俺にだって吉瀬を送り届けることが出来る。役に立つことが出来る。 
 それはなんだか、普通を許されているような気がしていた。
 どれだけ手を伸ばしても、届くことのなかったそれに、今ようやく近付けていると、そう思っていたことが、罪だったのだろうか。

「あれ……呉野と吉瀬だ」

 聞き覚えのある声だった。薄暗い道の中から、人影がふたつ、ぼんやり見えていたと思ったら、それは次第にくっきりとした線へとかわる。

「あ、高岡くん」

 反応したのは吉瀬だった。どこか弾むようなその声を聞くと、また胸の中でぎりぎりと不快な音が鳴るような気がする。
 けれど、それよりもまず、不快な音の原因が別にあることを、俺は受け止めなければいけなかった。

「え……呉野って、もしかしてあの呉野幸人?」

 高岡の隣には、髪の色をこれでもかというほど抜ききった男の姿。その不躾な目には、見覚えがあった。

「うわ、呉野じゃん! まじかよ」

 その男が、俺をずいっと見ては、納得したかのように後ずさった。わざとらしく。
 それを見て高岡が「なに、知り合い?」と俺とその男を見比べている。
 嫌悪感しか生まれてこなかった。この男と再会するとは思ってもいなかった。
 蘇るのは浴びせられた言葉の数々。

「いや、だってこいつと俺、小中一緒だったから」

 豪語するように、それでいて向こうもまた、俺を毛嫌いするように、顔を歪め言葉の矢を放っていく。

「へえ、そうなんだ?」

 高岡が俺へと視線を向け、それから逃げるように外した。

「……あ、二人して仲良く帰っちゃったりして。俺も混ぜろよ……つって」

 気を利かせてくれたのか、高岡があえて空気読めない発言をするものの、空気に張り付いた緊張感と不穏さは拭いきれない。
 視界の片隅に映る吉瀬は、戸惑いを浮かべながらも笑顔でいるように見えた。