そんな俺に、たえちゃんは「わかるのよ」と微笑む。
「呉野くんがどうしても描きたい気持ちだったり、相手のことをどう思っているのか、そういうのはね、見る人に伝わるの。伝わってしまうものなのよ」
ふふと肩を竦めて笑うたえちゃんには、どうやら俺が吉瀬に抱く感情なんてお見通しらしい。見抜いてしまったらしいたえちゃんは「すごく綺麗だもの、呉野くんに描かれた吉瀬さん」とつけくわえる。
「すごくいい。全部素敵よ」
「……でも、全部自信はなくて」
彼女をおさめたいと思ったし、夕方の彼女をどうにか残したいと思った。けれど、その全てはコンクールに出せる代物かと言ったらそうでもない。こんなものを出していいのか不安になる。
俯いていく視線。落とした自分の手元に、たえちゃんの小さな手がそっとかぶさった。
「自信を持って描きなさい」
「え……」
「呉野くんの絵はとても素敵なのよ。あなたが自分で思っている以上に、本当に素敵だから、あとは自信を持って描けばいいの。自信を持っていればいいのよ」
自信を持って、そう言われて、どうしても吉瀬を描きたくなった。自分の絵に自信がもてなかったのは、自分に自信がなかったからで、そんな俺の絵なんて評価するに値するものではなかった。
「描きたいものにね、正直に向き合えばいいのよ。ただその人だけを見て、ただその光景だけを見て。描くってね、見つめるってことなのよ。どこまでも見つめるの。じっと見つめるの。それだけでいいの。描くことがメインじゃないの。見つめるってことが一番大切なの」
たえちゃんはそう教えてくれた。そうか、そんなことでよかったのか。
ふと心が軽くなった。空っぽだった心に、きれいな水がどんどん注がれたような、そんな気分で、どうしようもなく泣きたくなった。
きっと、だれも、そんな言葉を投げかけてはくれなかった。今、自分が求めていたような言葉なんて、だれもくれやしない。そういうものだけれど、
「呉野くんが描いたものを、誰も否定なんてしないのだから」
そう言ったたえちゃんに救われた。落ちていた心を掬われた。掬い上げてもらった。
そうか、そうか、俺がしたいってそういうことだったのか。
どうしても、どうしても、彼女が描きたくなった。心が満タンになった途端に、彼女を描きたくてたまらなくなった。