「四谷さま!」
新たなパンツの発注が入ったので、せっせと裁縫していると、バタバタと音がして慌てた様子のソプラノが入ってきた。
「大ニュースですわ!」
勢いそのまま、ソプラノは俺に抱きついてきた。子犬のようにお尻をふりふりすると、興奮した様子で俺を見上げた。
「私、やりましたわ! 褒めてくださる? 褒めてくださる?」
「おうおう。どうした」
「何よ。騒がしいわね」
窓から顔に泥をつけた小笠原とメリイが顔を出した。手にはハーブの瓶を握っている。ちょうどおしっこ茶の収穫の時期だった。
「めちゃくちゃ忙しいんだけど。これ過重労働よ」
「メリイのおかげで豊作です」
「ソプラノ、暇なら収穫手伝ってよ」
「そんな暇はないのですわ。これを見てくださいまし」
そう言うと、ソプラノは懐から一枚のチラシを取り出した。
「なになに。『ドキッ! 女だらけの運動大会』……おいおいこんなのポリコレ的にアウトだろ。これは大ニュースだな」
「見て欲しいのはそこじゃないですわ。ここですわ」
ソプラノがチラシの隅っこを指差した。
「優勝賞品……召喚魔導書……おお!」
「海を越えたところにあるバナナ島でやる運動大会ですわ。四方八方探してようやく噂を聞きつけましたの」
「これで優勝すれば小笠原を返すことができるな」
「褒めてくださる?」
「おうよ。良くやったソプラノ」
「うふふ」
頭を撫でると、ソプラノはくすぐったそうにニコニコした。
「て言うか、もともとあんたのせいでしょ。魔導書燃やしたの」
小笠原が元も子もないことを言う。そのせいでソプラノは泣き始めてしまった。
「しくしく」
「あーあー泣かした。小笠原は年下の女の子を泣かすのが趣味なんだな。とんだサディストだ」
「ち。違うわよ! ごめんごめん。ありがとう、ソプラノ」
「魔導書が手に入ったら、3秒で送り返してやりますわ」
「油断ならないわね……」
ソプラノが言うところによると、バナナ島はここから南のところにあるリゾート地らしい。年に一回、女性限定の武道大会がおこなわれる。豪華な商品が出るので、手練れが集まることで有名だ。
「まあ、小笠原なら楽勝だろ。STL値ぶっ壊れの脳筋だし」
「脳筋はやめなさいよ。でもまあ、そうね。さらっと優勝しましょうか。ソプラノ、また留守番頼める?」
「嫌ですわ。私も出ますもの」
ソプラノはぶんぶんと首を横にふった。
「せっかくバナナ島に行けますのに。ひとりでお茶の収穫は嫌ですの」
「でも発注分はさばかないといけないし。メリイひとりじゃ限界であるでしょ」
「メリイもバナナ島、行きます! 海! 見たいです!」
「だよねえ。四谷は?」
「俺も行きたい。もうパンツ作るの疲れた」
「そう言われると思いまして、今回は助っ人を連れてきましたの。セバス!」
パンパンとソプラノが両手を叩くと、ドアを開けて、白髭をたくわえた細身の老人が入ってきた。
「お呼びで」
「おいおい。ずっと外で待たせてたのかよ。中に入れてあげれば良かったのに」
「お勤めですから」
白髭をたくわえた老人はにっこりと笑った。苦労が多そうだ。ソプラノは鑑定魔導書を出すと、セバスに手渡した。
「セバスは我がホストマキア家に長年勤めている凄腕の執事ですの。スキルを見せてあげなさい」
「はい。お嬢さま」
セバスが手をかざすと、ぼうっと文字が浮かび上がった。
【セバス=チャン】
【レベル・・・42】
【STL・・・30】
【MGL・・・12】
【習得スキル・・・裁縫
・・・土いじり
・・・雑草見抜き
・・・一流シェフ
・・・一流パティシエ
・・・収納マイスター】
【習得魔法・・・行動倍速】
スキルというか、資格一覧みたいな文章が浮かび上がった。確かにこれだけの能力を持っていたら、日常生活でそうそう困ることはあるまい。
「セバスに任せれば、全部やってくれますわ」
「本当に留守番と発注分のパンツとおしっこ茶、頼んで良いのか?」
聞くと、セバスはぺこりと頭を下げた。
「はい、もちろんです。行動倍速もあるので、ひとりで二人分の働きができるとお墨付きをいただいております」
試しにパンツの作り方を教えてみると、すごいスピードで身につけてくれた。行動を倍速にする魔法でセバスの手元が見えない。
「すげえなあ……」
「発注分とプラスして、今後を見越して在庫分も作っておきます」
「ひょっとして家の掃除もやってくれる?」
小笠原の言葉に、セバスは「もちろんです」とうなずいた。鶏の世話もやってくれるということだった。
「うっし」
「これでみんなでバナナ島に行けるです!」
「楽しみですわ! いつもはお父様に禁じられてリゾート地に行けなかったんですの!」
「それが本音だったのねえ」
「も、もちろん私が優勝したあかつきには、召喚魔導書はさしあげますわ」
「当然でしょ。さあ準備しましょうか」
何泊かするということだったので、着替えやら何やらをカバンに入れておく。セバスにお礼を言って、俺たちはバナナ島へと向かった。