――嘘じゃない。

 書くのをやめた日記に、呉野くんとの思い出を綴っているということは、よっぽど忘れたくないと思ったからで、それを必死に残したわたしの執念さに疑うなんて余地はどこにもなかった。
 線の細い呉野くんの背中を思い浮かべる。

 それがやけに現実味を帯びていて、頭から離れなくて、朝から涙が止まらなかった。
 泣いてはだめだ。呉野くんの前では忘れたふりをしないと。でも、忘れたわけじゃないことを、自分は覚えていなきゃ。
 登校して、必死に笑って、呉野くんの前でも笑えていると思ったのに。
 ふと一人になると、どうしようもない悲しみに襲われて、途端に涙がこみあげてしまう。
 スカートの中に入れていたハンカチを取り出しては、頬に流れたそれらを拭い、鼻をすする。
 泣かない、涙は一旦おしまい。
 近くの手洗い場で顔を洗い、呼吸を整え教室に戻れば、呉野くんが窓の外を見つめていた。

 ――呉野くん、呉野くん、呉野くん。

 その背中がゆらめいて、呉野くんが肩越しに振り返る。

 ――大丈夫、忘れたことにするから、大丈夫だよ。
 ――笑え、笑え、上手く笑え。

「あれ? もう来てたんだ」

 ちゃんと笑うから、だからどうか、呉野くんも笑って。
 なかったことにするから。覚えてないことにするから。だから、お願い。安心して。