「ちょっと! 幸人? 起きてるの? アラームの音がこっちまで響いてうるさいんだけど」
 夜勤だったのか、その声はずいぶんと機嫌が悪そうだ。あ、という口の動きを作るものの、やはり音が出ていくことはない。
「もう! 起きてるの? あけるわよ」
 そう言って、不機嫌そうな顔が扉の向こうから現れては、かちりと目が合う。
「なによ、起きてるじゃない。どうして返事を……」
 みるみるうちに、その表情が一変していく。目をこじ開け、怒りから驚きへと急激に感情を移動させては、あわただしく駆け寄ってきた。
 あ、あ、と何度も繰り返す姿が異常だと、このときようやく母親は気づいたのだろう。血相を変え、「どうしたの!?」と驚きに満ちた顔へと変化した。
「動けないの? 声は? しゃべれないの? いつから? ねえ、幸人──!」

 救急車に運ばれるのは、初めてのことだったなと、どこかぼんやりと考えていた。
 白い壁で囲われ、病院独特の匂いが鼻をいやに刺激する。どうもこの匂いは好きになれないなと考えていれば、やわらかな雰囲気をまとった鈴川先生が「やあ」と入ってきた。
「具合は?」
「平気です。声も出ますし」
「そう、それはよかった」
 病院とは、どうしてこうも白で支配されているのだろうかと、ここを訪れるたびに思っていた。鈴川先生が羽織っている白衣だって、純白そのもので、それがいやに似合っている。
「あまり食べれていなかったみたいだね、最近」
 この人のしゃべり方はいつだってゆったりとした、穏やかなテンポで、聞く人を安心させる。