「……そうですね、食欲はなかったです」
ほんとうは、食べれていないことを、鈴川先生には伝えなかった。
いつだって、「変わらないです」「前と同じです」などと答えてばかりで、食欲はここ最近めっきりと減っていた。
「ごめんね、僕が気づいてあげるべきだったのに。体重に大きな変化はなかったから、見逃してしまっていたんだ」
「いや、俺が言ってなかったので」
謝ることではないですよ、と続けたかった俺の言葉は、鈴川先生の声によって遮られる。
「ううん、僕の責任だよ。患者のささいな変化は、医師として気づかなければいけないんだ。その変化は、命に繋がることだから。ささいなものでも、それは気づかなかったでは済まされないんだよ」
まっすぐで、意志の強い瞳。この人はしゃべり方さえおっとりとしているのに、その唇から放たれる言葉はいつだって厳しく、それでいて自分にどこまでも厳しい。
「……そんなこと、ないです」
俺の小さな否定も、先生はやんわりと笑うだけで、心に届いているものではないんだと察する。
「だから、医師として、君に伝えておきたいことがある」
ざわざわと、葉がこすれる音が聞こえていたが、それがぱたりと聞こえなくなった。
ゆったりとした雰囲気が消えた鈴川先生は、ぴりついた空気をまとっているようで、その顔でなんとなく、ほんとうになんとなく、その先の言葉を察してしまった。
「俺の、余命ですか?」
静かに唇の隙間から出ていったその一言に、鈴川先生は一瞬目を見開いた。真っ直ぐにぶつけられるとは思ってもいなかったのかもしれない。少し時間を空け、鈴川先生が小さく頷いた。
「そう、君の残り時間」
真っ直ぐ、嘘偽りないような鋭い矢。もう抜けないその矢が、ずぶりと差し込まれていくような感覚。
覚悟をしてきたはずだった。いつでも宣告されていいように、しっかりとその覚悟だけはどこかに置いていたはずだったのに。