ダンジョンの難度はEからSクラスまである。
 メリイの父親が入ったダンジョンは『果てなしの大洞窟』と呼ばれる難度Aのダンジョンだ。難度が上がるごとに生還率は下がる。難度A以上にダンジョンに入るには管理協会からの許可が必要になる。パンツとおしっこ茶を売ったお金で、俺たちは無事に許可証を手に入れた。

 果てなしの大洞窟は、タマゴ町から数十キロ離れたところにある。その間、鶏の世話はソプラノにお願いすることにした。

「わたくしもご一緒したかったですわ」

 残念そうにソプラノは言った。

「わたくしの剣なら絶対に四谷さまの役に立ちましたのに」

「まあ。小笠原がいるから」

「そうそう。あんたは魔導書がどこにあるか探しときなさいよね」

 小笠原を元の世界に返すことができる魔導書は、まだ市場に出回る気配がないそうだ。ソプラノの人脈で、頑張って探してもらっている。

「ニワニー、ニンニン、マニラ、チキチー、行ってくるです」

 メリイは鶏の一羽一羽に別れの挨拶をしているところだった。深い息を吐いたメリイは俺たちにぺこりと頭を下げた。

「四谷、ななちん。本当にありがとうございます」

「良いってことよ」

「お父さん、ちゃっちゃっと見つけて帰ってきましょ」

「はい!」

 にっこり笑ってメリイはうなずいた。

 サンドウィッチの入ったバスケットを持って、鼻歌を歌いながらルンルン気分で歩き始めた。果てなしの大洞窟の前には、サバン市と言う交易が盛んな街がある。俺たちは初めての都会にめちゃくちゃ浮き足立っていた。

「わー、すごいなあ」

 目の前に広がった賑やかな雑踏に、小笠原は目を丸くした。大通りのマーケットに人がひしめき合っている。皆、綺麗な衣装や宝石を身につけている。

「果てなしの大洞窟には多くの鉱物が眠っているんです。各国から多くの商人や冒険者たちが集まります。だから、サバン市はとても大きな街なのです」

「いろんなものがあるんだね。なあに。あのハッピーウォーターって?」

 小笠原の視線の先に一際長い行列が並んでいた。看板には『ハッピーウォーター新規入荷!』と大きな文字で書いてある。

「あれを使うとハッピーになれるんです」

「ハッピー?」

「頭がぽわんとするらしいです。メリイは使ったことがないですが」

「……ねえ、気のせいか目がトロンとした人が多いような……」

「……急ぐか」

 何かあるといけないので、メリイを肩車しながら歩いていく。しばらくするとツルハシを持った鉱夫たちが多く行き交い始めた。洞窟の入り口は多くの人でごった返している。

「入るだけで50万もかかるのに、随分とたくさん人がいるわね」

 大洞窟に入るための行列に並びながら、小笠原が不思議そうに言った。

「みんな、そんなお金持ちなの?」

「大概は冒険者組合が許可証を発行してくれます。メリイのお父さんもそうです」

「冒険者組合って?」

 小笠原が俺の肩をつつく。

「冒険者の寄り合いらしいぞ。まあ、会社みたいなものだな」

「なるほど……つまり、この人たちは会社員ね……」

「命の危険もあるしブラック会社と言っても良い。でも馬鹿でかい宝石を見つければ億万長者になれるところは夢があるな」

「ふーん。じゃあメリイのお父さんも一攫千金を狙って?」

「そうではないです。メリイのお父さんは発掘家なのです」

 メリイは首を横にふった。

「大洞窟にはいろんな種類の宝石がたくさん眠っているです。すごいエネルギーを出し続ける宝石とか、いろんな形に曲がる宝石とか。メリイのお父さんは、まだ見たことがない宝石を探す仕事をしています」

「そうなんだ。なんかすごいね」

「そうです。メリイのお父さんはすごい冒険家なのです」

 にへらと誇らしげにメリイは笑った。

 果てなしの大洞窟は難度Aともあって、強いモンスターがウヨウヨしている。鉱夫たちはほとんど深部まで足を踏み入れないが、冒険家ともなれば話は違う。

「きっと大丈夫です。メリイのお父さんは強いので」

 お揃いだと言うお守りの人形を握りしめながら、メリイは言った。大洞窟には発掘家の前線基地があるが、そこからの情報すら半年以上も途絶えているらしい。

 無事を信じるしかない。

 やがて俺たちが大洞窟に入る順番が来た。

「君たち、そんな装備で大丈夫か?」

 許可証を見せた時、鎧装備の門番は不安そうな顔で聞いてきた。

「どう見ても軽装なのだが、難度Aのダンジョンだぞ? ツルハシとスコップしかないじゃないか。武器はどうした?」

 小笠原と顔を見合わせる。

「大丈夫です。拳があります」

「拳……?」

「小笠原。見せてやれ」

 鉄のスコップを小笠原に渡す。小笠原がそれを握ると、柄の部分がぐにゃりと曲がった。

「oh……」

 唖然とする門番を置いて、洞窟の中に入っていく。鉱夫たちがせっせと仕事をしている大きな空間を抜けると、急に通路が狭くなった。メリイが明かりを灯すと、先の見えない入り組んだ洞窟が広がっていた。

「わー。これ迷ったら死にそうね」

「急に怖くなってきたです」

「で? どうするの。俺に任せろとか言ってたけど、何か策はあるんでしょ」

「もちろん」

 あらかじめ収集しておいた情報と、イノベーションをデザインするスキルを使って完璧な策を立てておいた。

 小笠原たちに、あらかじめ買っておいた洞窟の内部を書いたスケッチを見せる。

「果てなしの大洞窟は俺たちが今いる第一層。入り組んだ迷路のような第二層。発掘家たちの前線基地がある第三層。それより深い第四層に分かれている。アリの巣のように入り組んでいるけど、基本的に地面に垂直に伸びている」

「ふむふむ」

「メリイの父親がいるのは第三か第四層だ。第三層は大きな広い空間になっていて見通しも付きやすい。とりあえずそこまで行きたい」

「でも第二層が怖いと聞いています」

 メリイがぷるぷると震えながら言った。

「手練れの冒険者でさえ迷ったら出られないと聞いています。探査型の魔法がないと、帰ってこられないかもしれません」

「問題ない」

「ど。どうするんです?」

 どんどんと足元の地面を蹴る。

「掘る。ここからまっすぐ下に掘っていけば、必ず第三層までたどり着く」

 一本道の通路を作ってしまえば、迷路なんて訳はない。

「掘るんだ。ここを」

 小笠原は俺を見ながら、苦笑いをしていた。

「もしや私に掘れと」

「うん」

「私、女の子なんだけど」

「それ以前に俺の使い魔だ」

「それ以前に人間の女の子だけど」

「……それしかないんだ。頼むよ、メリイのためだ」

 困った様子のメリイを見ると、小笠原はため息をついた。

「分かった。その代わりお願いがあるんだけど」

「良いど。何が欲しい?」

「んーとね」

 悩んだように間を開けると、小笠原はボソリと言った。

「……帰ったらケーキバイキング。付き合って」

「そんなんで良いのか」

「約束だからね」

 小笠原は地面にスコップを突き立てた。「プリンみたい」と言いながら。小笠原はざくざくと洞窟を掘っていった。

 ……15分後。
 
「疲れた……」

 すっかり泥だけになった小笠原が這い上がってくる。水筒を渡すと、ごくごくと飲み始めた。

「なんか広場みたいなところに出たけど」

「第三層かもしれない。降りてみるか」

「言っとくけどめちゃくちゃ掘ったから」

 小笠原の言葉通り、底に石を落としてみると、音が返ってくるまで相当の時間がかかった。普通に歩いていったら、一週間では済まなかったかもしれない。

 ロープを垂らして慎重に降りていく。底に着くと、ぶにょんと弾むような感じがした。

「なんか変な感触だな」

「そうね。なんかヌラヌラしてる」

「メリイ。光を頼む」

「はいです」

 ぽうっと杖の光が灯る。

 見ると地面は岩肌の色とは違って、鮮やかなオレンジ色だった。なんかちょっと動いている。

「え……」

「この地面、生きてるです……」

 どうもそのようだった。

 俺たちが地面だと思っていたのは、巨大な生き物の背中だった。頭と見られる部分がこっちを向く。目と鼻がない。大きな口がぱっくりと開いていた。

 現れた巨大ミミズは、とても凶暴そうな金切り声を発して襲いかかってきた。