しっかりと当てはまるようなものがなくて、あれこれと言葉を脳内でいじっていると、

「でもね、ちゃんと完成させるから。呉野くんの絵」

 真っ直ぐで、きらきらとした粒子を放つような笑顔に、思わず見惚れてしまった。
 どうにも抗うことの出来ない感情が、俺の中にはもう存在してしまっている。
 彼女の言葉の一つ一つに翻弄され、見事に抜け出せなくなっていた。

「俺も……描くよ。吉瀬の絵」

 その正体がなんなんのかなんて、改めて突きつける必要なんてない。
 きっとこれが、心を奪われてしまうということなんだ。吉瀬が持つその心に、俺はもう目が離せなくなってしまっている。
 ――ああ、惹かれていくというのはこういうことなのか。
 恋をすることに、いろいろな理由が必要だと思っていた。明確なものがきちんとした定義で表れてくれるものだと思っていた。
 けれど、そうではない。
 ただ、好きだという想いだけで、この感情は成り立ってしまうものなのかと、このとき初めて辿り着いてしまった。
 気付かないフリをすることが出来なくなってしまうぐらい、吉瀬の存在は大きく、それでいて、かけがえのない存在へといつしか変わっていたんだ。
 そんなことに気付いてしまうなんて。気付いてしまったら、もう戻ることなんて出来ない。なかったことには出来ない。
 頬が緩んでいく。彼女と心を通わせているようで、それが無性に嬉しくて仕方がない。
 今まで生きてきて、幸せだと思うことなどなかった。なかったはずなのに――

「ん?」

 その色素の薄い瞳と視線が絡むと、胸が弾むように嬉しい。
 こんな感情を、俺は抱いてしまってよかったのだろうか。残り少ないであろうこの人生に、そんな特別なものを覚えてしまってよかったのだろうか。
 ――俺なんかが、こんなにも幸福になってしまって、よかったのだろうか。
 不意に、拓哉の顔が浮かんで、その幸せに暗い影が落ちる。
 引いていく幸福度は、静かに残像を残して、消えていこうとしていた。
 それに比例するように、思い出したような顔で吉瀬が口を開く。

「そうそう、夏休みにね、高岡くんと会ったんだよ」
「え……」

 反応せずにはいられないその名前に、弱々しい声が滑っていった。