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 夏休みに終わりを告げられてしまった。つい最近登校日だなんだとあったのに、冬が到来するまで平日は学校に拘束される日々が始まってしまう。
 なんだかんだ、小学生から始まったとされているような気もする(それ以前の記憶は曖昧)夏休みは今年で九回目だった。その九回目も終わり、こうして夏休みを終えることもないかもしれないと思うと、どこか名残惜しさのようなものを感じていた。
 日差しは本格的な夏を過ぎると、次第に弱っていく。目に見て分かるものではないが、今まで何度日差しと戦ってきたか分からない俺の目は、おおかたその日差しの量もなんとなく推察出来るようになった。もちろん、望んで得た力ではないけれど。
 始業式が始まり、通常授業へと戻った夏休み明け第二週。
 
「さっ、今月で完成させちゃいましょうね」

 相変わらず人の良さそうな笑みをにっこりと浮かべたのは、美術担当たえちゃんだ。
 その人柄とは反するように、無理矢理ペアを組ませた人間の顔を描けという横暴さを発揮させるのだから、人は見た目で判断してはいけないなと教訓になった。
 夏休みの間もずっと吉瀬を描いてきたから、正直今も描きたくて仕方がないのだが、あいにく今日は俺がモデルの当番だった。
 その一方で、吉瀬は難しい顔をしている。

「進まない?」

 俺の問いかけに、弾くように顔をあげたその顔は、へらりと苦笑する。

「うん……上手く描けなくて」
「上手く描かなくていいのに」
「上手く描きたいんだよ」

 そう言われてしまうと、その気持ちは分からなくはない、と押されてしまって言葉が続かない。
 俺なんかを上手く描こうとしなくてもいいのにと思うのが本音だけれど、それは本人の問題であって吉瀬には関係のない話かもしれない。俺だって吉瀬を上手く描きたいと思うのだから、お互い様なのだろう。
 吉瀬はあれからも変わらず俺に普通に接してくれる。
 特別変わった様子もなく、記憶も思い出したような素振りも見せない。

「わたしも呉野くんみたいに絵の才能があったらなあ」
「俺に絵の才能なんかないよ」
「あ、またそうやって謙遜して。たまには受け取ってくれてもいいのに」

 気さくに、それでいて優しく、俺に言葉を投げかけてくれる。
 昔は喋るだけで菌がどうのと言われていたなと思うと、この光景はとても信じられないものだろう。
 吉瀬とこうして授業のペアになり、そして吉瀬にとって大切な夕方という時間をもらうこの関係は、一体なんと呼ぶのだろうか。
 友達、はさすがに馴れ馴れしい? かと言ってクラスメイトではずいぶんとよそよそしい気もする。