それから十日が過ぎた今、あれ以降ジルベルトはエレオノーラに会っていない。会えていない、の間違い。まあ、特段と会う理由も無いのだが、それでもなんとなく気になっていた。
そうやって彼女が気になっているにも関わらず、国王から呼び出し状が届いた。リガウン侯爵家に届いたのではなく、この第一騎士団団長宛てに届けてきたあたりが、裏を感じる。
「団長、陛下からの呼び出し状です」
今日も眼鏡をキラリと光らせながら、サニエラが手渡したのは一通の書簡。つまり、呼び出し状。ジルベルトがそれを乱暴に受け取り確認すると、国王陛下の名前があった。わかっていたことではあるが、案の定、としか言いようがない。ものすごく深いため息をつきたくなった。
本音を言えば、行きたくない。どうにかして断る方法は無いものか。
「行きたくないとか、そういう駄々はこねないでくださいね。早速ですが、スケジュールの調整をいたします」
心を読んだかのように、サニエラは事務的に答える。どうせならば断わる方法を考えて欲しかった。スケジュール調整までされたら、断れない。だからといって、けして駄々をこねているわけでもない。
「ああ、明日の昼過ぎだ」
仕方ないから、しぶしぶと答えた。しかも指定してきた時間からして、一緒に夕食をという流れになる前に、さっさと帰ろうと思った。さらに婚約者も一緒に、ということは、本当の目的は彼女だということだ。
ああダメだ、今から気が重い。だが、彼女の予定も聞かねばならないし、むしろ彼女にも調整してもらわねばならない。相手が相手なだけに。
ジルベルトは軽く息を吐いてから。
「悪いが、今日の昼食を諜報部のダニエル殿と一緒にとることができないか、調整してもらえないだろうか」
エレオノーラを誘うには、ダニエルに連絡をいれるのが手っ取り早い。むしろ、ジルベルトが自力でこの騎士団の建物の中でエレオノーラと接触するのは難しいだろう。
「承知しました。最近、団長は諜報部がお気に入りのようですね」
サニエラが眼鏡を押し上げた。
「ああ、サニエラ。諜報部で思い出した。先日頼んだ調査の件だが。諜報部の人間についての内容は機密事項だから、けして口外しないようにと。私が調査依頼したことが、すでに諜報部では把握済だった。先日の呼び出しは、その件だ」
嘘ではない。ちょっと、話を省略しているだけで。
「その件でしたか。てっきり、婚約の件の確認かと。まあ、その件につきましては承知しております。彼女からそのように言われましたので」
彼女? とジルベルトは思ったが、深く突っ込むのはやめた。きっと誑し込んだ相手のことだろう、と察する。
そしてジルベルトは、明日の件をどうやってダニエルに切り出そうかと考えていた。こちらも気が重い。
エレオノーラは快く引き受けてくれるだろうか。彼女のことだから、にっこりと笑って「いいですよ」と言ってくれるに違いない、という希望。
昼食時。サニエラの手腕と広報部の調整により、なんとかダニエルを摑えることができた。王城内に食堂があるが、密談、商談等にも使えるように個室、半個室と様々な部屋が準備されている。サニエラには個室を押さえるように指示しておいたため、それを広報部にも伝えてくれたようだ。
「お呼び出ししてしまって申し訳ない」
ジルベルトが頭を下げる。
「いえ。妹の件かと思いましたので、部下も連れてまいりましたが、問題なかったでしょうか」
ダニエルの後ろに一人、騎士服に身を包む青年がいる。
「十日ぶりですね、リガウン団長」
声はエレオノーラのそれだった。だが、見た目は青年。あのふんわりとした体つきはどこへ消えたのだろうか。
「部下のレオンです」
ダニエルが紹介し、エレオノーラも頭を下げる。
「レオンです」
再び発したその声は、女性のものとは思えないものだった。個室でよかったかもしれない。
エレオノーラは常にレオンとして振舞っていた。食事の所作も、話し方も、女性には見えない。これが変装だとしたら、よくできているし、見破ることはできないだろう。
「それで、どのようなご用件でしたか」
食事がある程度すすんだところで、ダニエルが口を開いた。
「ああ、陛下から呼び出し状が届いて。エレオノーラ嬢も一緒にという内容だったため、貴殿に相談をと思ったのだ」
「そうでしたか。では、妹には伝えておきます。日時は」
「明日の夕刻。そちらの屋敷まで迎えに行こうと思う」
「承知いたしました。妹にはそのように」
そう、つまりここにいるダニエルの部下はレオンという男性騎士であって、エレオノーラという妹ではない、ということ。諜報部の徹底ぶりには頭が下がる思いだが、それでもレオンをここに連れてきてくれたのは、ダニエルなりの心遣いなのだろう。
「ダニエル殿」
「はい」
「その。エレオノーラ嬢に会いたいときは、貴殿に連絡をすればよろしいか」
ダニエルの隣に座っているエレオノーラの眉がピクリと動いた。レオンを演じているにも関わらず。ダニエルはもちろんそれに気付いていないし、エレオノーラ自身も無意識だろう。じっと彼女の顔を観察していたジルベルトだから気付いたのかもしれない。
「ええ。私に言っていただければ、妹には伝えます。もしくは、屋敷に使いを出していただければ」
わかった、とジルベルトは頷いた。
「そう、リガウン団長。一つ、相談事がありまして」
とダニエルが切り出したため、そこからは仕事の話になった。
そうやって彼女が気になっているにも関わらず、国王から呼び出し状が届いた。リガウン侯爵家に届いたのではなく、この第一騎士団団長宛てに届けてきたあたりが、裏を感じる。
「団長、陛下からの呼び出し状です」
今日も眼鏡をキラリと光らせながら、サニエラが手渡したのは一通の書簡。つまり、呼び出し状。ジルベルトがそれを乱暴に受け取り確認すると、国王陛下の名前があった。わかっていたことではあるが、案の定、としか言いようがない。ものすごく深いため息をつきたくなった。
本音を言えば、行きたくない。どうにかして断る方法は無いものか。
「行きたくないとか、そういう駄々はこねないでくださいね。早速ですが、スケジュールの調整をいたします」
心を読んだかのように、サニエラは事務的に答える。どうせならば断わる方法を考えて欲しかった。スケジュール調整までされたら、断れない。だからといって、けして駄々をこねているわけでもない。
「ああ、明日の昼過ぎだ」
仕方ないから、しぶしぶと答えた。しかも指定してきた時間からして、一緒に夕食をという流れになる前に、さっさと帰ろうと思った。さらに婚約者も一緒に、ということは、本当の目的は彼女だということだ。
ああダメだ、今から気が重い。だが、彼女の予定も聞かねばならないし、むしろ彼女にも調整してもらわねばならない。相手が相手なだけに。
ジルベルトは軽く息を吐いてから。
「悪いが、今日の昼食を諜報部のダニエル殿と一緒にとることができないか、調整してもらえないだろうか」
エレオノーラを誘うには、ダニエルに連絡をいれるのが手っ取り早い。むしろ、ジルベルトが自力でこの騎士団の建物の中でエレオノーラと接触するのは難しいだろう。
「承知しました。最近、団長は諜報部がお気に入りのようですね」
サニエラが眼鏡を押し上げた。
「ああ、サニエラ。諜報部で思い出した。先日頼んだ調査の件だが。諜報部の人間についての内容は機密事項だから、けして口外しないようにと。私が調査依頼したことが、すでに諜報部では把握済だった。先日の呼び出しは、その件だ」
嘘ではない。ちょっと、話を省略しているだけで。
「その件でしたか。てっきり、婚約の件の確認かと。まあ、その件につきましては承知しております。彼女からそのように言われましたので」
彼女? とジルベルトは思ったが、深く突っ込むのはやめた。きっと誑し込んだ相手のことだろう、と察する。
そしてジルベルトは、明日の件をどうやってダニエルに切り出そうかと考えていた。こちらも気が重い。
エレオノーラは快く引き受けてくれるだろうか。彼女のことだから、にっこりと笑って「いいですよ」と言ってくれるに違いない、という希望。
昼食時。サニエラの手腕と広報部の調整により、なんとかダニエルを摑えることができた。王城内に食堂があるが、密談、商談等にも使えるように個室、半個室と様々な部屋が準備されている。サニエラには個室を押さえるように指示しておいたため、それを広報部にも伝えてくれたようだ。
「お呼び出ししてしまって申し訳ない」
ジルベルトが頭を下げる。
「いえ。妹の件かと思いましたので、部下も連れてまいりましたが、問題なかったでしょうか」
ダニエルの後ろに一人、騎士服に身を包む青年がいる。
「十日ぶりですね、リガウン団長」
声はエレオノーラのそれだった。だが、見た目は青年。あのふんわりとした体つきはどこへ消えたのだろうか。
「部下のレオンです」
ダニエルが紹介し、エレオノーラも頭を下げる。
「レオンです」
再び発したその声は、女性のものとは思えないものだった。個室でよかったかもしれない。
エレオノーラは常にレオンとして振舞っていた。食事の所作も、話し方も、女性には見えない。これが変装だとしたら、よくできているし、見破ることはできないだろう。
「それで、どのようなご用件でしたか」
食事がある程度すすんだところで、ダニエルが口を開いた。
「ああ、陛下から呼び出し状が届いて。エレオノーラ嬢も一緒にという内容だったため、貴殿に相談をと思ったのだ」
「そうでしたか。では、妹には伝えておきます。日時は」
「明日の夕刻。そちらの屋敷まで迎えに行こうと思う」
「承知いたしました。妹にはそのように」
そう、つまりここにいるダニエルの部下はレオンという男性騎士であって、エレオノーラという妹ではない、ということ。諜報部の徹底ぶりには頭が下がる思いだが、それでもレオンをここに連れてきてくれたのは、ダニエルなりの心遣いなのだろう。
「ダニエル殿」
「はい」
「その。エレオノーラ嬢に会いたいときは、貴殿に連絡をすればよろしいか」
ダニエルの隣に座っているエレオノーラの眉がピクリと動いた。レオンを演じているにも関わらず。ダニエルはもちろんそれに気付いていないし、エレオノーラ自身も無意識だろう。じっと彼女の顔を観察していたジルベルトだから気付いたのかもしれない。
「ええ。私に言っていただければ、妹には伝えます。もしくは、屋敷に使いを出していただければ」
わかった、とジルベルトは頷いた。
「そう、リガウン団長。一つ、相談事がありまして」
とダニエルが切り出したため、そこからは仕事の話になった。