「きっと、呉野くんの場合は観察能力が長けているのかもしれないわね。普段からいろいろなものを、いろいろな角度から見てるから出来るんだと思うわ」
 更に続くベタベタの褒め攻撃に、さすがにこれ以上どんな顔をしていればいいのか分からなくなる。いよいよ顔が歪な形へと変化していきそうな段階を向けたところで、
「それでね」
 ぷつりと、あの攻撃が止まった。そこから放たれた矢に、思わず耳を疑ってしまった。
「――ちょっと本気で、絵を描いてみない?」



 蝉の亡骸を危うく踏みそうになって足を止める。昇降口を出てすぐのところにあったそれを、じっと見つめた。
 こんな場所にいて、よく今まで踏まれなかったな。
 人生ならぬ、蝉生の最後が、こんな人の出入りが激しいところで迎えるなんて。思わず同情のような感情が湧いた。
 可哀想と思う半面、どこか隅に寄せておきたいとも思う。けれど虫全般が苦手である為に直接触れることは憚れた。だからといって足でずらすのも忍びない。ただただその場から動けないでいる俺に「どうしたの?」と後ろから声がかかった。
 振り返る間もなく、隣に並んだ彼女が不思議そうに俺を見上げる。夕日に照らされた黒髪が、今は夕焼け色を取り込んだように同じ色で輝いている。
「あ……いや、蝉が、いて」
 ふわりと、柔らかい匂いが鼻腔につき、同時に俺の心も擽っていく。それを気付かれないように、視線を足元へと落とし、蝉の亡骸へと戻した。
「ああ、本当だね」
 彼女もまた、同じように視線を滑らせ「ここにいるのは危ないよね」と、俺に同調を見せた。
「……うん、だからどっかに寄せようかと思ったんだけど」
 美術の時間である程度会話を交わしたものの、やはり異性と話すというイベントは緊張が先走ってしまう。