心が、心臓が、あまりにもひどく動揺しているのがわかった。まるで、予期していなかったかのような反応だ。あれだけ覚悟をしていたのに。
「……いつまで、いつまで生きられますか?」
 声が震えてしまう。
「……冬を迎えることはできないと思ってほしい」
 ──冬。頭の中で浮かんだそれを、復唱するかのように口にした。
「冬……冬って、この秋で終わりってことですか?」
 終わり。この秋で、俺の命が尽きていく。その事実が、かちっと頭の中ではまっていかない。
 信じられないという方が大きかったのだと思う。そんなにも早く終わるわけがないと。
 それでも、鈴川先生はまっすぐに俺を見ていた。視線を揺らすことなく、あの意志の強い眼差しで俺を見ている。
「もって、この秋だと思う」
 その言葉が、思った以上に俺の心をえぐっていった。
「……約束、でしたもんね。教えてもらうの」
 余命が分かったら俺に伝えてと、以前言ったことがあった。
 知らないまま呆気なく死んでいくよりは、やり残したことを片付けておきたいという心構えのようなものがしたかった。
 鈴川先生はその約束をきちんと果たしてくれてたのだ。
 わかっていたはずだった。わかっていたはずなのにーーどこかで、〝俺は助かるんじゃないか〟と思ってしまっていた。
 病気の進行も遅く、拓哉と違って肌もきれいな方だった。食欲はなくなっていったけど、それでもまだ生きていけると思っていた。拓哉と話せなかったのは、拓哉を前にしてしまうと、自分を比べてしまうから、そんな自分が心底嫌いで嫌いで嫌いでしょうがなかった。あんな小さな男の子を前にして、〝俺はこの子よりは大丈夫なんだ〟と思ってしまっていたから。そんな醜い感情が渦をまくようにして俺を支配していった。
 俺に死が訪れるのはもっともっと先の話で、建前として余命宣告されても平気なように覚悟だけして──けれど、その覚悟は、本当の覚悟なんかじゃなかった。みっともないプライドと、あまりにも汚れた感情でできていると認めてしまうのが嫌だった。そんなものが自分に存在することが嫌だった。俺は、せめて心だけは綺麗でありたいと思っていたのに。人に迷惑をかけてしまうのだから、人に見えない心だけは綺麗でいれば、自分はまだ生きていていい存在だと思えたのに。
 視界が、世界が真っ暗になった。突然突きつけられた現実を受け止めきれていない証拠だったのだと思う。
 心が空っぽになっていくような感覚だった。
 やるせなくて、あがいてももうどうすることも出来なくて、何度も何度もベッドの上で拳を振り落とした。
 シーツの上に手を突き落としていくことしか出来ない自分の運命を呪った。
〝ああ、そうか、俺は全然覚悟なんて出来ていなかったんだ〟
 そう気づいたって、今更どうすることも出来ない。気づいたところで運命が変わることもなければ寿命が伸びることもない。俺はなにも出来ない。