柳瀬が逃げるようにあの場を立ち去って、三人で路上に突っ立っていると、高岡が「この裏に公園がある」とその場から引き剥がしてくれた。きっと俺ひとりだったら、あの場所から逃げられなかったと思う。過去に囚われたように、あの場所に囚われてしまっていたと思う。
「はあああ、むかつく! あいつあんな男だって知ってたら付き合わなかったし」
 まるで今まで彼氏彼女として付き合ってたかのような高岡の言い回しに、吉瀬は「落ち着いて」と冷静になだめる。
「ひっさびさに腹たったわ。俺の母親と同じぐらいクソだったわ」
 なぜかその怒りは、高岡の母親へと飛び火する。苛立ちを表すかのように貧乏揺すりがひどくなっているのに気づき「なんで母親なんだよ」と、仕方なく口を開く。
「いやさ、俺の母親、わりと結構ひどい女で。平気でよその旦那と浮気できるんだよ。まじで引くよな? それ発覚したの結婚したあとでさ、父親とは金目当てで結婚したんだって。あ、今はちゃんと離婚してっから安心して。でもさ、んなもん結婚してから発覚しても困るじゃん? 結婚ってそんな簡単なもんじゃねえだろって」
 どこか聞き覚えのある話だなと思っていれば、〝ああ、こいつと初めて話したときに言われたっけ〟と漠然と思い出した。
 太陽と相性が悪いことを、なぜか結婚にたとえていたが、まさか実話を話していたとは。
「その話聞いたとき以来だわ、こんなにむかついたの。離婚して母親いなくなって、父親はすっげえ厳しくなって。なんかめんどくせーって思ったら、全部あの女のせいだって思うようになって。まあ実際そうなんだろうけどさ、でも、なんかあの女に囚われてるみたいですっげえ気に食わなくて。だから、俺は自由に生きるって決めたんだよ。自由に生きて、好きなことしてやるって。教育なんてくそくらえって。母親はむかつけどな」
 なんて言いながら、今ではすっかり笑っている。からっと。雲一つないようなすっきりとした笑みに「お前がよくわからねえわ」と、こっちまでつられて笑えてくる。
「あ、そうそう。笑ってればいいんだよ、呉野。お前はイケメンなんだから。あんな男忘れて、新しい男で癒されろ、な? 自由に生きろ」
「新しい男ってまさかお前?」
「あ? ほかに男がいんのか? あ?」
「いや、なんでさっきからそういう設定でくんの? 誤解されるような言い方はこの前で懲りたんじゃないのかよ」
 また男好きだと噂流されるぞ。そうつけくわえると、隣で吉瀬がくつくつと笑っていた。
「本当二人って仲がいいよね」
「違う」「でしょ?」
 相対する返しに、また吉瀬が笑うものだから、むっと高岡を睨む。
「認めるなよ」
「認めろよ! 俺ら友達だろ?」
 友達なんてワードを出してくるものだから思わず目を見開いてしまった。
「……ちげえし」
「だから認めろって言ってんだろうがああああ!」
 両手で首をしめられ、ぐわんぐわん揺らされる。無茶苦茶だ。この男。それなのに、その無茶苦茶に救われている自分がいる。このいい加減さに救われている自分がいる。
「はなせ……くる、しい、しぬ」
「もういっそ心中しようぜ俺ら」
「ふざ……け、んな」
 そんな俺らを見て、吉瀬は笑っていた。目を細めて、楽しそうに、笑ってくれていた。