入院して二週間が経とうとしていた。窓から見えた葉が色づき始め、ずっと見ていたのはイチョウの木だったんだと知った。
 母さんはあれからあまり病室に来なくなった。着替えも、受付の人に渡してすぐに帰ってしまうらしい。そのおかげで、こうしてカーテンを開けていても、ああだこうだと言われることはない。
 部屋に顔を出さないことは、仕方がないと言えばそれまでだけれど、それでも、謝りたい気持ちはあった。
 ふと、枕元の隣にある引き出しを見やる。一番上には、吉瀬を描いた画用紙がすべて詰め込んである。これも、以前母親に、学校の持ち物を全て持ってきてほしいと頼んだときに、一番にこれが入っているか確認した。
 入院してから一度も吉瀬を描いていない。コンクールも、もういいかもしれないと諦めの境地に立っている。全てがどうでもいい。こんな俺に描かれても、吉瀬が嬉しいはずもない。
 コンコンとノックが響き、返事をすれば懐かしい顔が微笑んだ。
「久しぶりね」
 フルーツセット片手に顔をのぞかせたのは、たえちゃんだった。
 うふふ、と笑っては「入ってもいい?」と俺に許可を得る。
「どうぞ」
「ありがとう……あら、個室なのね。気が楽じゃない?」
「そうですね、ありがたいです」
 個室なんて、俺にとっては贅沢な部屋だった。たったひとり、ここに残されていると、もっと別の人にこの部屋を明け渡した方がいいんじゃないかと思っていたころだ。
「ここからはイチョウの木が綺麗に見えるのね」
 窓枠の向こうに視線を投げたたえちゃんの横顔がほころぶ。綺麗なものを見て、うっとりとするような、そんなまっすぐな表情。
「ねえ呉野くん、コンクールどうしましょうか」
 りんご食べる?と片手に持ち上げながら、あの未完の絵を思い出した。