ホストマキア家で持っているという小さな帆船を使って、海へと乗り出す。波も穏やかで、雲ひとつない良い天気だった。
「海、すごいです!」
メリイがはしゃいだようにぴょんぴょんする。船は快調に滑り出していた。真っ青な海が広がっている。バナナ島はだいたい30分くらいすれば着くそうだ。
「メリイ、初めて船に乗りました!」
「俺も久しぶりだよ。あれやるか。タイタニックごっこ」
「何です?」
「こうやって腕を持って船の先端に立つんだよ」
メリイを抱えて、船の前に立ってみる。涼しい海風がぴゅうぴゅう吹いていた。
「風が気持ち良いです!」
「だろう。落ちないように捕まってろよ」
「はい! はい!」
楽しそうにメリイは目を輝かせた。
しばらく遊んでいると、ふと背後から視線を感じた。振り返ると、小笠原がジッとこっちを見ていた。
「何だ。小笠原もやりたいのか」
「べ。別にい」
「ななちんもやると良いですよ! これは気持ちが良いです!」
「代わるか?」
「そこまで言うなら、やってあげても良いけど」
おずおずと小笠原が近づいてくる。
全く素直じゃないやつだ。タイタニックごっこがやりたくて仕方ないと言う顔をしている。
その時、船室からサッとソプラノが出てきた。
「私もやりたいですのー!」
勢い良く俺に抱きついた弾みで、近くにいた小笠原は突き飛ばされて落下した。
「うわー!」
ざぶーん、と大きな音を立てて小笠原が海に沈んでいく。
「……最悪」
自力で這い上がってきた小笠原は、スカートから水を滴らせていた。
「服がびしょびしょ」
「申し訳ありませんわ。興奮してしまって……つい……」
しょんぼりとした様子でソプラノはうつむいた。「わざとじゃないですわ」と繰り返しいうと、船室からバッグを持ってきた。
「服をお貸ししますわ。サイズが合うか分かりませんが、わたくしの水着はどうでしょうか」
「水着? 持ってきたの?」
「当然ですわ。バナナ島は常夏のリゾート地。水着で過ごしている人がほとんどですわ」
「じゃあ、それ着る」
バッグから大量の水着が出てくる。普通の布に撥水の魔法がかけられているらしい。スクール水着っぽいものがほとんだった。
「うーん、なんかデザインがイマイチ……」
「街で一番の流行のものばかりですわよ」
「そっか下着文化が発展してないもんねえ……この世界。どうにかなんないかなあ」
「小笠原、郷に入っては郷に従えだぞ」
「それ言うけどさあ。こだわりってあるじゃん」
ちらっと顔色をうかがうように、小笠原は俺のことを見た。何かを期待している目だ。
作って欲しい、と顔に書いてある。
「よし分かった。俺が作り直そう」
「やった!」
「わたくしのものも頼みますわ!」
「メリイのも!」
ソプラノの水着を一旦、分解して組み立て直す。商才と裁縫のスキルの力を借りて、良い感じのデザインを考える。
針と糸を持ってきて良かった。せっせと組み立てること20分。バナナ島の、バナナみたいな島影が見えてきたところで、なんとか水着が出来上がった。
「うわあ。ありがとー、四谷は天才だー」
水着を着た小笠原が嬉しそうに言った。
明るい黄色のビキニの水着。腰巻きのスカートは、ずぶ濡れになった奴を分解した。
ソプラノは動きやすい方が良いと言ったので、紺に赤いラインが入ったスパッツ型の水着にした。メリイは白とピンクのふりふりがついた可愛いやつだ。浮き輪も作った。
「ありがとうございますですわ!」
「これで海で泳げるです!」
「なんかメリイのだけ手がこんでいるような……」
メリイが持っている浮き輪を、小笠原は羨ましそうに見ていた。
そうこうしている内に、バナナ島に到着した。俺たち以外にも船がたくさんある。かなり賑わっているようだった。
「ソプラノ! 久しぶりだな!」
島に降りると、張りのある大きな声が遠くから聞こえた。見ると、黒髪をひとつ結びにした、スタイルの良い女の人が腕を組んでこっちを見ていた。向かってくるその人を見て、ソプラノはビクンと肩を震わせた。
「お師匠……」
「大会に参加するのか、ソプラノ! 良い心構えじゃないか! 私も参加するぞ!」
「そ。そうですの? お師匠ほどの強者が参加するほどの大会じゃないと思いますわ……」
「いやいや! あの召喚魔導書が欲しいんだ。あれを使って、さらなる強者を呼び出してやろうかと思ってなあ!」
ポンポンとソプラノの肩を叩いて、お師匠はにっこり笑った。
「と言うわけで優勝は絶対に渡さんぞ!」
高笑いをしながら「筋トレしてくるぞ!」と言うと、そのまま海に飛び込んで、お師匠はどこかに行ってしまった。
「誰なの?」
「武道家ミンミン。人類最強と噂される脳筋ステゴロ女子ですわ。まさかお師匠が出場するなんて……」
何かトラウマがあるのか、ソプラノは真っ青な顔をしていた。