バナナ島はリゾート地として、庶民から貴族に至るまで多くの人に愛されているそうだ。2時間くらいあれば、徒歩でも島をぐるっと回ることができる。
「昔々、島が他国からの襲撃を受けたときに、当時の女長老のアマゾーネスが、丸太を投げて撃退したらしいですの。それを称えてこの運動大会は開催されているのですわ」
ソプラノ曰く、「ドキッ! 女だらけの運動大会」は名前の割にかなり由緒正しい大会らしい。
俺たちはホストマキア家のペンションに泊めてもらうことになった。ここにはお付きの執事とかはいないので、結構ホコリが溜まっていた。
掃除をすると、もう夜になっていた。食料が魚の缶詰しかなかったので、それを食べることにした。
「意外とわびしいのです」
皿に盛られた魚を見て、メリイは残念そうに言った。
「メリイは美味しいご飯を食べられると思っていました」
「ホストマキア家は、財産の運用が下手なので、いつも金欠なのですわ」
「それは自慢げに言うことじゃないです」
メリイは魚を口に入れて、顔をしかめた。
確かに魚はちょっとアルミの味がした。醤油が欲しいけど、そんなものはない。
「明後日の大会で優勝すれば、賞金も出ますわ。それまでの辛抱です」
「でもミンミン師匠が出るんだろ。勝てるのか?」
「うう……そうなのでした。思い出さないようにしていましたわ」
頭を抱えながら、ソプラノは真っ青な顔をしていた。
「ぷるぷる」
「そんなに怖い人なの?」
「はい。恐ろしく強くてスパルタな御仁ですわ。わたくしは猛獣のいる崖に突き落とされて、三日間放置されましたわ」
「まるでライオンだな……」
「組み手でも一度も勝ったことがありません。一対一の戦いでミンミン師匠の右に出るものはまずいないですわ」
「ふーん、そうなんだ。お腹すいた」
魚を食べ終わった小笠原は、戸棚の中をガサゴソと漁っていた。果物の缶詰を見つけて嬉しそうにしていたが、中を開けると腐っていたのでがっかりしていた。
「優勝する以前に、何か食べ物を調達しないともたないわ……。明日は買い物に行きましょう」
「そうは言っても、資金がそんなにないですわ。帆船をチャーターするのにすっからかんですわ」
「え? あれ持ち船って言ってたじゃない」
「見栄をはりましたわ。ごめんあそばせ」
「謝りゃ良いってもんでも……四谷は? お金、持ってきた?」
「新しいパンツの生地を買うのに、ほとんど使った」
「メリイは?」
「これはメリイがおやつを買うお金です」
「それを食べるしかないか……」
メリイが悲しそうにしているのが、小笠原には目に入らないらしい。ひどいやつだ。
「お金の問題は俺がどうにかするよ。本題は大会だろう。ちなみに何をやるんだ」
「一日目は予選が開かれますわ。遠泳競走で十六人に参加者を絞りますわ」
「遠泳……って泳がなきゃいけないの?」
「はい。ビーチから一斉にスタートして、島のシンボルのネジネジ岩を目指しますわ。小笠原さま、どうされました? 顔色が良くないようですが……もしやさっき食べた魚が……」
違う、と首を横に振った小笠原は、恥ずかしそうに視線をそらした。
「私、泳げないんだけど」
「あらまあ」
翌日。
俺たちはビーチに行って、小笠原の水泳の特訓をすることにした。ミンミン師匠に勝てる見込みがあるのは、小笠原しかいない。ここはどんな手を使ってでも、ネジネジ岩まで目指してもらわないといけない。
「怖いよー」
メリイのために作った浮き輪に捕まりながら、小笠原はぷかぷか浮いていた。
「泳ぐなんて聞いてないよー。浮き輪ないと無理ぃー」
「まだここは足が着くだろ。大丈夫だ」
「いやだー」
「メリイだって立てるです! ななちん、ガンバ!」
「ひーん」
「泳がなきゃ家に帰れないんだぞ」
俺とメリイに励まされながら、小笠原は浮き輪を外した。びくびくと震えながら、ゆっくりと小笠原は立ち上がった。
「立った! 立ってるぞ! 小笠原!」
「すごい、ななちん。すごい!」
「へ。へへへ」
腰くらいの高さのところに立つことができて、小笠原は照れ臭そうに笑った。
「後は泳げるようになるだけですわー!」
沖の方で颯爽とソプラノが泳いでいる。まずはバタ足から教える方が良いだろう。
「よし。あんな風に足をバタバタさせるんだ」
「バタバタ? 沈むでしょ!」
「沈まないんだ。ほら、手を持ってやるから」
「……う。うん」
小笠原が俺の手をギュッと握った。握りつぶさないように小笠原に念押しして、バタ足の練習を始める。
「脚を水面に向かって叩きつけるんだ」
「叩きつける? こう?」
「そう。それを何回も繰り返すんだ」
パチャパチャと小笠原の脚が水面を弾く。
「で、できてる?」
「良い感じだ。それを思い切りやるんだ。せーのっ」
「えいっ!」
小笠原の脚が水面に叩きつけられると同時に、ずぼーん! と水が弾ける音がした。
「どわー!」
物凄い波しぶきが辺りを襲う。バタ足の衝撃で俺とメリイは吹き飛ばされた。この女、手加減を知らないのか。
小笠原は浮き輪につかまって浮いていた。
「どうだった?」
「これじゃ災害です。メリイは沈むところでした」
「もうちょっと手加減してやるんだ。力を抜け」
「無理! だって怖いだもん!」
その後も何度か練習をしたが、全然うまくいかなかった。むしろ何度も小笠原に吹き飛ばされた俺とメリイの方が、泳ぎが上手くなっているくらいだった。
「絶望的です」
「水に顔をつけられるようになった!」
「それを泳いでいるとは言わないんだ」
もうすっかり日が暮れようとしていた。暗くなってくると危ないので、諦めて帰ることにした。
海から出ると、ソプラノが手を振ってこっちに歩いてきていた。
「ソプラノ、何してたのよ。私の練習も手伝わないで」
「仕事をしておりましたわ。四谷さま、売り上げは上々ですわ!」
「売り上げ? 何か売ってたの?」
「作ったオリジナルの水着を売ってもらってたんだ」
そうですわ、とうなずいて、ソプラノはバックから水着を取り出した。
「知り合いの貴族に勧めてみると、大好評でしたわ! ぜひ他のデザインも欲しいと言うことでした。明日の水泳種目でも採用したいとおっしゃっていましたわ! 大会のスポンサーになってほしいと言われましたわ!」
「とんとん拍子だ。目論み道理だな」
「それでこんなに沢山のお金を稼いできたってわけね」
「はい! 初日からかなりの売り上げですわ! これで今夜は奮発できますわ!」
ソプラノはうきうきしたように俺の腕に抱きついてきた。これで金銭面の問題は解決だ。新しい水着を作らなければならないと言う仕事が増えてしまったが、それは徹夜してやるしかない。
小笠原の水泳もこれくらい上手くいけば良いのに。見ると、小笠原自身も同じことを思っているようだった。
「私なんか水に顔をつけるだけで精一杯なのに。これじゃあスタート地点で浮いてるしかできないかも」
「……ん……そうか」
「どうかした、四谷」
「閃いたぞ!」
イノベーションをデザインする商才スキルのおかげか、そのアイデアは不意に降りてきた。
「そうか。そもそもバタ足なんてする必要なかったんだ。小笠原の脚力なら最初のスタートで突き放せる!」
「なになに、どうやって」
「思いっきり蹴伸びをするんだ」
つまりロケットスタート。開始と同時にネジネジ岩に向かって発射すれば、バタ足する必要もない。
「良いけど帰りはどうするの?」
「命綱をつけておく。それを俺が引っ張って回収する。救命胴衣も作ろう。軌道を計算すれば、ネジネジ岩の手前までひとっ飛びだ」
「うーん……」
俺の提案に小笠原は悩んだように顎に手を当てた。かなり心配そうだ。
「怖いならやめるが」
そう言うと、小笠原は顔をあげて「やるよ」とニッコリ微笑んだ。
「なんだかんだ四谷のこと、信じてるから」
小笠原はそう言って、トンと俺に寄りかかるように押してきた。
【使い魔との親愛度が30上がりました】