた俺たちですら、何が起こったか理解できなかった。

 周囲の岩は爆散し、小笠原の姿がなかった。 

「小笠原が消えた!?」

「ななちーん!?」

「ハーネスは伸びている。あっちだ!」

 ハーネスが伸びている方向を、メリイが双眼鏡で確認する。

「いるか!?」

「い。いました! います! ななちん発見!」

 メリイは興奮したように、大きな声をあげた。

「ネジネジ岩に、ななちんが突き刺さっています!」

 十キロ先のゴールに、小笠原はダーツみたいに突き刺さっていた。

 見事、小笠原は一位でゴールした。

「死ぬかと思った」

 運営のボートで帰ってきた小笠原は、ぐったりした様子だった。

「岩に突き刺さったわ! ハーネスも救命胴衣も意味ないじゃん!」

「おかしいな。角度がずれたか?」

「もう少し下だったのかもしれません」

「もっかいやるか」

「やってたまるか!」

 小笠原は不満そうだったが、一位通過であることには変わりない。これで第一関門突破だ。

「すごい技だな! さっきのはどうやってやったんだ!」

 二位で通過したミンミン師匠がやってくる。何が起きたのか俺も分からないので、詳しくは答えられない。ミンミン師匠は興奮した様子だった。

「私はミンミン! ぜひ本戦で当たりたいな! どこの流派だ!?」

「流派とかないですけど」

「ははは! 武道家ジョークだな!」

 ギュッと手を握る二人の間に割って入るように、銀髪から水を滴らせたソプラノが現れた。

「……お師匠」

「おお。ソプラノか! 三位通過おめでとう!」

「ええ。お師匠も。それより本戦の組み合わせが発表されました。第一回戦は私とお師匠ですわ」

「そうか! 久方ぶりに貴様とサシで戦えるわけだな。楽しみだ!」

 スッと手を出したミンミン師匠の手を、ソプラノはパシッと弾いた。

「負ける気はないですの」

「ほう! いつになく本気だな!」 

「ここまできたらホストマキア家の名にかけて、遅れを取るわけにはいきません。絶対に倒してみますわ」

 たまには良いところを見せますわ、とソプラノは俺のことを見てニコッと笑った。