「え……」
「考えたことがないなら、考えればいい。この先どうしたいか。どう生きていきたいか。それは、別にお前が背負ってるものを踏まえて考える必要なんてないと俺は思うぞ」
あくまで「俺は」と付け加える当たり、この人が生徒から信頼を寄せられるのが分かる。
意見を押し付けようとはしない。そして真っ向から否定することもない。
松浦という先生は、生徒の意見をうまく汲み取りながら、同じ目線に立とうとしてくれる。
――俺の親とは正反対だなと、どこか冷静に思っていた。
「……難しいです」
「今すぐ答えを出せって言ってないから安心しろ。考えたことがないんだからな。考え甲斐があるってもんだろ?」
「……逆に先生はあったんですか? やりたかったこと?」
「俺? そりゃあ挙げだしたらキリがないぞ。世界一周とか、あ、どっかの社長なんてやりたかったな。そもそも金持ちになりたかったし、綺麗なおねえちゃん連れて都会を満喫したかったし」
「めちゃくちゃ幼稚ですね」
小学生が言いそうな台詞だ――いや、小学生でも言わないかもしれない。特におねえちゃんを連れて歩くなんて、担任としてどうかと思う。
しっかりと幻滅したところで、
「でもな、そんな身構えなくていいんだよ」
ふいに、先生らしい顔をするもんだから、思わず耳を傾けてしまった。
「心の赴くまままに。やりたいと思うことを、やればいい。それを許されている世界なんだから、お前がいるここって」
それがどこを指しているのかは定かではなかったが、ふとこの前の松浦の授業が頭の中を静かに過った。
世界史を教える松浦の授業はいつも楽しくて、よく小さな笑いを生徒から掻っ攫っている。その中で、今も戦争で苦しむ国の話を聞いたときだけは、時間が止まってしまったかのように、誰も声をあげるものなんていなかった。もちろん、笑いなんてものが起きることもなかった。
もしかしたら、選択の自由を与えられていることを教えてくれているんだろうかと思ってしまう。
松浦の表情が和らぐ。
「呉野、お前も大人になるんだ。想像つかねえかもしれないけど、大人になっていく。生きていく限り、成長していく。なれないかもなんて、考えるんじゃねえぞ。そんなもん、やる前から決めてたら、後悔しか残らねえんだから。やりたいことを見つけるって、意外と悪いもんでもないからな」
そう言った松浦の言葉は、今までの授業なんて比じゃないほどに、先生らしい顔つきで。
ふと視界に入った、あの白紙の進路表を見て、〝真っ白にしてるのは、俺自身だったのかもしれない〟と、そう思っていた。
「考えたことがないなら、考えればいい。この先どうしたいか。どう生きていきたいか。それは、別にお前が背負ってるものを踏まえて考える必要なんてないと俺は思うぞ」
あくまで「俺は」と付け加える当たり、この人が生徒から信頼を寄せられるのが分かる。
意見を押し付けようとはしない。そして真っ向から否定することもない。
松浦という先生は、生徒の意見をうまく汲み取りながら、同じ目線に立とうとしてくれる。
――俺の親とは正反対だなと、どこか冷静に思っていた。
「……難しいです」
「今すぐ答えを出せって言ってないから安心しろ。考えたことがないんだからな。考え甲斐があるってもんだろ?」
「……逆に先生はあったんですか? やりたかったこと?」
「俺? そりゃあ挙げだしたらキリがないぞ。世界一周とか、あ、どっかの社長なんてやりたかったな。そもそも金持ちになりたかったし、綺麗なおねえちゃん連れて都会を満喫したかったし」
「めちゃくちゃ幼稚ですね」
小学生が言いそうな台詞だ――いや、小学生でも言わないかもしれない。特におねえちゃんを連れて歩くなんて、担任としてどうかと思う。
しっかりと幻滅したところで、
「でもな、そんな身構えなくていいんだよ」
ふいに、先生らしい顔をするもんだから、思わず耳を傾けてしまった。
「心の赴くまままに。やりたいと思うことを、やればいい。それを許されている世界なんだから、お前がいるここって」
それがどこを指しているのかは定かではなかったが、ふとこの前の松浦の授業が頭の中を静かに過った。
世界史を教える松浦の授業はいつも楽しくて、よく小さな笑いを生徒から掻っ攫っている。その中で、今も戦争で苦しむ国の話を聞いたときだけは、時間が止まってしまったかのように、誰も声をあげるものなんていなかった。もちろん、笑いなんてものが起きることもなかった。
もしかしたら、選択の自由を与えられていることを教えてくれているんだろうかと思ってしまう。
松浦の表情が和らぐ。
「呉野、お前も大人になるんだ。想像つかねえかもしれないけど、大人になっていく。生きていく限り、成長していく。なれないかもなんて、考えるんじゃねえぞ。そんなもん、やる前から決めてたら、後悔しか残らねえんだから。やりたいことを見つけるって、意外と悪いもんでもないからな」
そう言った松浦の言葉は、今までの授業なんて比じゃないほどに、先生らしい顔つきで。
ふと視界に入った、あの白紙の進路表を見て、〝真っ白にしてるのは、俺自身だったのかもしれない〟と、そう思っていた。