小笠原がスコップで頭を小突くと、巨大ミミズはきゅーと目を回して倒れてしまった。ずうんと辺りに地響きが鳴る。
「あー……ビビった」
汗を拭いながら小笠原が肩を落とした。
メリイの光を頼りに、その顔を観察する。持ってきた生物図鑑と照らし合わせる。
「これはパパミミズだな」
「ミミズ? こんなでかいのが? 鯨みたいじゃない」
「第四層以外では発見されたことがないみたいだ。かなり凶暴でとんでもなく強い」
「じゃあもう第四層に来たってこと?」
「どうだろうな。ひょっとすると掘り過ぎたか」
俺たちが降りた場所は、かなり大きな空間になっていた。地図にはこんな場所があるのは前線基地のある第三層しかない。しかし辺りに、そんなものは見当たらない。
「掘る場所を間違えたか」
「えー、頑張って掘ったのに」
「そんなに疲れてないだろ。STL値どんだけあると思ってるんだ」
「まあ、そうだけど。気分的にさ」
小笠原のSTL値は基礎体力に関係している。53万もあれば疲労感なんて超越しているはずだ。
ロープをたぐって帰ろうとすると、メリイは立ち止まってはるか向こうに目を向けていた。
「メリイどうした?」
「なんか水の音が聞こえるです」
「水?」
「ざざんって音が……こっちです」
メリイに連れられて歩いていく。進んでいくに連れて、確かに水の音が聞こえてきた。大きい横穴があって、足を踏み入れると、ぼんやりとした青い光が辺りを照らした。
「わー綺麗。イルミネーションみたい」
「これ……ヒルホタルだ」
「何? 珍しいの」
「水辺に住む。肌に貼りついて血をちゅうちゅう吸うらしい。図鑑で見た」
「血を吸うって……そっちのヒルか! やだー!」
飛んできたヒルホタルを払い落としながら進む。明かりのおかげで視界は良かった。横穴を抜けると、水の張った湖のような場所に出た。ヒルホタルの光で真っ青に照らされている。
「水、ありました。ここみたいですね」
「静かね……」
「何か静かすぎるような気がするな」
「四谷もそう思います? 水辺なのに生き物の気配がしません。ヒルホタルもこの湖を避けています」
「……試してみるか」
どうにも怪しい。
持っていたツルハシを水に投げ入れてみる。ザブンと音がして、ツルハシが沈んでいく。
「何も起きないけど」
小笠原が不思議そうに言う。
「まあ見てろって」
ツルハシが沈んだ箇所からゴポゴポと音がして、水からツルハシがぴょーんと跳ね返ってきた。
「きゃ!? なになに!?」
「いらないってことだ」
「どゆこと?」
「こ。これはただの水じゃないです。メリイはこんな大きなものは見たことがありません」
俺たちの存在に気がついたのか、水面がボコボコと盛り上がり、その形をさらしていく。水が球体状に丸まっていくと、水の中にあるものが見えてきた。
そこには全裸の人間や、小動物などがたくさんいた。誰も彼も目を閉じて眠っているように見える。不気味な光景だった。
「……何よあれ。死んでないよね」
小笠原が震えながら俺の腕をつかんだ。
「十人どころじゃないんだけど。前線基地の人たち、全員いるんじゃない?」
「死んでない、生きているはずだ。見ただろハッピーウォーター。露店に並んでたやつだ」
「……見た目、全然ハッピーじゃないんだけど」
「あの液体に包まれると、幸福な気分になれるんです」
ポワポワと浮かぶ水の球体はこっちにやってきていた。
「鉱夫の間で流行っているんです。おてがるにトべるらしいです。メリイは子供なので、やったことありませんが」
「ねえ、やっぱり麻薬的な……」
「そう言うこと。誰かが持ち込んだのが、地下水に混じったのかもしれない。何にせよ厄介だなあ」
どうやって攻略してやろうか。水の球体はゆっくりと近づいてきていた。
ポチャンと音がした。
球体に波紋が立ち、触手のように水が伸びてくる。どうやら俺たちを取り込むつもりらしい。
「とっ……とりあえずぶっ飛ばせば良いんでしょ」
飛んでくる触手に合わせて、小笠原が左ストレートを放つ。しかし相手は水。拳はするりと抜けた。
「?!!」
ザブン、とあっさり小笠原は取り込まれてしまった。やはりただの物理攻撃では無理だったか。
「うにゃー!?」
水の中で小笠原がもがいている。
ハッピーウォーターは邪魔になるものを吐き出す習性がある。例えば服とか。小笠原は水の中で服を脱がされようとしていた。
「おお……」
「黙って見てるなー! 助けろー!」
「そうだなメリイ。お腹痛くなるやつ」
「は。はい! オナカイタイイタイ!」
メリイの手から黒い霧が出てくる。水の表面に当たると、お腹が痛くなったのか、ハッピーウォーターは小笠原を吐き出した。
脱げかかった服を直しながら、小笠原は衣服を直した。
「お花畑が見えた……」
「そんな感じでみんなハッピーになるんだってさ」
「ハッピーエキスを浸透しやすくするために、衣服は剥がれるようになっているんです」
「ふざけてる!」
「とても栄養のあるエキスです。それで頭の中を幸福にして、幸福を栄養にしてまたハッピーウォーターは大きくなるんです」
「道理で前線基地から何の情報も来ないわけだ。みんなハッピーになってたんだから」
「ハッピーになるのは勝手だけどさ。あれ、どうするの」
腹痛から回復したハッピーウォーターは再び、俺たちに狙いを定めようとしていた。
「何か策はあるの? 私の攻撃効かないんだけど」
「メリイのお腹痛くなるやつは後三回くらいしかできないです。四谷、どうします?」
「ここはイノベーションをデザインする力を使う。ちょっと待て。考える」
「もう商才と関係ないよね、それ」
小笠原のツッコミを無視して考えを巡らせる。アイデアを思いつくまでにそんなに時間は掛からなかった。
「閃いた! 掌底打ちだ」
「掌底打ち?」
「手をパーにしろ。小笠原」
小笠原が手をパーに開いた。
そして全力で掌底を打ち出すことによって、発生する風圧をハッピーウォーターにぶつける。
「名付けて、必殺・掌底風圧拳!」
「格好良いです!」
「やれ、小笠原! 掌底風圧拳!」
「それ言わなきゃいけないの?」
「うん。言う決まりだ。ほら来たぞ」
スルスルと水の触手が伸びてくる。恥ずかしそうに顔を伏せながら、小笠原は掌底を打ち出した。
「しょ……掌底風圧拳!」
小笠原が放った手のひらから、狙い通り風が発生する。
いや、風と言うより暴風に近い。全力で打ち出した掌底は衝撃波も発生させていた。ビリビリと鼓膜が痺れる。
「どう!?」
風に巻き上げられて、ハッピーウォーターの触手は霧散していた。効いてる。
「もう一押しです!」
「本当!? じゃあ……掌底風圧拳!」
少し恥じらいが消えたのか、さっきより大きな声で小笠原は叫んだ。本当は叫ぶ必要もないが、何もないよりは格好良い。
水の膜が剥がれてきている。ハッピーウォーターはさっきよりも小さくなっていた。
「いけるぞー! 小笠原ー!」
「本当!? よっしゃー! 掌底風圧拳!」
今度は間髪入れずに技を打ち出した。意外とノリノリじゃないか。
最後の攻撃は今まで一番威力が大きかった。球体の水は辺りに飛び散っていった。取り込まれていた人や動物たちがドボドボと落下してくる。ちょっと高いところから落としてしまったけれど、許して欲しい。
ハッピウォーターは完全に形を失って、元気をなくしていた。ここまで小さくしたら、ほぼ無害化できたはずだ。
「倒したですー、ななちんすごい!」
「へ。へへへ」
小笠原がこっちを向けてピースした。ピースし返すとぺっぺけぺーと音が鳴って、文字が浮かんだ。
【使い魔との親愛度が20上がりました】
知らないパラメータが増えた。